空高編


第3章 神子と双子と襲撃



振り下ろされた刀は、無焚の肉を切ることはなかった。
無焚の目の前に現れた鉄の壁は、鋭い刀から彼の頭部をしっかりと守っている。
口元ににやりと笑みを浮かべると、無焚は男の足を蹴り上げて、グラリと耐性を崩しにかかった。
直立を保てなくなり崩れた男に無焚は勢いよく頭突きをする。ガンと頭蓋骨がぶつかり合う鈍い音が響くと、黒髪の男はそのショックで崩れ落ちた。

「なっ……んつーやり方だ…つか、その鉄板どっから出した…?!」

崩れ落ちた男…都木宮アエルは唖然とした声を漏らしながら、目の前の赤髪の男、碑京無焚を見上げる。
額がジンジン熱いし、汗をかいている訳ではないのに額から何か流れるような感覚がするということは、きっと額から赤い水が流れているのだろう。しかし目の前の無焚はけろりとしている。なんという石頭だ。
まだ完全に勝負が終わった訳ではないのに、何処となく勝ち誇った表情を浮かべる男の頭上に浮かぶ鉄板さえなければ、この身体は真っ二つに出来ただろうに、とアエルは心の中で愚痴りたくなる。
頭上の鉄板は、まるで無焚を守りその役割を終えたかのように、さらさらと粒子状になって姿を消した。

「なんつーやり方、はこっちの台詞だ。いきなり刀振り下ろす馬鹿がいるもんか。」

無焚はそう言って鼻で笑いながらも、右手を横に伸ばし、翼たちが前へと出ないよう静止の合図を出している。
翼も雷希も、どうすればいいのか迷い、動きを止めた。
目の前の二人もそうらしく、沈黙が訪れる。

「さーて。次はこっちの番だ。翼、お前は下がってろ、狙いはどう考えてもお前だ。」
「しかし、狙いが俺ならば…」
「バーカ。実戦経験不足のお前が、こいつ等に勝てる訳もねーだろ。まだ、目覚めてもねぇ癖に。」
「め、めざ……?」
「足手纏いは引っ込んでろっつーこった。わかったら大人しくしてろ。てめーよりそっちのチビのがよっぽど使える。」
「あっ…?!」
「ちっ…?!」

足手纏い。そしてチビ。翼と雷希、双方の心の傷を的確に抉りながらも無焚の口元には、笑み。
まるでこれからの闘いを楽しみにしているかのような、子供の笑み。
そしてその手には、再び小さなサイコロ。

「さーって、次はこっちの番だぜ。」

無焚はそう言って、サイコロを宙へと放り投げる。

「てめぇらには、『こっちの力』だけで十分だ。」

サイコロが数回転すると、粒子状の砂のようなものがサイコロの宙を漂う。
その粒子が集まると、二本のナイフを形作っていく。
そのナイフを手に持って、無焚は口元に笑みを浮かべてそれを構えた。


第30晶 嵐のような。


出会ったばかりで間もない無焚の印象は、まるで子供のような人…だった。
子供のような外見で、無邪気に笑い、そして真っ黒な料理と思わしき物体Xを造り上げる情報屋。本当に情報屋なのか疑わしくなるが、翼のことをよく知っていたのが何よりの証拠と言っても過言ではない。
そうと思えば、雷希の刃を簡単に受け止める力の持ち主であったり、その実力は計り知れない。瞳は鋭く、実践慣れしている…そう感じた。
そして今の印象は、雷希の刃を受け止めた時のそれに近かった。
小さなナイフで男達と、しかも刀を持っている男達と同等に渡り合っているその姿は、最早異常だった。
態勢を整え直したアエルは、すぐに身体を持ち上げて無焚へと刃を向けた。向かってくる刃をナイフで受け止め、流れるように受け流す。また向かってきては受け流す。その繰り返し。
思わず唖然としてしまうその光景。しかし、あちらにはもう一人の男がいた。

