空高編


第3章 神子と双子と襲撃



あの男達が言っていた通り、彼らが立ち去ってからすぐに羅繻と死燐が姿を現した。
無焚から連絡があって駆け付けた、と言っていたが何時の間に連絡をとっていたのだろうかと不思議に思う。
本人に確認したところ、扉を出る直前だったということだ。
どうやらあの薄い鉄の板は、連絡端末の役割を果たしていたらしい。

「丁度良いのか、悪いのか。まぁいいや。とりあえず、病院に運んでくれねぇかな?ちょっと重症人が居てね。」

無焚は左目を抑えながら、困ったように笑う。
まるで母親に怒られた子供のようだ、と他人事のように翼は無焚の微笑みを見つめていた。
そんな翼の腕には、力なく目を閉じた少年が抱かれている。
胸から赤い鮮血を流しているが、まだ、小さく息がある。

「む、ふんどの……」

翼は、か細い消えそうな声で呟く。
翼が何を言いたいのかを察したのか、無焚は優しく翼の頭を撫でた。その撫で方は、弟をあやす兄のそれだった。

「奴等も相当急いでたんだろうな、きっと致命傷は外してる。翼、お前も治療を受けろ。傷、深いだろ?」
「しかし、無焚殿も…」
「あー、大丈夫大丈夫。己れはちょっと、特別だから。」

無焚はそう言って、左目を覆っていた手を離す。
左目周辺は確かに出血の後があるにも関わらず、彼の左目は既に、治りかけていた。


第31晶 中立院


「異常はない、ですが…しばらく安静にしてくださいね。無茶したせいで、傷口が開いてましたから。」
「むむ…」
「ホントだよ。ったく、無茶しやがって、この莫迦。」

雷希は溜息を突きながら翼の額を手の甲で軽く叩く。
殆ど痛みを伴わないそれは、しかし翼にとっては心に響く一撃だった。
自分は雷希を置いてさっさと外へと飛び出してしまうし、雷月と飴月を守らなければいけないしで、まだ幼い雷希にとっては不安であっただろう。
身体はベッドに横たわったまま動かないが、なんとか腕を伸ばすことは出来た。
少し癖のある深い青色の髪に、手が触れる。ふわりと柔らかい髪を撫でながら、精一杯の笑みを浮かべてみせた。

「すまないな。」
「………謝るんじゃねぇよ、バカ。」

翼の謝罪の意図が二つあるのには、既に雷希は気付いていた。
一つは、純粋に心配をかけてしまって申し訳ないという意図。
そしてもう一つは、自分のせいで政府の人間が此処まで来てしまい、迷惑をかけてしまった、ということだ。
前者はともかく、後者は彼が此処を訪れた時点で受け入れると覚悟を決めていたのだ。
それに翼と無焚は確かに負傷したが、雷希も雷月も飴月も、無傷だったのだ。責める理由もないし、寧ろ謝って欲しくはない。

「ま、君が謝って解決する問題ではないし、いいんじゃない?」

そんな雷希の心情を代弁するかのように、病室の壁にもたれかかった羅繻が呟く。
死燐がそれを諌めるが、羅繻は特に翼を責めているという訳ではないようで、いつものあどけない笑みを見せている。
言い方は投げやりだが、彼なりのフォローなのだろう。

「しばらくあっちは動かないと思うよ。少なくとも、此処にいる限りは…ね。」
「…何故?」
「此処は中立院だから。政府でも干渉は許されない。だからこそ、此処にいる限りはまぁ…安全だよ。」

羅繻はそう言いながら、翼の目の前に座っている、今の今まで彼を診察していた白衣の男をちらりと見る。
青紫色の髪に、藍色の瞳。額は包帯で何かを隠すように覆っていて、優しい風貌をしているが、顔立ちは何処か羅繻と似ていた。
羅繻との違いといえば、羅繻よりも髪に青みがあるのと、眼鏡をかけているのと、表情が優しいのと位で、つまり、殆どそっくりだったのだ。

「ま、そこのやぶ医者に診察されないといけないのは厭だろうけど、しばらくはゆっくり休みなよ。」
「やぶって!やぶって酷いですね!あなたっ…じ、実の兄にっ……」
「煩い黙ってなんか変な病気とか移りそうだから口を利かないで。」
「ひ、酷っ……」

