アルフライラ


Side空



しばらくすると、この国に、少しずつ人が移り住むようになった。
砂地に覆われた大地に石造りの家を建て、集団で暮らすことのできる住宅地を作り、砂地から町へ、町から国へ、誰も居なかった大地は形を変えていく。
その変化が喜ばしい反面、少し、変化に戸惑っている自分もいた。

「シャマイム!」

シエルが手を振りながら、駆け寄って来る。
この国を統治する者として、慌ただしく、忙しそうにしている彼は、非常に活き活きとしていた。

「シエル。随分と忙しそうだな。」
「まあな。」

そう言って、シエルは笑う。忙しいと語る割には、随分と嬉しそうだ。
人々が笑顔でこの国を、アルフライラという存在を生まれさせようとしていることに、喜びを感じているように見える。
その証か、彼の手元にある紙には、この都市国家という存在を構築するための未来予想図がびっしりと描かれていた。

「しかし、シャマイム。本当に私が住まう住居、この国の中心に造っていいのか。」
「いいに決まっているだろう。しかも他の住居よりも大きいものが望ましい。宮殿とかな。」
「だが、些かそれは大きすぎるような気がするぞ……」
「何を言うか!お前はこの国を統括するんだ!その統括する人間が他の人間と同じサイズの家に住んでいては、対等過ぎて舐められる!秩序というものを維持するならば、威厳を保つためにも、建造物が人一倍大きい必要があるんだ!」
「うう、お前、記憶がないという割にはそういうことには厳しいな……」

たじたじになったシエルが苦笑する。
そんな彼を見て、シャマイムもまた、微笑んだ。
この小さな都市国家の中心に、厳かで真っ黒な宮殿が造られたのは、それから数か月後のことであった。


Part4 空の髪を持つ少女


シャマイムは、この都市国家の中でも外れに当たる場所で暮らすことにした。
自分の身体が特異であることは、この国を管理する者であり、名付け人であるシエルにだけは打ち明けている。
その特異を気にすることはない、と、彼は言ったけれども、生み出されたばかりの国を統治していくことを考えれば、変わった男を傍に置いている統括者なんて不気味で不審がられる。
彼の夢を、邪魔したくない。
この国がもう少し落ち着いたら、もう少し平穏になったら、彼の傍で仕事を手伝う未来も、悪くないのかもしれない。
人混みの波を掻き分けて、街の外れへと歩いていく。
人の数がぽつりぽつりと減っていき、周囲を見回しても、自分のために設けた小さな家が一軒、そこに建っているだけであった。
遠くを見れば海が見え、海の方を眺めていれば、夕日を眺めることが出来る。
夕日に照らされるアルフライラは、黒く照らされる宮殿は、見ていてとても美しい。
あの宮殿を金一色で染め上げるとい言い出した時はどうしたものかと頭を抱えたし、黒という妥協案も最初は派手すぎるのではないかと懸念したが、こうしてみると絵になるので、黒という彼の選択は正しかったのだと思う。
風呂敷を広げて商売をしている声。その商売している人たちの元へ集まって、それぞれ話す人々。酒屋から聞こえる笑い声。全てが全て、この国で暮らす国民たちの声だ。生だ。
この国で暮らす人の賑やかな声を聞きながら、一日を過ごすのは悪くない。
数か月前まで、たった一人、この地を彷徨っていた時のことがまるで悪夢のひと時であったかのように、今の日常が当たり前のものとなっていく。
一人は寂しい。故に、人の声を聞いていると、一人ではないような気がして、とても、心が安らいだ。

「さて、と。」

そろそろ日が沈む。
酒で顔を赤くした国民たちが、陽気に歌を歌い出す頃合いだ。
彼らの歌は決して上手なものではない。中には中年親父のだみ声も混ざっていて、決して聞き心地の良いものではないはずなのだが、彼らが心の底からこの国での暮らしを楽しんでいる様を耳で実感することが出来るせいか、それとも共に彼らと酒を楽しんでいるように感じられるからか、彼らの歌声を聞きながら酒を一人で嗜む時間も好きだった。
今日はどんな酒を飲もうか。そんなことを思いながら一人街の方へ視線を注いでいると。

「あの。」

その時、声をかけられた。
振り向くと、そこに立っていたのは、一人の少女。
肩まで伸びた髪は、照らされた夕日と同じ、色鮮やかな朱色。夕日に溶け込んでいるその姿を一目見て、心奪われている自分がいた。
息を飲み、じっと少女を見つめていると、少女は少し躊躇うように、戸惑うように、慌てるように、その頬を夕日と同じ朱に染めた。

