空高編


第2章 神子と接触



腰まで伸びた空色の髪を風になびかせ、少年は人々に小さく手を振る。
少年の姿に、人々はおお、と歓喜した。
そんな映像が、小さな箱の中に映されている。

「こ、これは…」
「空高翼。」
「え、いや、でも、俺は」
「知ってるよ。君も、まぎれもなく空高翼だよね。」

動揺する翼に、羅繻はにこりと微笑みかける。
録画の映像で、何か加工したものなのかと疑ってしまう。

「残念ながら、リアルタイムだよ。ここ最近、このチャンネルはずっとこうだ。」

翼の思っていることが想像ついたのか、死燐がそう念押しする。
じっくり見れば見るほど、その少年は髪の長さ以外は翼と瓜二つだった。
テレビの右上には、「翼様空然地を巡回」と表示されている。

(何者なんだ。コイツ…)


第18晶 もう一人の翼


「これが、お前がいなくなってしばらくしてから、騒がれなくなった理由。」
「これが…」
「お前がいなくなってしばらくしたら、何事もなかったかのようにコイツが出て来たんだよ。いなくなっていた期間は神隠し扱いだ。」
「神隠し…」

翼が姿を消した当初から、原因は神隠しではないかと言われていた。
なんせ翼は世間では「神の子」と呼ばれている。
ほんの数日姿を消した程度であれば、そんな曖昧な説明でも納得する人はいるだろう。
髪の長さは違うものの、今までお屋敷暮らしだった翼は報道された時に出された顔写真でしか、姿を出したことはない。
髪の長さだけであれば、いくらでも説明がつく。

「俺を探すのを辞めて、別の誰かをすり替えたってことか…」
「まぁ、そんな所だろう。」
「しかし、誰なんだ。この男は…」
「翼サン、お心辺りはないんですか?」
「いや…」

雷月の問いかけに、翼は小さく首を横に振る。
しかしながらその動作は何処かぎこちない。
心辺りがあるような、ないような、この自分にそっくりな男を知らないはずなのに、知っているような。
矛盾する二つの思いに翼は徐々に下を向く。
その異変に気付いたのか、飴月は心配そうに顔を覗かせた。

「翼、大丈夫?顔色悪い。」
「あぁ、いや、大丈夫だ…しかし、自分と瓜二つとは…薄気味悪いな…」
「わかった?僕達が君に会ってみたいと思った理由。」

翼はこくりと頷く。
今まで行方不明と報道されていた空高翼が、急にぱっとテレビに現れた。
これを奇妙に思わない人間がいない訳がない。

「そりゃぁ、確かに気になってしまうだろうな。これを見てしまうと…」
「普通の奴なら、疑わないんだろうけどさ。俺達はまぁ、幽爛ともう一人、お前がこの辺りにいるという情報を掴んでいる奴がいたからな。」
「それで、実際に会ってみたいと。」
「ま、そういう事だ。それと、忠告だ。」
「忠告…?」

思わず首をかしげる。
死燐はそうだ、と一言言うと、動く気配のない黒コートの男達を指さした。
たったそれだけの動作なのに、思わず身体がビクリと震える。

「空高翼の行方不明報道を取り消し、何もなかったかのようにあの少年を空高翼として使っている。つまり、お前はもう用済みってコトだ。」
「なっ…」
「空高を抜け、地を抜けた神の子なんて体裁も悪いだろうからな。普通なら、反政府派の人間とみなされ始末される。」
「そんな…」

驚きの言葉を口にする反面、翼の中では死燐の言葉がそんなりと耳に入っていた。
目の前で彼等に襲いかかる政府の人間と思われる男達を見たからだろうか。
否、恐らく違う。

(あの時、死燐殿にナイフが放たれた…しかし、彼の後ろに居たのは…)

「君だよ。」

羅繻の言葉に、翼はびくりと身体を震わせる。
一歩、翼に近寄りその肩をぽん、と叩く。

「確かに僕達も狙われるような身分ではある。でもきっと、一番の狙いは君だよ。」
「俺が…」
「神子は二人もいらない。つまり、そういう事だよ。」

何を話せばいいのか、わからなくなる。
勿論、多少のリスクを冒しているのは百も承知だ。
そこまで世間知らずなつもりではない。
だが、万が一捕まってもせいぜい監禁程度だろうと、何処か甘い考えがあったのも事実だ。
少なくとも、殺されると考えたことはない。
冷や汗が滲む。
肩が、拳が震える。
雷月も飴月も、雷希までもが心配そうに見つめている。

「だから俺達が来たんだよ。」

死燐の言葉にはっと顔をあげる。

「お前達の行動に制限をかけるつもりは一切ない。だが、俺達はお前を利用しに来た。」
「利用…?」
「そうだ。政府のことについては、まぁ任せろ。なるべく手助けする。お前にそっくりな奴についても、引き続き個人的にも気になるし、調べるつもりだ。」
「では、利用するとは、何で俺を利用したいんだ?」
「それが今回の本題と言ってもいいだろうな。」

死燐は改めて翼へと向き直り、その目をじっと見つめた。

「さて、空高翼。お前は荒雲雷希を訪ねたとき、世界征服をしに来た、と言ったそうだな。」
「な、何故それを…!」

過去の、特に意味もない思いつきの理由を掘り返され、顔を熱くさせる。
しかし、死燐は何処となく真面目な顔つきだった。

「世界征服、とまではいかないが、似たようなことを実際にやってみる気はないか?」

第三者から見れば、神を信じるかと聞いてきたり、世界征服をしてみないかと言ったり、ふざけた奴だと思うのだろう。
しかし、そうは思えなかった。
何処か思い詰めたような、縋るような。
彼は確かに、そんな瞳でこちらを見つめていたのだった。

 


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