アルフライラ


Side空



守りたい約束があった。
守りたい約束がある。
例え、いつ、どこで、誰と交わしたのか、わからない約束であったとしても。
それでも、創ると誓ったのだ。
理想郷を、この手で創ると。故に。

「……理想郷を、私は創ろう。」

一点のみの光が灯された、天色の空を見上げながら、男は一人、呟いた。


Part1 名もなき理想暗黒都市


気付けば、男は一人、そこにいた。
足元は、草一本生えていない砂地。前を向けば、建造物という建造物が見当たらない。上を見上げれば、雲一つない天色の空が、何処までも広がっていた。
何もない。無。そう唱えるのが相応しいこの空間が、なんとも、異質なものであった。

「ここは、何処だ。」

誰に言うでもなく、呟く。それは男から零れた本心であった。
そして、もう一つ、男は心に浮かび上がった言葉を紡ぐ。

「私は、誰だ。」

男は、自分が何者であるのか、理解をしていなかった。
辛うじて、自分は人間で、一面が砂地で、天は空が広がっていて、という、物事の定義は理解できている。
だがしかし、この空間が何処で、自分が誰で、そして、何故此処にいるのかということは、一切、理解ができていなかった。
それが幸いなことであるのか、不幸なことであるのか、それすらも、この男にはわからない。
一歩、右足を前へと出せば、足は砂に飲み込まれる。ずぶずぶと足を飲み込む砂は熱を帯びていて、熱い。太陽のじりじりと照らして来る光と相まって、頭の先からつま先まで、その熱に蝕まれて燃え尽きてしまいそうだ。
それでも不思議と、喉の渇きを感じない。
それは、人間という肉体を持っているにあたり、非常に、不自然なものであるということは、流石に記憶を失った男でも、理解をすることができた。

「一体、何処なんだ。」

その問に答える者は誰もない。誰も居る訳がない。何故なら、この砂地に立つ人間は、自分一人なのだから。
否、そもそも、自分は人間なのだろうか。そんな疑問すら、出てしまう。
だって、此処は一面、砂の白と、空の青ばかりの世界で、人が住めるかと聞かれれば、程遠いと、言うしかない。
まるで退廃した後の、人類が滅亡してしまった痕の、そんな世界のようだ。
肩の下まで伸びた天色の髪を揺らしながら、男は何もない砂地を彷徨い歩く。足元を見れば、白い素足が砂の白と混ざり合っていて、この砂すらも、自身の足の一部のように思えて来る。
人を探そうと試みて、少し歩いてみたけれど、何処までも広がる地平線を前にして、それは無駄なことなのだと悟り、身体を仰向けにして、砂の上に寝転がった。
身体中に砂がまとわりつく。砂の熱が伝わって来る。しかし、それが不快なものかと問われれば、そんなことは決してないと断言出来た。
水分のない砂は身体にまとわりついても、手で払えばぱらぱらと落ちていくし、乾きを感じないこの身体では、恐らく、砂の熱で焼け死ぬとか、乾ききって干物のようになって死ぬとか、そんなこともないのだろう。
自分は恐らく、人であって、人ではない。
記憶はほとんどないけれど、意識を覚醒させてから今までの、僅かな時間で己の異常性ぐらいは把握することができた。
きっと、普通の人間ならば、数時間以上、砂の熱を浴び続ければ乾ききって死んでしまう。
この身体は簡単には朽ちない。もしかしたら、朽ちることは永遠にないかもしれない。けれど。

「……一人は、寂しいな。」

一人は寂しい。
誰かにそばにいてもらいたい。この身体は、この心は、どうやら、ひとりぼっちということに、耐えることができないものらしい。
ずきずきと、胸が痛み、その手をするりと胸へ動かす。
白い指で、見に纏う白い衣の下にある素肌を撫でてみると、自分の胸には傷があることがわかった。
服を引っ張り、傷が見えるようにする。
傷は二つ。まず、一本の切り傷。刀傷。痕になってしまうような、深いもの。そして更に、胸を一突きしたような刀傷が一つ。
背中まで手を伸ばすのが面倒で、服を整え直したけれど、恐らくこの傷は背中まで貫いている。位置は丁度、心臓の辺りとでもいうのだろうか。
成程、此処に傷痕がある人間が、まともな人間である訳がないな、と、納得してしまう。
しかし、この胸の痛みは、傷痕のせいではないということは、わかっている。わかっていた。この胸の痛みは、心の痛みだ。寂しさ故の、孤独の痛みだ。

「誰か、ヒトに、会いたいものだ。」

男は一人、呟く。
それは、世界が滅びた直後の話。
神が創り上げた世界でなければ、理想郷でもなく、暗黒郷でもない。
名もなき、無の地に取り残された、男の話。




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