空高編


第1章 神子と家出



「政府の情報によると、数日前から“神の子”空高翼が行方不明になっている事が…」

今朝からニュースは同じ話題で持ち切りだった。
バラエティ番組もそっちのけで、緊急ニュースに切り替わっているものもある。
あまりに退屈で、馬鹿馬鹿しくて、リモコンのスイッチを押した。
パッと番組が切り替わり、少し太ったタレントが見て下さい、このぷりぷりのエビ、とか言ってる。
視線をテレビからずらすと、その行方不明になっている男が暢気に珈琲を啜っている。
珈琲まみれになったマントは、ぱたぱたと外でなびいていた。


第3晶 神の子


「で、どうやって此処まで来たんだ。」
「んー、どうって、普通に窓から飛び降りて、無銭乗船して、此処まで来た。」
「…それ、普通って言わないから。」
「ところで雷希、この珈琲はとても美味しいな。どこのブランドだ?」
「…ただのインスタントだよ。」

雷希と呼ばれた少年は、溜息を深くつきながら、空色の髪の少年を見つめる。
白いマグカップを握っている手も、同じように白い。
肩まで伸びた髪と、元々眺めのまつ毛が合間って、マントの下の顔はまるで少女のようだった。
ブランドの豆から淹れた珈琲を飲むような優雅な生活をしているはずなのに、最初から粉末状になっているレトルトの珈琲の方が美味しいと言うのだから、味覚センスはきっと悪いのだろう。
テレビに映る小太りなタレントが頬張る寿司を、世界の象徴ともいえる“神の子”は目を輝かせながら見つめている。

「なんで、来たんだよ。」
「それより雷希!みろ!あのスシというものはなんだ!美味いのか!」
「…おい…」
「あぁ、すまない。此処へ来た理由か?だから世界征服をしに来たと…」
「…真面目に聞いてるんだ。翼。」

通常より、少し低めの声を出して訴える。
翼と呼ばれた少年は、雷希の紅い瞳のたじろぎながら、子供のように視線をそらす。
段々視線は下へと降り、マグカップに注がれた黒い珈琲を見つめていた。

「…本当に、特に深い理由はないよ。外に出たかったんだ。」
「あそこに居た方が、アンタは恵まれてるんじゃねぇの?」
「確かに、そうかもしれないな。3食昼寝付。家庭教師の英才教育。万々歳な生活だ。」
「嫌みか…」
「でもな。」

翼はコトン、とマグカップを静かにテーブルの上に置く。
テレビに映るビルの連なる街並みや、電車に揺られて昼寝をする人々の映像が次々流れる。
それを眺める翼のサファイアブルーの瞳は、何処か羨ましそうであった。

「そもそも何で、俺は神の子等と呼ばれているのだろうな。」
「は?」
「神の子とは、世界を造り出した神の力を受け継ぐ人間の事を言うそうだ。」
「歴史の基本だな。で、その力を代々受け継いでいるのが、アンタの一族だろ。」
「穹に集う神々の力を受け継ぐ一族。穹集い。だから、空高。」
「御立派な名前だこと。」

雷希は皮肉をこめて呟くと、冷えた珈琲を一口飲む。
口の中に苦みが広がり、眉間に刻まれるシワが深まる。
目の前の男に対抗して、砂糖を入れなかった事を後悔した。

「雷希。俺な、カミサマって信じてないんだよ。」
「“神の子”が、か?」
「神の子はカミサマを信じなければいけない、なんて法律はないだろ?」
「まぁ、ねぇ。」
「だからこそ俺を信仰してる年寄りも意味わからんし、俺を閉じ込める大人の気持ちもわからん。」

砂糖を入れていない癖に、珈琲用の小さなスプーンでマグカップの中をくるくる掻き混ぜる。
やり場のなく退屈だから、とりあえず何かしていたいと言いたげだった。

「なぁ雷希。此処にしばらく置いてくれないか?ほんの、数日でいいんだけどさ。」
「その後、アンタはどうする訳?」
「わからない。我儘だって言うのは、わかっている。けど…」

雷希は深々と溜息をついて、藍色の髪を片手でかき乱した。

「…………好きにしろ。」

それだけ吐き捨てて、苦い珈琲を飲み干した。

(家出した、とは言え、これじゃぁ俺が誘拐犯だな。)

年上のおっさん誘拐する元気はねぇよ。
と、雷希は心の中で呟いた。

 


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