空高編


第1章 神子と家出



白い霧の中、佇む一人の少年がいた。
白い髪の白い肌。そして白い服。全身透き通るような白で包まれた少年は、果たして生者であるか疑問に思える程だった。

「おいで。」

小さく呟き、少年は手を伸ばす。
その手に引き寄せられるように、ふわりふわりと蛍のような青白い淡い光が集まる。
光一つ一つがまるで生き物のように、光を強めたり弱めたりしながら、少年を包む。
細く白い少年の手は、光に対し動物を撫でるのと同じような仕草をし、慈しむように見つめた。

「さぁ。今日はどうやって遊ぼうか。」


第10晶  浄化


朝目が覚めて、家の外へと出ると珍しく自分より先に起きている人物がいた。
飴月は先日の妖討伐に赴いた際と同じ、真っ白な巫女の衣装に身を包み佇んでいる。
手には小瓶も握られていて、その中にある光は先日よりも色が白へと近付いていた。
キュポンと小瓶の栓を抜き、中から光を解放するとその光を優しく手で包む。
気のせいかもしれないが、一瞬だけ、飴月の周りが優しい光に包まれているような気がした。
それが、霊を祓う者としての独特の雰囲気が魅せたものなのか。
それとも、飴月の浄化の力が視覚化したのか。

「もう、いいんだよ。」

飴月がそう呟き、そっと包んでいた手を開く。
手の中にあった光は白く、閃光弾のそれのように強く輝くと、瞬く間に消えていった。

「浄化、されたのか?」

呆気にとられ、思わず思っていた言葉が口から出る。
その声で翼の存在に気付いたのか、飴月はくるりと翼の方へと振り向いた。
腰まで伸びた長い髪が風に吹かれてふわりと揺れる。

「翼、見てたんだ。」
「す、すまない、見てはいけなかったか?」
「ううん。大丈夫。」

戸惑いながら翼が聞くと、飴月はゆっくり首を横に振る。
風に揺れる髪を細い指でかきわけながら、飴月は視線を空へと向ける。
今日も空は雲ひとつない青空で、翼の髪と同じ色をしていた。

「あの子達の穢れを浄化して、成仏させてあげるのが私の役目。」
「穢れ…というと?」
「悲しみとか、後悔とか、怒りとか、やり場のない負の感情。その感情が集まると、霊は悪霊化しやすくなる。」
「それを浄化する時は、飴月の身体に負担がかかったりしないのか?」
「心配、してくれてるの?」
「当たり前だ。」

優しいんだね、飴月はそう呟いて優しく微笑む。

「私は平気。強過ぎる負の感情は、時々、すごくぴりぴりして痛いけど。でも、負けることはないの。雷希も雷月も傍に居てくれるし、守ってくれる。それに。」

飴月は一度言葉を止め、翼の瞳をみつめる。

「翼もいるし。昨日は頼もしかった。」
「え、いや、あの、その、」

翼は一気に顔を赤らめ、思わず顔を反らしてしまう。
赤い顔で困ったように照れるその中性的な顔は、少女よりも少女らしく映る。
髪の色とは正反対な色を浮かべる翼に、飴月は小さくぷっと笑い声ももらす。

「い、飴月…」
「ごめんね?翼、面白くって。」
「あまり、からかうな。」
「うん、ごめんね翼。今日の朝ご飯は何?」
「…トーストとハムエッグ。」
「うん、美味しそう。」

これからテーブルに並ぶであろう食事を想像し、飴月は踊るようにくるくる回る。
ぴたりと回るのを止めると、小さくスキップしながら家の扉へと向かった。

「翼、早く。朝ご飯。」
「はいはい。」

扉を開けて家の中へと入ると、既に起きて来た雷月が、欠伸を漏らしながらふらふらと歩いて来た。
まだ覚醒しきっていないのか、眠気眼な瞳を擦っている。
自称男の雷月だが、中性的、というよりは女性に近いその容姿は本当に男性なのか、疑問を持つ程だ。
服を脱ぐよう促せばおのずと性別はわかるだろうが、そこまでして確認する程自分も変態ではない、と翼は小さく頷く。

「翼サン、どーしたんですか?一人でうんうん頷いて。」
「な、なんでもないぞ。」
「雷月。翼がこれから朝ご飯作るって。雷希も起こして来てあげて。」
「はーい!任せてください!」

雷月は笑顔でそう言うと、人と話して少し眠気が飛んだのか、先程よりも真っすぐな足取りで雷希の部屋へと向かった。
翼がハムエッグを作ろうと冷蔵庫を開けた瞬間、雷希の部屋から悲鳴が聞こえたが、どのように起こされたのか、雷希が起きても聞かないでおこうと翼は誓った。

 


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