空高編


第1章 神子と家出



食事を終えると、飴月は今朝方ポストに投函されていた手紙を雷希と雷月に手渡した。
二人は黙って手紙の内容を確認する。

「成程な。最近、こういうの増えてるな。」
「お仕事あるから、生活出来る。依頼者には申し訳ないけれど、こちらとしては、嬉しい。」
「そうだな。」

雷希は席から離れると、椅子にかけていた烏の羽のように黒いコートを羽織る。
長く使い古された灰色のマフラーを首に巻くと、三人へと視線を戻す。

「こういう仕事は俺の方がいいだろ。」
「うん。でも、翼も行かせる。」
「翼もか?」

雷希の問いに、飴月はこくりと小さく頷く。

「翼も、経験した方がいいと思う。」
「それもそっか。4人で行くの?」
「家は、あまり空けたくない。」
「ということは僕が留守番ですね。仕方ないです。」

雷月は食後の珈琲を啜り、視線をテレビへ向けたまま呟く。
いいのか、という雷希の問いに雷月は口端をにやりとあげて不敵に微笑む。

「たまには留守番も悪くないですよ。しっかり翼に仕事を叩き込んでやれです。」
「言われなくてもそうするさ。」
「雷希に教えられるとか、嫌な予感しかしないのだが…」

翼は身体を縮めこませながら、苦みのあるインスタントコーヒーを一口飲んだ。


第9晶  初仕事


翼、雷希、飴月の三人は森の奥をただ黙々と歩いていた。
仮にも姿を隠している身である翼は、フード付きのマントを羽織り顔が目立たないよにしている。
一見怪しく見られるかもしれないが、砂漠地帯である黄荒地から来る旅人に多い格好の為、人口の多い柳成地では気にも留められない。
雷希達のように姿を見せず霊や妖を討伐する人間ならば、そのような格好は尚更だ。
現に雷希は灰色のマフラーに黒のコート、黒のズボンと全身黒ずくめだ。

「飴月の格好は、雷希とは間逆だな。」

飴月の格好は全身真っ白で、巫女のような姿をしていた。
元々飴月の肌も髪も、白みがかっている所があるので、まるで飴月自身が霊なのではと思える程だ。

「白なんて目立つんじゃないのか?」
「飴月は俺や翼とはタイプが違うからな。暗闇とかに溶け込みやすいように黒い格好をしがちだけど、飴月みたいに祓う仕事をする奴は、穢れのない姿じゃなきゃダメらしい。」
「だから、穢れのない白い服、ってコトか。」
「そーゆーコト。」
「雷希、翼。」

飴月の声に、二人は歩みを留めて飴月へと視線を向ける。
飴月はその場に立ち止まったまま、微動だにしない。
風が吹き、草木が擦れる音のみが響き渡る。

「来る。」

飴月の言葉を合図にしたかのように、草影から黒い影が飛び出して襲いかかった。
翼が咄嗟に、雷月から預かった小太刀を目の前へと向けると、それが盾になり黒い影をはじき返す。
小太刀を通じて、ずんと重いものが伝わり小太刀を握る右腕が痺れた。

「翼!」
「平気だ。」

弾き返され落下した黒い影に、翼と雷希は視線を向ける。
むくりと起き上がったそれは、猫のようだが世間一般で呼ばれる猫と呼ぶには、視線の先にいるそれは身体が三倍近く大きい。
尾も四つに裂けており、一本一本が意思を持って噛みついて来てもおかしくないかのような威圧感がある。

「こういう妖、っていうの?本当に居るんだな…」
「居るから、俺達がこーゆー商売してんだろ。」
「そうだけど。」

外に出た事がない翼は、当然ながら霊や妖の類も見た事はない。
屋敷から一歩も出ることなく、厳重に、あらゆるものから閉ざされた世界で生きて来た。
見たことのないものには憧れたが、信じた事はなかった。
当然、精霊や神々の存在も、信じていない。
けれど翼の目の前にいるのは、今まで信じていなかったものの内の一つだった。

「なぁ、雷希。こういう奴はどうやって倒せばいい?」
「簡単。俺等はあの化け物をただ斬ればいい。翼もその小太刀、もらったろ。また来るぞ。」

猫のような妖はシャア、と威嚇するような声を出すと、再び翼へと襲いかかる。
雷希の翼、と自身の名を呼ぶ声が遠くから響く。

(わかっているさ。)
(今、斬るんだろ。)

小太刀を振り上げ、目の前のそれへと刃を振り下ろす。
水晶のように透明な刃が肉へと喰い込んだかと思うと、すっと身体が綺麗に二つに割れた。
赤い血飛沫が頬を濡らし、透明な刃を濡らす。
二つに割れた猫の身体から、透明な黒い光がするりと出て来た。

「この光は…」
「あれが本体。で、あれの始末が飴月の仕事。」

見てみろ、と雷希が言うので飴月へと視線を向ける。
飴月の手には小さな小瓶と札が握らていて、小瓶をすっと黒い光へ向けると、掃除機で吸い込まれる埃のように黒い光は小瓶の中へと飲みこまれていく。
黒い光が小瓶の中へと飲みこまれたのを確認すると、飴月は小瓶をコルクで塞いで札を貼った。

「完成。」
「これでいいのか?」
「うん。ひとまずこれで閉じ込めたから、後は、私が成仏させるのがお仕事。」

改めて小瓶の中をまじまじと見つめると、小瓶の中の黒い光がゆらゆらと揺れる。
徐々に形を成したそれは赤い瞳を覗かせ、こちらを睨みあげていた。

「人魂、みたいだな。」
「悪霊化した魂。最近、こういう子が動物に乗り移ってるのが多い。」
「仕事が増えるのはいいけど、こう多いとな。」

普段の役割を今回翼に取られてしまった雷希は、手持無沙汰に伸びをする。
翼は霊が抜け、本来の姿を取り戻した猫の亡骸を黙って見つめた。

「翼、帰るよ?」
「え、あ、あぁ…あの…そのまえ、に。」
「何だよ。」
「猫の、お墓。駄目か?」

翼の言葉に、雷希と飴月は思わず目を丸める。
そして飴月は優しく微笑み、雷希はしょうがないな、とだけ呟いた。

「猫の供養も大事。この子みたいな悪霊を作らないことにもつながる。このまま供養して、成仏、祈ろ?」
「あぁ。ありがとう、飴月。雷希、手伝ってくれ。」
「はいはい。」

翼と雷希はその場に屈みこんで、猫を埋める為の穴を手で掘り始める。
二人の後ろ姿を飴月が一人眺めていると、ふと視線を感じて周囲を見回した。

「…気のせい。かな。」

三人の姿を、見つめ続ける少年の姿に、飴月は最後まで気付く事はなかった。

 


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