「無焚殿!」

自分と瓜二つの、謎の男。
その男が刀を振り上げる。二対一は流石に分が悪い。そう思い、翼が一歩踏み込もうとしたと同時に、無焚は左手に握るナイフでその男の刀を受け止めた。
その目は未だに右手のナイフでやりとりをしているアエルに注がれていて、視界には入っていないはずなのに。
ナイフでその刀を弾き返すと、その隙を狙って無焚は左に握るナイフを翼そっくりな男…偽物に放った。
偽物はすぐにその刀をかわすが、頬には赤い一本の線。避けきれなかった証が、確かに白い肌に刻まれている。
二人の男。しかもそれ相応の手練れと思われし男相手に、無焚はそれでも尚、笑っていた。まるで遊びを楽しむ子供のように、無邪気に楽しそうに笑っている。
しかし反面、翼にとってその笑顔がとても恐ろしく感じられた。
通常であれば命と命のやり取りをするその瞬間、笑っていられるような人間はそういない。それなのに、無焚は笑っているのだから。

「なんだあの男、化け物か…」
「まぁ、化け物でしょうね、見るからに。彼が五番目で、間違いないでしょうし。」

偽物の悪態に、アエルも応えるように呟く。
二人がかりで挑んでいるにも関わらず、小さなナイフ二本で切り返されてしまうのだから、化け物と思われていても仕方ないだろう。
余裕たっぷりの無焚の左手には、再びナイフが握られている。
また粒子状の物体がナイフを形作ったようで、その粒子はよく見れば、無焚が手に持つサイコロから溢れ出ていた。

「あなたの能力は、物質を粒子に変えたり、粒子を物質に戻したりすること…ですね。」
「ん。まぁそう認識してくれて構わないよ?知った所で攻略の仕様がないだろうしな。」
「…舐められたものですね。」

アエルは悔しそうに呟く。
八代神の化身とされる大使者の能力が、まさかこの程度の力な訳がない。そう言いたそうな声だった。
無焚はそんな言葉を聞き入れているのかどうか、視線は空を仰いでいてなんとも暢気な様子に見える。

「ん、舐めてるつもりはねぇよ。寧ろ己れの力はこっちが本命だ。大使者の能力が、みんながみんな、実戦向きの便利なものとは限らねぇんだよ。」

そう言って笑いながら、無焚はナイフの切っ先を二人に突きつける。
この二人が翼たちを訪れたのが、後一時間早かったら結果は違ったのだろう。二人の敗因は、無焚の来訪時に来てしまったことだ。
一歩一歩、無焚は男達に近付いていく。逃げようとすればナイフで突き刺す、そう脅しているようにも思える。

「さて、己れがいる時に来たのが運の尽き、かな。さて、お前らの目的は何か、色々喋ってもら……」

ナイフを突きつける無焚の目の前に、刃が飛んできたのはその時だった。
刃は無焚の左目を突き刺し、刃が奥へと抉られる前に一歩下がり、瞳から刃を抜く。
ぼたぼたと赤黒い液体が零れ落ち、地面に赤い花を咲かせていた。
言葉にならない叫び声をあげながら、無焚の手は左目を多い、よろめく。
その刃の持ち主は、アエルでも偽物でもない。もう一人の、小柄な少年。左目には眼帯がつけられていて、アエル達と同じように黒い制服を着ていることから、制服の人間であることがわかる。

「無焚殿!」
「このくらい、なんともねぇ!いいからてめぇは下がってろ!コイツはやばい!!!」
「しかしっ…!!」

無焚の忠告を聞ききれず、翼は数歩前へと歩み寄る。
小柄な少年は、ぐるりと首をこちらへと向けた。
砂色の髪は腰まで伸びていて、左目は眼帯をしているはずなのに、何故かこちらの動きを見透かしているような不気味さを漂わせている。
年も体躯も、雷希より小さいように見える、そんな幼い少年すら、刃を血で染めるようなことをしているのかと、翼はそちらの方がショックであった。

「空高翼は、お前だな。」

少年は小さく呟く。
少年が一歩、前へと踏み込む。そして踏み込んだ途端、その少年の身体は、翼のすぐ目の前へと現れた。
先程までは、少なくとも数歩以上、距離を置いていたはずなのに、この少年は、たった一歩踏み込んだだけで翼の目の前へと現れたのだ。

「コイツ、異能者っ……!!」

雷希が小さく叫ぶ。剣を振り上げる。それでも間に合わない。

「…っ、がっ……」

翼から漏れるのは、小さな悲鳴。細い刀が、翼の腹部を貫いていた。ずぶりと、冷たい金属が体内へと入って行く。

「翼さん!!!!」
「翼っ!!!!!」

雷月と、飴月の悲鳴が耳に届く。
こんなものが身体から生えているのだ。そりゃぁ悲鳴を上げるだろう。何処か、他人事のように思考を巡らしていると、少年は悲鳴をあげる少女を、冷たい瞳で見つめていた。

