空高編


第3章 神子と双子と襲撃



中立を保つ病院、特別連合協会秘院。
特別連合協会と言えば重々しいが、名前の由来は瑠淫がそれっぽくしただけという単純なものだった。
つまり、後ろ盾はない、瑠淫を含めた複数の医師達が集った院。
その院の者たちの殆どが何かしら異能の力を持っているらしい。
中には神の力を継いだ使者や、妖。そして精霊と契約して異能を身に着けた、ごく普通の人間もいるのだとか。
基本的な治癒は、治癒術と呼ばれる異能を用いた治療をしている。
故に治療費や医療器具の心配も少なく、最低限自分たちが食べられる程度のお金があればいいのだとか。
雷月と飴月は花を持ってその院内を歩いていた。
翼の傷口はだいぶ塞がり始めたが、それでもまだ完治には程遠いらしい。そもそもあれからまだ一週間も経っていないのだから、傷の治りは早い方だ。
それ程、瑠淫たちの治癒術が優秀なのか、神子である翼の回復力が凄まじいのか、あるいは両方なのか。
とにかく、まだ翼は入院中で、退屈をしているであろう翼に手土産として花を持ってきたのだ。男である彼が花を好きかどうかは怪しいが、気持ちさえ通じれば良いのだ。

「…雷月。翼の病室、何処だっけ。」
「あ、あれぇ。何処でしたっけ、此処って微妙に広いから、つい、迷っちゃうんですよねぇ。」

二人はきょろきょろと周囲を見回す。
いつもは雷希と一緒に来るのだが、雷希は久々の依頼で仕事に出てしまっている。今回二人で来るのは初めてなのだ。
いくら中立院とはいえ、此処にいるのはあの神子である空高翼だ。
流石に一目につきそうな所に寝かせていることはないはず。少なくとも、翼の病室に行くのにかなり複雑な道を歩いていた記憶だけはあった。

「どうかしたか?」

そんな二人に、声がかけられる。
振り向くと、深い青色の髪をした青年が、二人のことを不思議そうに見つめていた。


第32晶 連合秘院の医者たち


「成程な。翼の病室を探してたってわけか。そりゃぁ迷うよ、広いって程広くはねぇけど、複雑だろ、此処。」

そう言って、この病院の副院長である鎖鍵終義は、困ったように微笑んだ。
目立たないが、それでもバランスの良い整った顔立ちをしているこの男は瑠淫の右腕的な位置にいるらしい。そして瑠淫とは長い付き合いで、関係としては羅繻と死燐のような関係なのだそうだ。
羅繻と比べれば一見穏やかそうな瑠淫も、実は相当癖のある人間で、終義をよく困らせているとか。
何でも逃避壁が凄く、すぐに仕事を投げ出してサボってしまうのだそうだ。あんなにも真面目そうな人なのに意外だと思っていると、その思考を読み取られてしまったらしい。

「人は見かけにはよらないぞ。あの人は人間のクズだ。まぁ、それ以上に出来た人でもあるんだけどな。」

そう言って、悪態をつきながらも自身の上司を誇らしげに語ることもあった。
理想論でしかなかった、敵も味方も分け隔てなくを目標にした病院を本当に作り上げてしまったこと。
終義を含めて、訳ありの異能者たちを、命を奪うことしか知らなかった自分たちを、命を救う医者に育て上げたこと。
真似出来ないし、尊敬しているのだと、嬉しそうに語っていた。

「尊敬しているんですね。瑠淫サンのこと。」
「…まぁ、な。本人には言うなよ。気恥しいからな。」
「ふふ。わかっています。」

終義に導かれるように、病室への道を順調に進んでいく。
道を進んでいくと、ある病室の前が騒がしかった。よく見ると、そこは翼の病室。何があったのかと覗き込むと、翼と、一人の少年が向き合っていた。

「近寄るなっ!大人しく死なせろっ!」
「そんな訳にもいかないっ!死なせたくないし、死なせない!傷口が開くから、大人しくしてくれっ!」

少なくとも、その会話の内容は決して穏やかとは言い難いものだった。
黒髪の少年は、何処から取り出したのか手に鋭い刀を握っている。武器は没収したはずなのに、一体何処から持ってきたのか。
その刀を自らに突き刺そうとしているのを、翼が必死に止めていた。そして、その止める為に刀を握ることで、掌が切れ鮮血が流れている。
決してのんびりとは見ていられない光景だった。

「アイツ、意識戻ったのか…」

隣にいる終義は、何を言えば良いのかわからず、思わず少年の意識が戻っている事実に感心してしまう。
しかし、そんなことを言っている場合ではないということは誰が見ても明らかだ。

「ちょ、そ、そんな事より、あの人止めないとっ…」
「死なれるのも…厭、だし…」
「嗚呼、それについては大丈夫だよ。」
「でっ、でもっ」

雷月が反論しようとしたその瞬間、病室から空色の髪をした少年が飛び出す。
勢いよく壁に叩きつけられ、床へと転がった。翼が少年によって蹴り飛ばされたということを理解するのに、雷月と飴月には少し時間がかかってしまった。

「つ、翼サンっ」

雷月が慌てて駆け寄る。
そして、黒髪の少年はその刀を、自らの身体に突き立てようとしていた。

「ストップ。」

少年の暴挙。それを諌める声は、翼のものでも、雷月のものでも飴月のものでも、ましてや終義のものでもない。
もう一人、別の男の声だった。
自らの身体に突き立てようとした刀は、彼の身体ではなく、鏡に突き立てられている。
その鏡はほんのりと淡い光を発していて、表面には傷一つついていない。

