空高編


第3章 神子と双子と襲撃



「今日もお疲れ様でした。無理をさせてしまってすみませんね。」

無色はにこり、と優しく微笑む。
しかしその表情は能面の上にとりあえず笑顔を薄く貼り付けたような笑みで、つまり、暖かさを感じられるものではない。
社交辞令に近い言葉が紡ぎ出されてから、さて、と本題が始まった。

「第一小部隊が殲滅されました。正確には殲滅されたかどうかなんてわかりませんが、彼らが何日も戻らないこと、そして、彼らとの通信が途絶えていることから、そう見なして良いでしょう。」
「…殲滅、ですか。」
「嗚呼、アエル、そんな顔しないでください…確かに嘆かわしいことですが、収穫がありました。一つだけ、ですが…、しかし、それは確実に大きな収穫です。」
「収穫?」
「えぇ。彼が見つかりました。」

彼。
その言葉にぴくりと反応したのは、空色の長髪を持つ青年。
穏やかな青空色の瞳は、ギラギラと色とは正反対の感情を帯びている。

「それは本当か?」
「ええ、本当ですよ。嘘は言いません。そこで、彼の相手を貴方にお願いしたいのですよ、翼。」
「……命の保証は?」
「構いません。彼が死ねば、あの力は別の者へ譲渡される恐れがあるかもしれませんが、その譲渡出来る環境を作らなければいい話です。」
「そうか。」

翼はそれだけを呟くと、早速行こうと言わんばかりに踵を返す。
しかし、それ以上の歩行は話を最後まで聞きなさい、という無色の言葉で停止させられた。
彼の意識は既に此処にないようで、早く行きたいのに止められたという不満からぎろりと無色を睨みつけている。
無色はその勢いに推されることなく、にこにこと顔に笑顔を張り付けたまま言葉を続けた。

「あちらには三番目がいます。そして、弥瀬地に居たであろう五番目の存在も確認が取れていませんので、こちらに来ている可能性があるでしょう。三番目の能力は厄介ですが、五番目も相当です。他の方々も同行させましょう。」
「…私だけで十分だ。」
「完全に覚醒していない貴方と、ただの使者であるアエルの二人では危険です。大人しく私の言葉に従ってください。」

有無を言わさぬその言葉に、翼は忌々しく舌打ちをする。
しかしその舌打ちは無色にとっては肯定でもあった。翼は背を向けたままだがこれ以上前に進む気配はない。どうやら待っていてくれるらしい。

「では、早速呼びますから、少し待っていてくださいね。」


第29晶 次の矛先


「こりゃぁひでぇな。」

薄い鉄の板。その上に更にガラスが張られている。
無焚が手に持つ機械を見た翼の感想はそれだった。
無焚は指で機械を操作すると、とてもじゃないが雷月や飴月には見せられない…見せたくないような凄惨な光景が映し出されている。
翼は体中の血が冷え切るような心地になるが、隣にいる雷希は顔をしかめてはいるものの翼程ではない。
これが経験の違いなのだろうが、望まない経験の差に翼は複雑な気持ちを抱きながら、再び青色の瞳を赤一色の画面に移した。
人が殺されている。それも、凄惨という言葉が似合う、惨たらしい形で。
腹は裂かれ手足は千切れ、恐らく即死ではない。生半可なものではなく…かなりの苦しみを感じるであろうその殺され方。

「何故、これを…?」

今日、無焚は突然来訪して来た。
死燐や羅繻を連れる訳ではなく、一人で散歩をするようにひょっこりと現れた彼に最初は仰天したものの、情報屋をしている彼が翼たちの家を知らない訳がないのだから思わず納得してしまった。
それに彼は雷希の刃をいとも簡単に跳ね返してしまうほどの力の持ち主だ。
実力はきっと、この中の誰よりもある。
一人でこの森を歩いていても、彼であれば世間一般では困難といわれることも困難ではないのだろう。
そんな無焚は家の中へと招いてもらうと、雷月や飴月に対して茶を淹れるように言い追い払ってから薄い板を取り出してこの画面を映し出した。

「流石に小娘二人にこれを見せるのは抵抗があったからな。」
「なるほど、確かに、抵抗があるな…」
「まぁそれ考えると翼に対してもちょっと抵抗がだな。」
「俺は男だ。」

中性的な顔立ち故、翼はよく女性と間違われる。
それがあまりにも不愉快なため、周囲から『神の子たるもの清く礼儀正しい言葉遣いを』と求められても、翼は少し荒い言葉遣いを直すことはなかった。
むすっとしながら翼はぴしゃりと無焚の言葉を否定すると、流石に地雷だったかと無焚は苦笑した。

「ま、冗談は置いといて、だ。最近政府に対して不満を持ってる人間っていうのはまぁいるわけだが…反抗勢力を作ろうとしているやつらがいるっていうんでね。面白そうだし話を聞きに行こうとした訳よ。」