羅繻に散々罵倒をされたその医者は、瞳に涙を浮かべて打ちひしがれている。
兄らしきその男を散々罵った羅繻は、小さく溜息を突きながら、翼の隣のベッドで昏睡しているもう一人の男を見た。
青みがかった黒髪。体躯は良いが、よく見れば翼と年が変わらない幼さを出している。胸には痛々しく包帯が巻かれている。
肌は青白く、固く閉じた瞳は開く様子がない。

「…で、どうなの。この人。」
「…容体は、あまりよくないですね。致命傷は避けていますが、治療を継続して行わないと…」

胸で刀を貫かれたのだ。寧ろ致命傷を避けていたことが奇跡だ。
それほど、あの鴈寿という男が刀の扱いに慣れていないか、急いでいた故か、きっと両方なのだろう。
痛々しい姿の少年を、翼は悲しそうな瞳で見つめる。
今まで屋敷暮らしで、血を見ることがなかった彼にとっては、自分と変わらない位の少年が此処まで傷ついている光景は辛いものだろう。
雷希に聞いた話によると、妖と化した動物を自らの手で殺めた時も、丁寧に供養をしたという話だ。甘いと言ってしまえばそれまでだが、優しい少年であるのは明らかだった。
もしもあの場に翼が居合わせていなければ、この少年はとっくに命を落としていただろう。それ程、無焚は命のやり取りに躊躇いを持たないし、雷希達も翼と比べれば命のやり取りについては心を殺す覚悟がある。
本来であれば、自分たちの命を奪う可能性のある不穏分子、しかも能力者は出来るだけ排除しておきたいところではあるのだが。

「生かした所でおとなしく情報を吐くとは思えねぇけど、翼が助けてぇっていうんだから、全力で助けろよ。」
「…無焚は相変わらず手厳しいですね。言われなくとも、全力は尽しますよ。」

男は無焚に対し、困ったように微笑む。
無焚の左目は、既に回復をしていた。
念の為、治癒が施されたそうだが病院に来た頃には既に完治寸前だったらしい。
その人間離れした回復力には驚くしかない。

「貴方が、翼さん…ですよね。私は慾意瑠淫。此処の…特別連合院の院長をしています。此処は中立ですので、怪我が治るまでは政府も反政府も問わず、平等に治療させていただきます。」
「ああ、よろしく頼む。」
「残念ながら、あくまで中立ですので…怪我をしている時期だけしか、こちらの保護下には置けません。なので、怪我が治ったら、その…」
「出なければいけないんだろう。それだけ、中立というものは大変だし、難しのだろう…いくら世間知らずな俺でも、それくらいはわかるよ。」

暗い顔をして俯く瑠淫に、翼は微笑んでみせる。
瑠淫はその微笑みを見て、少し安心したように表情を綻ばせた。
きっと、中立故に罵られたり、傷つけられたり、厭な想いをしたこともたくさんあるのだろう。でなければ、こんな表情はただ人が良いだけでは出来ない。
しかし、立場を問わず、怪我人であれば平等に人を治す。そして、人を治す為に、院内の治安を保つ。そんな中立の立場を取ってくれる院は翼たちのような訳ありの人間には有難かったし、話によると治療費も殆どないに近いものだという。
おかげで経費は常にギリギリ。生活そのものも切り詰め切り詰めの状態なのだと、瑠淫は困ったように、それでも嬉しそうに笑った。
中立という平等性を保つ為には、あくまで病人に保護という目的がなければいけない。怪我が治ってしまえば、それ以上中立の院内に留めてしまうことで平等性を保てなくなってしまう。

「だが、その代わり…という訳ではないのだが、この院内を少し見学したい。中立の病院というものは、少なからず興味を抱くんだ。ダメかね?」
「いえ、構いませんよ。その代わり、今の怪我がもう少し治ってからにしてくださいね。今激しく動き回ると、また傷口が開きますよ。」
「む、手厳しいな。」
「当たり前ですよ。何のために此処にいると思っているんですか。」

そういえば、そもそもの目的は怪我を治す為だった。
それだけでなく、つい先程、安静にしていろと言われたばかりだったじゃないか。
自分の落ち着きのなさに我ながら呆れてしまいながら、翼はただ笑って誤魔化すしかなかった。

 


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