「反射。」

再び、落ち着いた男の声。
男の声に呼応するように鏡の光は強くなり、刀は勢いよく弾かれ、少年の身体もそれに伴い勢いよく飛んだ。
病室の奥の壁へと叩きつけられた少年は、何が起きたのか理解出来ていないようで、茫然とした顔をしている。

「ったく。此処を何処だと思ってる。病院だぞ。病院で死のうとするバカがいるか。」

その声と共に、廊下の奥から現れたのは一人の青年。
淡い桃色の髪は腰よりも下まで伸びていて、廊下の照明と反射してキラキラと輝いているように見える。
白いパンツと、そして、上半身は胸にサラシを巻き、白衣を羽織っているだけという薄着。
上半身の殆どが露出されているその姿は、衛生面としては問題がありそうだが、しかし彼の細すぎず、そして筋肉も付き過ぎていない、バランスの取れた肢体を周囲に見せつけているようだった。
切れ長な瞳。空色の瞳は、思わず吸い込まれるようで、魅入ってしまう。
そんな美しい青年が、そこに立っていた。

「諷炬。助かったよ、お前が居てくれて。一時はどうなるかと思ったわ。」
「助かった、じゃねぇよ。居るなら止めろよ。お前だって戦闘が得意じゃない訳じゃないだろ。」
「ほら、俺だとお前みたいに最小限の被害で済ますことは出来ないからさ。お前のやり方は俺より綺麗だ。」
「当然。」

諷炬、と呼ばれた青年は終義の言葉を当たり前のように受け取り、壁にもたれかかる少年を睨みつけた。
そこには自分の命を蔑ろにする者への怒りが込められている。

「おい。別にお前が何処で死のうが勝手だが、此処で死のうとすんじゃねぇ。オレ等は本気で命を助けようと向き合ってんだ。それを蔑ろにするなら外でやれ。」
「……けど、私には、任務に失敗し、見捨てられた私には、もう…」

この少年は、他の部隊の人間に見捨てられた…切り捨てられた形で、此処にいる。
命が助かったこと自体が奇跡で、本当であれば死んでいるべき存在なのだ。今度こそきちんと死のうとする少年の気持ちも、わからない訳ではない。
しかし、諷炬や終義たちとて、人の命を救うために全力を尽くしているのだから、それを許すことは出来ないのだろう。
諷炬は、優しい笑みを浮かべながら少年を見つめる。

「…よく見りゃ綺麗な顔してるんだ。直ぐに命投げ出すなんて、勿体ねぇと思うぜ。」
「…………」
「ま、オレ程じゃぁないけどな。」

しかし、途中まで恰好よく、大人びた口調で諌める諷炬の輝きは、この一言で覆る。

「嗚呼、今日も今日とて変わらぬこのオレの美しさ。それは誰もが勝ることは出来ないだろう。終義すらも認めるこのオレの能力は、誰よりも美しく誰よりも魅せることの出来る素晴らしいものだ。そして彼も言っていただろう。オレの能力は綺麗だと。そう、綺麗なのは、能力だけではなく!このオレが!美しい故!嗚呼、神はなんて罪なのか、なんでオレをこんなにも美しく創ってしまったのか、しかし!罪なのはきっと神ではなく、このオレの美!ただそれだけ!そして神も!神の分身としてのこの力も!オレという美を飾りたてる装飾でしかないのだ!いや、装飾がなくとも、このオレの美しさは!輝きは!何よりも勝っている!」

青年は饒舌に、そして恍惚の表情を浮かべて己の美を語っている。
雷月や飴月は、青年の輝きは照明の光に髪が反射した故だと思っていた。
けれど、違ったのだ。この青年そのものが、光り輝いているのだ。その美故の輝きは、オーラとして、視覚化されているのだ。
何故そうなっているのかは考えられないし、考えてはいけないのだろう。
自分たちだけでなく、翼も、そして先程まで自殺未遂をしようとしていた青年すらも、唖然としてこの青年を見つめている。
終義だけが、慣れたような瞳で彼を見つめていた。

「あー、諷炬、お前が美しいのはわかったからさぁ、」
「嗚呼終義!お前もオレの美しさをわかってくれるか!」
「わかってるから!!聞けよ!!!お前はほんっっと人の話を聞かないな!それどうにかなんないのか!だからお前はコミュニケーション能力とか!他者の気持ちを読み取ることとか!協調性っつーのが昔から欠けてるっていうんだよ!!!」

終義はそう言って、勢いよく諷炬の頭を殴る。
ゴン、と少し良い音がしてから諷炬が悲鳴を上げる。しかし彼は自分のペースを崩さない。崩そうとしない。

「いっで!!いってぇ!お前!オレの美しい頭部の形が歪んだらどうしてくれるんだ!」
「坊主にしないと気付かないよ!それとも坊主にしてみるか!」
「オレは坊主になっても美しいぞ!その現実を見せつけてもいいのか!」
「…やめておく。お前の坊主は輝きが増しそうで辛い。」

終義はそう言って頭を抱えながら、投げやりに諷炬との会話を締めくくった。
羅繻の兄が集めた人間なだけある。
そう思わざるを得ない程、彼らは個性が深すぎて、壁に叩きつけられた翼は、背中に軽い痛みを覚えながら、唖然と彼らを見つめるしかなかった。

 


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