「…うるさいな。」

その一言で、少年がこれから何をしようとするのか、想像がついた。
否、想像がついてしまった。

「っ、ぐ、あああああああああああああああああああああああっ」

その叫びが自分から漏れているのだと、そう自覚するのに少し時間がかかった。
力強く踏み込んで、自身を貫く刀を握り締める。足は小さな少年を、勢い良く蹴り飛ばした。
刀は自分を串刺しにしたまま、少年だけが宙を舞って外へと転がされていく。

「雷希っ!!雷月殿と飴月殿を頼むぞっ!!!」
「翼っ!だけど!」
「お前が守らず、誰が彼女たちを守るんだっ!!任せたぞっ!!」

刀の柄を握り締め、身体から引き抜く。
真っ赤な液体が周囲を彩り、赤い水飛沫を身にまとったまま、翼は駆け足で無焚の元へと駆けていく。
左目を奪われた無焚を狙う、二人の男。

「無焚殿っ!!!!」

叫び、刀を振りかぶる。
二人の刀を力強く弾き飛ばすと、翼はためらいなく、一人の男の肉を切らんと刀を振った。

「アエルっ………!!!」

次に悲鳴をあげたのは、偽物だった。
翼が刀を迷わず振ったのは、決して命を奪いたいと思った訳ではない。
その証拠に、黒髪の男…アエルは確かに、赤い液体を手首から流しているものの、手はしっかりと腕とつながっていたのだから。
しかし、この状態では刀を握る事が出来ない。翼が狙ったのは、それだった。

「翼、お前…」

痛みを堪えながら、無焚は翼を見つめる。
傷口である腹部を抑えながら、無焚はアエルの手の甲に、己が手に持つ刀を突きたてた。

「ぐっ、あっ…」
「…すまない。手荒なことはしたくはないが、こうでもしないと、貴方の動きは封じられない。」

息を切らしながら、翼は小さく詫びる。
今にも泣きそうな顔をしているが、その理由は、腹部の痛みが理由ではない。アエルに刃を突き立てたことで、悲しみの表情を浮かべているのだ。

「そこまでですね。」

更にもう一つ、新たな声。

「修院。真っ先に飛び出したはいいですが、真っ先に刀を奪われてどうするんですか。」
「……鴈寿…」
「まぁでも、五番目と…それから、そこの神子の動きを鈍らせただけ、まぁ、いいでしょう。」

鴈寿。そう呼ばれた男はにこりと紳士的な柔らかい笑みを浮かべた。
全体的に髪は金色だが、中央の前髪と、毛先だけは僅かに黒い。瞳の色素は薄く、光から守るために黒色の特殊な眼鏡をかけている。
翼と無焚に手負いをさせた少年、修院は全身を強く打った痛みに耐えながら、ゆっくりと立ち上がった。
体中にまとわりついた土埃を払いながら、忌々しげに舌打ちをしている。

「お褒めの言葉どーも。」

修院はそう言いながら、ジロリと無焚や翼を睨むように見つめる。
手負いの二人に対して、これからどうしてやろうか、と言いたげな目だった。

「…修院。それ以上は止めておきましょう。もうそろそろ、三番目も来ます。」
「……わかった。」
「ですが。」

鴈寿はにこりと笑みを浮かべたまま、翼によって弾かれ、地面に落ちていた刀を一本拾う。
その刀は、翼でもなく、無焚でもなく。

「………え…………」

アエルの身体を、貫いていた。
その胸から、まるで赤い花を咲かせるかの如く赤黒い液体が滲んでいく。
突然の光景に、翼と、そして、偽物すらも、息を飲んでいた。
瞳から陽を喪ったアエルの身体が傾かずに済んだのは、手の甲もまた、刀で固定されていたからだろう。

「足手纏いは置いていきます。修院、翼を連れて帰りますよ。」
「…わかった。…ほら、行くよ。翼。」

修院に腕を引かれ、偽物は力なく歩く。
その瞳にはまだ、切り捨てられた黒髪の同胞が映り込んでいた。

「……あ……える…………」

突然現れた特殊部隊は、まるで嵐のようにあっという間に去って行った。

 


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