そんな物騒なことを面白そうと思えてしまうあんたが凄いよ。
と、雷希と翼が心の中で同時に呟くがそれは当然彼に届くことはない。
二人の皮肉に気付くこともなく、無焚は更に話を続けた。

「でさ。行ったらこの有様。政府って普通はこういうの綺麗に隠したがるんだろうなって思うだろうけどさ、逆。見せしめの為により凄惨に殺して、放置するのな。」

確かに、政府ともあれば世間に暗い部分は見せたくないのだから、こういう痕跡は綺麗に残さないようにするのが普通だろう。
しかしそれでは反抗勢力は増えていく一方。
自分たちに反抗しようとすればこうなるぞ、という釘差しの一環なのかもしれない。
そして自分も、外へと抜け出した今こうせんとばかりに政府が狙っているのだろう。そう想像すると、やはり恐怖がないと言えば嘘になる。

「己れが此処に来たのはそれだけじゃねぇぞ。ちょっとやばい情報が入ってな。」
「やばい情報、と言うと…?」
「翼、お前の存在が向う側にバレたかもしれない。」
「…え?」
「今の時代って、だいぶ機器が発達してるんだな。醜射が小型の機械を見つけてさ、確認したら…通信機みたいなもんだった。あいつら捕まる寸前に連絡を取ってたみてぇだな。『発見』、その一言だけが送信されていた…その通信機には探知機能もついてるだろうし、壊れた時点で自分たちの死亡も伝えられるって奴だ。」
「しかし、それを何故今頃見つけられたんだ…?」
「醜射が昨日吐き出してな。それで見つかった。」
「…………わかった。わかった。それ以上はいい。」

恐らく、人喰鬼である醜射がその機器ごと食べてしまったのだろう。
そして、それを吐き出しでもした際に出て来たのに違いない。
それは容易に想像出来るのだが、あまり想像したくないことでもあるので、翼はふるふると首を横に振った。
無焚は自身の中にある情報を整理するためなのだろう。
手に持った薄い板を見つめながら、画面を次々と動かしている。
指が小刻みよく動けば、みるみる画面は別のものへと切り替わり、見たことのない小さな機械が映し出された。
それは本当に小さな機械で、豆くらいの大きさだ。醜射が誤飲しても不思議ではない。
その機械にはボタンのような部分が少しついていて、恐らくそのボタンを押す間隔次第で単語程度の情報のやり取りが出来るのだろう。

「もしかしたらお前が狙われる可能性も高い。だから己れが来たんだ。」
「…心配、してるのか?」
「まぁ適度にな。」
「適度って…」

まぁ、初対面の人間に対して心配をしてもらえるだけでも良い方なのだろう。
そう話していると、お茶を淹れた雷月と飴月が戻ってくる。
お茶と茶菓子をテーブルに置くと、無焚は小さく礼を言ってまだ熱々の茶を口へと運ぶ。

「お前に死なれちゃ困るのも事実だよ。いろいろと、な。」
「いろいろ…?」
「そのうち話すよ。だいぶわかって来たこともあるし。」
「わかって来たこと、とは。」
「嗚呼、それは…」

コンコン。
無焚が更に言葉を続けようとしたところで、扉のノックが小さく響く。

「客人、ですか?」

雷月が扉へ向かおうとするが、その雷月の目の前に無焚が腕を出して静止した。
思わず足が止まる。
その場にいる誰もが言葉を紡ぐのを止めれば、辺りはしんと静まり返り未だに聞こえるのはコンコンと扉をノックする音だけだ。

「そもそも俺たちに依頼するような奴等なんて、妖退治の噂を聞きつけた一部の奴等だけだ。それに依頼方法も手紙。直接なんて会わないし、最後に来たまともな客人は翼と無焚くらいだろ。」
「…あ…」

雷希の言葉に、雷月ははっとした顔をする。そしてそれと同時に顔が少し青白く染まっていくのがわかった。
つまり、翼にしても無焚にしても、あくまで偶然の来訪に過ぎなくて、一般的に此処を来訪して来る人間といえば。

「雷月、つったっけ。アンタは今度から客人に注意した方がいい。」

ぽん、と雷月の頭に軽く手を乗せてから無焚は目の前の扉へと向かう。
その手に何かが握られているのを翼は見過ごさなかった。

(…?サイコロ…?)

握られているのは小さなサイコロが二つ。
扉の向こう側の人間に何者か問うこともなく、無焚は唐突に扉を勢いよく蹴り飛ばす。
強引に開けられた扉の前には、黒いコートで身を包んだ二人の男。
一人は青みがかった黒髪。そしてもう一人は、空色の髪と空色の瞳…翼と瓜二つの顔をした、長髪の少年。
テレビに映り込んでいた少年であることは、容易に想像出来た。

「その男の命、もらうよ。」

黒髪の少年が腰から刀を抜き取ると、勢いよく無焚の身体へと切りかかった。

 


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