ダイレクトメール


本編



機械音が静かに響く暗がりに、男はぽつりと一人立っていた。
青白い光を放つ巨大な画面に映される文字の羅列を眺めながら、口の端をにやりと不気味に持ち上げる。

「御主人(ますたあ)。」

少し甘えるような、しかし、何処か大人びた落ち着きをも連想させる少女の声に、男は、結良巡は振り向いた。
足元まで白い髪を伸ばした少女が深々と頭を下げている。

「まずは予選の準備が整いました。」

少女の言葉に、巡は満足そうに頷く。

「ご苦労、イヴ。しばらくはアダムと共に、本選の準備を粛々と整えろ。まあ、何人生き残るのかわからないがな。」
「はい。仰せのままに。」

イヴはまた深々と頭を下げると、最初からその場には巡一人しかいなかったかのように、煙の如くその場から姿を消した。
この空間にたった一人となったことを認識すると、巡は、クク、と喉を鳴らして笑う。
笑うというよりは嗤うに近いのかもしれないが、その瞳に宿る輝きはまるで無垢な少年のようであった。

「嗚呼、嗚呼、嗚呼。待ちわびた。待ちわびた待ちわびた。ついについについに。」

男は何度も同じ言葉を繰り返す。
噛みしめるように、言葉一つ一つを、取り零してなるものかと決意するように、はっきりと、しかし高ぶる気持ち故か早口に、紡いでいく。

「ついに!」

白衣を羽織った男は両腕を広げた。
まるで新たな神の降臨を歓喜するかの如く。生命の誕生を歓喜するかの如く。運命の人と再び巡り合えたことに歓喜するかの如く。
男は、両腕を広げて、大袈裟に、笑い声をあげた。

「嗚呼、早く目覚めておくれ。我が主よ。」


第6通 目覚め


見慣れた天井が、天の目覚めを迎えてくれた。
ゆっくりと身体を起こして、周囲を見回す。窓から差し込まれる光は、淡い橙色で、今、時刻は夕方なのだろうかと覚醒しきっていないぼやけた思考で見つめていた。

(……夕方……?)

自分がベッドに転がり目を閉じた時、既に外は暗闇で覆われていたはず。
時間が巻き戻ることはあり得ない。ということであれば、今は時刻が一日以上経過しているということになる。
そう思った瞬間、天はさっと顔を青ざめて身体を起こした。

「学校……!」

そう。
既に夕方であるということは、丸一日以上眠っていたということ。そして、学校は既に遅刻どころではないということだ。
何故起きられなかったのか。普段であればそもそもすんなり起きているはずなのに、だ。
否、そもそも眠りこけていたとして、何故両親は起こしてくれなかったのか。
父は仕事中だとしても、母は一日中家にいるにも関わらず。

「父さん、母さ――……」

言葉は、そこで途切れた。
見慣れたリビングダイニング。テーブルの上には色の異なる茶器が二つ。父と母が毎朝珈琲を飲む時に使っているカップだ。
中の珈琲は少し残っていて、カップに触れてみると、既にそのカップから熱は奪われていてひんやりと冷たかった。
もう数時間は此処に放置されていると認識して差し支えないだろう。
父と母の姿はない。
よくよく考えれば、外からは、聞き慣れた車のエンジン音も、自転車のベルが鳴る音も、おばさんたちの井戸端会議も、子どもたちの笑い声も、烏の鳴き声すらも、何一つ聞こえないのだ。
シン、とした音のない空間に、ごくりと唾を飲み込む。

『まずは予選を行わせていただきます。まあ、シュミレーションのようなものですよ。貴方たちが次に目を覚ました時、そこは現実世界とよく似た異世界と化します。これも精神世界の一つですので、まあ、やけにリアルなところとかはあるかと思いますが、お気になさらず。』

ふと、先日見た夢の内容を思い出した。
主催者を名乗った男、結良巡。彼の言葉が本当なのだとすれば、此処は予選開場ということになる。

「……予選。」

噛みしめるように、言い聞かせるように、その言葉を繰り返す。
これが予選なのだと言うのなら。
此処は、いわば、ゲームの世界と言っても過言ではない、ということでは。
そう思った瞬間、どくんと、心臓が跳ねるのを感じた。
高鳴るその鼓動は、恐怖故のものではない。或いは興奮。或いは歓喜。そう呼ぶべき理由で、彼は心臓の音を高鳴らしたのだ。
どくん。どくん。どくんと。やけに煩い心臓を鎮めようと、左胸の上に拳を置く。それでも早鐘が収まる気配は感じられない。

「――遂に。」

待ちわびた日であった。
遂に漫画の中のような、ゲームの中のような、そんな、夢物語のような世界に身を置く日が訪れたのだ。
神の座を賭けたゲーム。その予選。
本選に勝ち抜く条件は、たった二週間、生き残るだけ。
彼は、これをゲームと言っていた。どうせゲームだと言うのならば、クリア出来なければ現実世界に引き戻されるだけだろう。
そうすればこの記憶は、この体験は、ただの夢物語で終わってしまう。
では、勝ち続ければ?
勝ち続けて、神の座に座ることが出来たならば、世界はどのように変わるのだろう。
きっと今まで経験することの出来なかった何かを掴むことが出来るに違いない。

「神なんてものは如何でもいい。」

叶えたい願いはない。決意もない。祈りもない。何もないが、しかし、それでも、天にはこのゲームに参加をすることの意義が在った。

「この予選、絶対生き残ってやる。」

待ち焦がれたのだ。ずっとずっと、待ち焦がれた日がやって来たのだ。
選ばれ、掴み取った切符。おいそれと手放す訳にはいかない。
故に天は、決意した。

「このゲーム。絶対、やつがれが勝ち残ってみせる。」

そして、神になってみせる、と。
“物語の主人公”を夢見るのならば、勝ち進まなければならないのだからと。
この時天は、ただただ純粋に、それだけの理由でこのゲームへの勝利を目指していたのだった。

 


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