「す、すみません、突然声をかけてしまって。……一人街並みを眺めている貴方の横顔が、とても綺麗だったので。」

なんとも恥ずかしいことを口にする少女だと、驚いた。
顔が熱くなるのを感じる自分がいたが、その頬の朱は、夕日の光が溶け込ませて、隠してくれる。
夕日に溶け込み消えそうな少女に一歩近づくと、彼女は、大きな銀色の瞳をくりくりと丸めて、じいっとこちらを見つめている。
美しい女だ。
彼女を見て、そう、確信するように心の中で呟く自分がいた。
ただただ見つめ続けるシャマイムに臆することなく、目の前の少女は言葉を続ける。

「ずっと、街を見ていましたよね。街へは行かないんですか?今日はいつも以上に街が賑わっています。街で皆とお酒を飲んで、楽しんだりはしないのですか?」

きっと、街を見ている自分が、まるで群れに焦がれる一匹狼のようにも思えたのだろう。
少女を不安にさせないよう、笑みを浮かべながらシャマイムはゆっくりと首を横へ振った。

「私は街へは行かない。私は少々特殊な身体でね。それでいて、臆病だ。だからあまり、国民たちと積極的に交流しない。……しかし、一人は苦手でね。こうして、人々の声を聞きながら、ゆっくりと酒を嗜むのが好きなんだ。」
「寂しくないんですか?」
「寂しくないさ。こんな変わった身体を持つ私にも、一応友と呼べるに値する男はいる。彼のことを思うと、堂々と友だと叫ぶことはできないが……いつか、堂々と言いたいものだ。私がその男の、最初の友なのだと、ね。」

くく、と喉を鳴らして笑う。
自分で自分の言葉に笑うのだから、奇妙な男に見えるだろう。見えただろう。
しかしこの少女は、そんなシャマイムの姿を見て臆することもなければ引くこともなく、穏やかな笑みでくすくすと、同じように微笑んだのだ。

「そのお友達のこと、大事なんですね。」
「――……そうだな。何せ、かなり世話になっている。」

名を貰い、住む場所を貰い、孤独を拭い去り、正に至れり尽くせりというものだ。
彼には末代まで頭が上がらないことだろう。きっと、彼に子どもができることがあれば、その子ども相手にすら、頭が上がらない自信がある。

「そういう娘。お前こそ、街へは行かなくていいのか?お前のような美しい娘であれば、どのような男でも心奪われるだろうに。」
「……私は。」

夕日がゆっくりと沈み、日が落ちる。
空が徐々に、夕焼けの朱から夜の藍色へと変わっていくと、彼女の髪も、空と同じ藍色へと髪の色を変えていく。
呆然とその様を見ていると、少女は少し、困ったように笑った。

「私も、少し変わった髪を持っているんです。昔はこの髪のせいで、怖がらせてしまうこともあって、こうして髪を切ったりもしたんですが……今でも集団は少し怖くて。」
「……美しい。」
「え?」

シャマイムは手を伸ばし、気付けばその少女の手を握っていた。
彼女の手は少し冷たい。しかし、人のそれと感じさせる体温は僅かながらに感じられて。
その手の温度に、心臓の鼓動を速めている自分がいた。

「素晴らしく、美しい髪だ。其方の髪は、まるで空そのものだ。生きているようにすら見える。そのような美しい髪、怯える者はなんと愚かなことなのか……短くしているのはもったいない。もっと長く、伸ばすべきだ。」
「え、あの、その。」

おろおろと慌てふためく少女の声に、徐々に心が冷静になっていく。
すまないと、誤りながら手を放すと、夕日はもう沈んだというのに、頬を朱に染めた少女はぶんぶんと早く首を振った。

「大丈夫、です。嫌じゃないと言いますか、その、嬉しい、です。この髪を褒めてくれる人って、いなかった、ので。」
「そ、そうか?」

こくこくと、次は首を縦に振る少女にほっと胸を撫で下ろす。
ぶんぶんと横に振ったり縦に振ったり、目が回りそうなほど身体を頻繁に動かす少女が、小動物のように愛らしく感じている自分がいた。

「……其方、名はあるのか?」
「はい。私はシャロ。シャロ=ヒベルといいます。」
「シャロか。私はシャマイムという。なあ、シャロ。この国を愛するが、街へ出歩く勇気のない者同士、街の活気を音楽代わりに、ここで二人、酒を少し酌み交わさないか?女相手に酌み交わすなど、夢も浪漫もない口説き文句であるのは重々承知だが、付き合ってくれるかな?」

そう問えば、少女は、シャロは口元に優しい笑みを浮かべながら、こくりとまた、頷いた。

「はい。是非、お付き合いさせてください。もとよりこのシャロ、夕日に輝く美しい貴方の横顔に惹かれて、お声をかけたのでございますから。」

伸ばされたシャマイムの手の上に、シャロはそっと、自身の細く小さな手を置いた。
互いに人目見て惹かれ合うこの思いが、恋と呼ばれるものだと知ったのは、もう少し先のことであるけれど。
しかし、間違いなく、この国で暮らし始めたシャマイムは、友を知り、親愛を知り、恋を知り始めたのであった。

 
 

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