アルフライラ


Side空



あれから、どれほどの時が流れただろう。
太陽が沈み、昇り、また沈み。月が昇り、沈み、また昇り。かれこれ、もう何度もこの光景を目にして来た。
そしてそれを繰り返していくうちに、昼間は太陽の熱を吸って、この砂地は燃えるように熱くなるけれども、夜になれば、熱を奪われた砂地は逆にこちらの熱を奪おうとしてくる。つまり、夜は恐ろしく寒いのだ。
昼は熱く、夜は寒い。なんと地獄のような世界だろう。
しかしこのような、地獄の如き世界であっても、この身体はひとまず、死ぬことはないのだな、と、改めて認識させられた。
夜は苦手だ。
一面を覆いつくす黒。何処に誰がいるかもわからない。自分すら存在しているのか疑わしくなる、全てが全て曖昧な時間。
まるで自分の存在そのものが、初めから存在しなかったかのように、全て無で覆いつくされそうになるあの暗闇は、きっと、永遠に慣れることがないのだと思う。

「今日も一人か。」

そして、数えるのを忘れた朝日の訪れをまた一人で迎えるのだ。


Part2 果てを目指して


「誰か。誰かいないか。」

何日も何日も、自分以外の何かを待ち続けた。
人でなくてもいい。せめて、何か、自分のように意思を持ち、魂を宿し、動く、『生命体』が他にはいないかと、日々待ち続けた。
しかし、どれだけ待とうとも、彼以外の人間が、動物が、虫すらも、現れることはなかった。
心は寂しさと絶望が覆いつくし、氷のように冷え切っていく。太陽の光が照りつく砂漠の中ですら、この寒気を感じるようになって来た。

(このままでは、いけない。)

ふとそう思って、男は、ふらりと身体を起こして、一歩一歩、足を砂の大地に埋めながら、歩を進めることにした。
延々と広がる砂の大地。
地平線だけが見える、果てのない土地。
人を探そうとしても無駄でしかないと、一見すれば明らかな土地。
それでも男は、希望を捨てきれず、身体を再び起こしたのだ。
無駄だとわかっていても、それが徒労に終わってしまうものだとしても、男は蜘蛛の糸のようにか細い希望を胸に、足を進めだした。
それ程までにこの男は孤独というものを恐怖し嫌悪し、胸に広がっていく虚無を埋めることを望んだのである。
砂の熱が身体を芯から焼き尽くす。その熱に悲鳴をあげそうになるけれど、悲鳴をあげたところで駆けよってくれる者がいないということはわかっていたので、声を堪えて、歯を食いしばり、ただただ耐えた。
太陽が沈み、冷えた砂が今度は体温を奪いに来る。その冷たさでまた、身体を震わせ、膝から崩れ落ちそうになるのを堪えて、唇を噛みしめてまた歩いた。
ただ待つよりも、ただ歩く方が、気が紛れている自分もいた。
太陽の熱よりも、氷のような砂の冷たさよりも、ただひたすらに、孤独という闇が、この男には恐ろしかったのだ。

(一人は嫌だ。)

何故、そんな気持ちにさせられるのかもわからなかった。
それでも男は歩いた。
どれくらい歩いただろう。歩いて歩いて歩いて、行き止まりを目指して、ただただ歩いた。
そして男は、行き止まりにたどり着いた。

「――――…………。」

その光景に男は、息を飲んだ。
行き止まりの先は、巨大な水溜まり。風が吹けば、ちゃぷちゃぷと水音が軽やかに響く。その音だけが男の耳に届く唯一の音であった。
地面に膝をつき、水を眺める。それは鏡のように、己の顔を映し出した。
空に広がる青と同じ色の髪と瞳。男か女かわからぬ中性的な顔。透き通るような白い肌。それが、水面に映る己の顔であった。

「これが、私。」

自分はこんな顔をしていたのか、という驚愕と同時に、自分は一応、人間の顔をしていたのか、と、ほっと胸を撫で下ろす自分がいた。
あの熱を、あの冷えを、絶える己が人間のようには思えなかったから、素顔がとんだバケモノであったらどうしようかと不安に思う気持ちも少なからずあったが、どう見てもただの人間の顔をしている自分に、笑いが込み上げて来た。

「はは、ははは……あははははは。」

嗚呼、自分は人間なのだ。
そう思うと同時に、自分と同じような顔をした、少なくとも、二本の足で周囲を歩き回る生命体が何処にも存在しなかったことに対する寂しさが、一気に込み上げて来る。
寂しい。寂しい。寂しい。
胸に込み上げて来る熱いものが、苦しくて、痛い。
行き止まりまで歩いた。此処まで歩いたのに、誰も、誰もいないのか。
本当にこの世界には、自分以外、何者もいないのだろうかと、不安だけが募っていって。苦しくて。
誰か。誰か。誰か。誰か。

「誰か――――」

そう、請うた時だった。

「誰か、いるのか。」

自分のものではない、声が、聞こえた。
目を見開いて、周囲をきょろきょろと見回す。
そして男は、再び叫んだ。
希望に縋りつくように。求めるように。

「誰か、誰か!誰かいないか!私はここだ!ここにいる!私という人間は!ここにいる!」

誰か答えて欲しい。応えて欲しい。そう、祈りを込めて叫んだ、その時だった。
ちゃぷん、ちゃぷんと、眼前に広がる水面が揺れた。
それは風故のものではない。もっと人為的な何かであることは、男にも瞬時に理解できた。
そして。

「……あ……」

眼前に映ったのは、黒い影。
ゆらりゆらりと揺れながら、その影は大きく大きくなっていく。
木で出来た器に乗った人間が、水の流れに逆らいながら、こちらへと向かってくるではないか。
肩まで伸びた黒い髪。夜明け前の空に似た、紫色の綺麗な瞳。そんな彼のだらしのない破顔っぷりは、きっと自分と同じなのだろうと、思ってしまう。
だって顔の筋肉がこんなにも痛い。口の端が自然と持ち上がって。笑顔を作る。

「「人だ!」」

同時に叫んだ声。
同時に歓喜した出会い。
その男こそ、シエル=カンフリエ。
この土地に降り立ち、アルフライラという国を創り上げる男であった。

 
 

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