ダイレクトメール


本編



家の中を出てみると、外は不気味な程に静かであったが、その街並みは、見慣れた土地そのものであった。
遠くを見れば、少し大きな建物。自分が通っている学校の影が浮かび上がって見える。
コツコツと、コンクリートで出来た床をブーツで鳴らす。
こんな静かな街並みは、後にも先にも、経験をすることはないだろう。
ぼんやりとそんな事を思っていると、見慣れた建物が目の前に現れた。

(――暦……)

それは幼馴染の暮らす家であった。
此処は精神世界だという。父も母もいなかったのだから、見慣れた幼馴染すらも、この世界にはいないのだろう。
少なくとも予選が行われる二週間、あのやかましい声をしばらく聞けないと思うと少し寂しかったけれど、静かな分には悪くない。
そう思った時だった。
どたどたどたと、木材でできた床を踏み鳴らす音。
よく幼馴染が寝坊して、家から出て来るのをこうして外で待っていた時に聞いた音が、耳に響いた。

(まさか。)

嘘だと思った。
だって、選ばれたのは自分だけだったはずで、だから、その聞き慣れた音を、こんな場所で聞くことなんて、在り得ないと。

「ねすごしたああああああああ!」

だから、慌てて扉を蹴破る勢いで姿を現した幼馴染を見て、天は、口をぽかんと開けたまま、その場に立ち尽くしてしまったのだ。


第7通 想定外の参加者


「……暦……?」

唖然としながら、天は、転がるかのように目の前に現れた幼馴染へ声をかける。
暦は顔を持ち上げると、天の肩をがっしりと力強く握り締めた。

「たか!此処何処?!親父もお袋もいないし!てか誰も起こしてくれないし迎えに来てくれないし学校とかどうしたの先生に怒られなかった俺?!ねえ大丈夫?!」

まくしたてられる言葉の数々。
やかましいと苛立つ自分がいると同時に、慣れ親しんだ声を聞けて、安心している自分もいた。

「……暦。落ち着いて欲しい……哉。」

ぶんぶんと身体を前後に揺さぶられて、込みあがる吐き気を押さえながら、天は絞り出すかのように呟く。
ごめんという彼の言葉と共に揺さぶられ状態から解放された天は、大きく深呼吸をして、まずは平静を取り戻した。
ふと暦の左手薬指をみると、天と同じように、銀色の指はがはめられている。少なくとも先日別れた時点ではなかったものだ。

「どうして―……」

天が問うと、暦は、少しばつの悪そうな顔をして、頬をかく。
言い辛そうに、しかし、隠し事を嫌う彼は正直に、その理由を答えてくれた。

「俺にも来てたんだ、手紙。たかがあの手紙を見つけたその翌日辺り、かな。でも悪戯だろうって思って放っておいた。神になるとかそんなこと、興味なかったし。でも、昨日たかがあの指輪を貰って……なんか、怖いと思った。たかに何かあったら、って。心配だった。だからすぐにあの手紙を引き出しから引っ張り出して、たかと同じように答えたんだよ、YESって。そしたら俺のところには、あの女の子とそっくりな外見をした男の子が出て来て……この指輪をくれたんだ。」
「暦……」
「俺、どうしても心配だったんだ。たかのことが。」

そう言って、暦はしょんぼりと首を垂れる。
元々興味がなかったこのゲームに、彼は興味がないまま参加をした。参加をしてしまったのだ。
自分という幼馴染を心配して。
そう思うと、彼を巻き込んでしまったのではないかという罪悪感が込み上げて来るが、しかし、こうして自分を思いやってくれた幼馴染の行動を喜ばしく思っている自分がいるのもまた、事実であった。

「やつがれの心配より、自分の心配をしたらどう哉。やつがれはこの先多少危ないことがあっても自業自得故、致し方ないと覚悟の上だ。しかし貴殿はそうではない。やつがれが心配だったから、という気持ちだけでこのゲームの予選を潜り抜けるのは困難だろうし、足手まといになったら困る哉。」
「うう、ごもっとも……」
「……でも。心配してくれたのは、素直に嬉しかった。……ありがとう。心強い。」

最後の本心は、果たして彼の耳に届いただろうか。
ちらりと暦の顔を見ると、先程まで子犬のような顔でしょぼくれていた彼の顔は、いつもよく見る、明るい太陽のような笑顔に戻っていた。
見えない尻尾がぶんぶん揺れているような気がしなくもない。
そんな勢いで、暦は天に抱き着く勢いで飛びついた。

「よかった!たかに拒否られたら俺どうしようって思ってた!俺足手まといにならないように頑張るから!こうなったら一緒に予選を潜り抜けようねたかー!」
「わかった!わかった故離せ!暑い!何故やつがれと貴殿が抱き合わねばならんのだ!」
「つれないなーたかー!俺とたかの仲だろー!」
「どのような仲だ!幼馴染で信頼に足ることは認めるが男同士路上で抱き合うような仲ではない哉!」
「俺たかのそういうとこ好きだわマジで」
「喧しい!」

一通り叫んだ後、周囲を、またシンとした沈黙が包み込む。
夕焼けが差し込んでいた橙色の空は、いつのまにか藍色を帯び始めていて、もうすぐ夜になるということを必然的に知らせていた。

「……もうすぐ夜だ。」

この世界には、夕方も夜もあるらしい。
となれば、朝というものも存在するだろう。

「ねえ、たか。ひとまず今日は朝になるの待たない?暗い中、よくわからない世界をうろつくのって怖いし。それに、俺たちの他に参加者がいるのなら、朝になったらまた会えるかもしれないし、さ。とりあえずは、明日にしない……?」
「……貴殿の提案には賛成だ。やつがれも、闇夜を無謀に彷徨う程愚かにはなりたくない。」

そういうと、暦は安心したように微笑んだ。

「うん、じゃあ、決まりだ。」

その日は、暦の家で過ごすことになった。
久方振りに訪れた彼の家は幼い頃から出入りしている場所のままで、一見すればただのお泊まり会のようで、無邪気に笑ってしまうひと時もあった。
しかし、いつも菓子や料理を運んでくれる彼の母の姿がどこにもないという事実が、この空間の異常さを、再び二人に知らしめることとなるのだった。

予選終了まであと13日。

 


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