ダイレクトメール


本編



差し込まれる朝日が眩しくて、天はゆっくりと身を起こした。
幼馴染は隣でまだ、すやすやと気持ちよさそうに寝息を立てている。
こんな時なのに暢気なものだと思っていると、腹に感じる空腹感が、その感慨に水を差した。
精神世界であっても、腹は減るらしい。

「まずは食事、か。」

腹が減っては戦が出来ぬ、とはよく使う言葉であるが、今回ばかりは正にその通りだと、苦笑を浮かべるしかなかった。


第8通 調達


冷蔵庫に残された食材で適当に作った料理で腹を満たした天と暦は、ひとまず、慣れ親しんだ街中を歩き回ることにした。
人気は相変わらずなく、もしかしたら先日の天や暦のように家の中に籠って様子を見ている者もいるのかもしれない。
予選通過条件は二週間生き残ることだ。
このような異様な空間であれば、安全を確保するために引きこもるというのも一つの選択だろう。

「しかし、腹が減るということは今後、飲食が必要となるということ、哉。」

冷蔵庫の中にある食材を使い料理をする段階で、ガスと水道が滞りなく使えるということが発覚した。電気もまた然り、だ。
ということは、少なくとも水は確保できるということだろう。
しかし食べ物となれば話は別だ。冷蔵庫の中にある食材は見積もってせいぜい後五日。天の家の冷蔵庫の食材を含めても十日がせいぜいだろう。
少なくとも余裕をもってあと五日分の食料は確保しておきたい。

「ひとまず、スーパーに行こう。」
「おいおいたか……スーパーで買うにしたって店員がいないんじゃ話にならないだろう?」
「店員がいなくても、食材があれば問題ない哉。」
「……盗むの?」
「RPGで民家から金貨をもらうのと同じこと哉。」

今の自分は、きっと恐ろしく悪い顔をしているに違いない。
少しためらいがちであった暦も、生き残るためには仕方ないと察したのか、それともここが精神世界だからということなのか、致し方ないと、頷いた。
スーパーはこの周辺から徒歩五分もかからない。
順調に歩き進めれば、そこは見慣れたスーパーがあった。
閉店準備をする者もいなかったのだろう。電力を消費し、開きっぱなしであるそこは、まだ開店時刻前だというのに、入り口付近で立ち止まれば自動的に扉を開けて、ここ数日では数少ないであろう来客を出迎えた。
野菜も肉も魚もそのままだ。

「……この野菜、鮮度が少し落ちてる。店から出したのは二日前哉。」
「わかるの?」
「寧ろ、わからないのか?」
「否、わからないでしょ。」

確かにそれもそうだ、と、納得する。
食材の鮮度をすぐに見抜けるのは料理人くらいだろう。天とて華道を嗜んでいた手前、植物の鮮度であれば多少の察しはつくけれど、肉や魚は些か自信がない。

「ゲームが始まったのは先日からだと考えれば、この鮮度も納得なのだが……いくら精神世界とはいえ、食材の鮮度も時系列に沿っているというのは、些かリアル過ぎる、哉。」
「肉とか魚とか、そのまま冷蔵庫に入れてたら腐りそうだな。」
「調理をして保存しておくしかないだろう。暦も手伝え。飲み物もいくつか確保するから。」

まず、鮮度が命になる刺身は断念した上で、ひとまず肉や野菜等、調理が必要なものは最小限にしながら買い物かごへと突っ込んでいく。
賞味期限の心配がない菓子類やインスタント類、冷凍食品やお茶の類はこれでもかと突っ込み、食材が目一杯詰め込まれた買い物かごをそのままカートへと乗せた。
これだけ集めてしまえば袋に入れるのも困難であるし、カートごと持って行ってもバチは当たらないだろう。
ちらりと周囲を見回すが、他に人の気配はない。

「この地域でゲームの参加者は俺やたかだけなのかな。」
「さて、な。まだ様子見を決め込んでいる者たちがいるのかもしれない。この世界の構造もイマイチわからない故、手早く去ろう。」

そう言って、カートを押す手に力を込めた時、ガシャン、と、何かが割れるような音がした。
その音は出口とは反対側であったような気がするし、少し、遠いところから聞こえたような気もする。
天は音のした方向に目を向けたが、音に気付いていないのであろう暦は動きを止めている天に対し、不思議そうに首を傾げていた。

「どうしたの、たか。」
「……。何でもない。すぐに行こう。」

暦に促されるがまま、天は腕の力を込め直して、いつもよりも重みのあるカートをガラガラと押しながら帰路を歩いた。
この時、二人は食糧調達を優先していたが故に自宅へ戻るという選択を優先していたが、比良天が視線を注いだ方向には確かに彼ら以外の参加者が存在したのだ。
天は耳に届いた音を違和感として認識し、様子を見行くべきだったのか。
人としての倫理を守ることに重きを置くべきであったなら、それは見に行くべきであっただろう。
しかし、己が身を案じることに重きを置くべきであったなら、彼らが帰路につくことを優先したこの結果は、正解に他ならない。
それを二人が認識することになるのは、後もう少し、先の話である。

予選終了まであと12日。

 


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