空高編


第2章 神子と接触



「お前は信じられないと思うかもしれないが、この世界は広い。人だって鬼だって何だっている。」

死燐の視線は窓の外。
現実味のない言葉に、翼は首を傾げてしまう。
それが、世界征服に似たようなことと、どんな関係があるのだろうか。

「ひっそりと生きているんだよ。みんな。それぞれの場所で。」
「ひっそり…?隠れて生きているのか?」
「まぁ、お前達からすればそうだな。」
「何故だ?堂々と姿を現わせばいいじゃないか。生きているのは皆同じだ。」
「そうもいかないの。」

翼の言葉に羅繻が割って入る。
羅繻は困ったような、複雑な笑みを浮かべていた。

「そういう訳にはいかないんだ。人と、彼等は、今はまだ、相容れない。」


第19晶 発信すること


何故、人は自分達と少しでも違うものに恐怖するのだろう。
そして嫌悪するのだろう。
それは、己と異なるそれは、得体の知れないものだから。
知らないからこそ人は恐れ、嫌悪し、排除しようと試みる。
中には、それに焦がれ、手にしようと奪おうとする者もいる。
どちらにしろ、ろくなものではない。

「そんな光景を、俺はずっと見て来た。」

死燐は静かに、言葉を紡ぐ。
閉じた瞼の向こうに彼が何を見ているのか想像することは出来なかった。
一つ一つ、絞り出すように言葉を続ける。

「変えたいと思った時期もあった。けど、変えられなかった。」
「何故…?」
「俺達は、言葉を人々に伝えるにはあまりにも力が無さすぎたんだよ。」

死燐は困ったような表情を浮かべる。
雷希はそりゃそうだよな、と翼の横で呟いた。

「何処ぞの得体の知れない人間が言っても、耳を傾ける奴はいないだろうしな。」
「そーゆーこと。残念ながら、それが現状なんでね。」

羅繻はあからさまに両手をかかげてやれやれと溜息を漏らす。

「俺を利用したいというのは、神の子という知名度を利用したい、ということか?」
「ものわかりがいいな。そういうことだ。」
「だが…」

翼が言葉を濁し、俯く。
すると死燐は椅子から立ち上がり、翼の肩をぽんっと叩いた。
服の布越しに伝わる手の温度は少し冷たくて、ふと見合った視線は吸い込まれるような黒だった。

「別に、無理に引き込みたいとは思わない。俺達が得体の知れない人間だということは百も承知だ。」

女性のように長いまつげと、黒い瞳に映る自分の顔を見つめる。
瞳の中に映る翼の顔は戸惑いに満ちていて、我ながらなんと情けない顔だと思った。

「この世界を見てほしい。」
「え…」
「この世界を見て、思った事を人々に発してほしい。世界に発してほしい。それが出来る力が、お前には本来ある。」
「え、いや、あの、」

翼は両手を前に突き出し左右に振る。
どうすればいいのかと戸惑いが浮かぶ。
この世界には、人以外にも霊が実際に存在して、それ以外の生物もきっと存在していて。
でもきっと、彼等にとってこの世界は差別と偏見に満ちていて。
いつ殺されてもおかしくないような生活をしている人もいて。
少しでも、そんな悲惨な運命が廻る機会がなくなればと。
くだらない正義感だ。
周りに流され、彼等の雰囲気に流され、そこに自分の意思というものはないのかもしれない。
でも間違いなく、そう思っている自分も、確かにそこに居た。

「答えをすぐに出せとは言わないよ。」

羅繻はにっこりと笑みを浮かべる。
裏表のない笑みを浮かべる反面その手は、まるで死燐を宥めるかのように肩に添えられていた。

「僕達はろくな生き方をしてない。そんな生き方をする人が、一人でも減ればいいと思ってる。」

一度死燐をちらりと見つめてから、翼へと向き直る。

「極力血を見るようなことは避けたいし、そんな力がないのであれば、このままひっそりと生きていくのもまぁ、一つとは思っているよ。」

でも、と羅繻は言葉を続ける。

「君が、神の子である君が、この外の世界を見ることで何か変わるかもしれない。今の世界の仕組みを、自分の言葉でひっくり返してしまうのも、ある意味世界征服だと思わないかい?」

過去の自分の、痛々しい言動に上げ足をとり彼はにやにやと微笑んでいる。
頼むからそれを言わないでくれと、顔が熱くなった。
ちらりと、雷希に視線をやると思い出し笑いなのだろう、にやにやと口元に笑みを浮かべている。
自業自得なのは百も承知だが、殴りたくなった。
雷月と飴月からのいたたまれない視線を想像すると、強くそう思う。

「話したかったのは、此処までだ。この先どうするかは、まぁ、お前次第だし、強制はしないよ。」

今日は来てくれて、感謝する。
死燐はそう一言礼を述べると、大広間の扉を開けた。

 


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