ダイレクトメール


本編



指輪を引っ張ってみたが、それは、まるで皮膚の一部のようにくっついていて、抜ける気配がなかった。
押しても引いても駄目で、石鹸を使えば金属が抜けやすいという話を聞いたのでやってみたがそれでも駄目で、これはもう、指を切り落とすしか、指輪をとる選択肢はないのだろうな、と、大袈裟ながら感じてしまう。
とはいっても、別にこの指輪を外すつもりはなかったため、外れるのかどうか検証した結果、無駄とわかればそれでいい。
天は一息つくと、馴染みのベッドに寝転がった。
今日も母が布団を干してくれていたのだろう。陽に照らされた布団の匂いは心地良い。

「今日は、疲れた。」

そう。
今日はやけに疲れたのだ。
あの少女に出会ったことも原因の一つだろう。否、寧ろ、彼女そのものが原因のような気がしなくもない。

『流石は、神の器を操る共鳴者の血を継ぐお方。』

少女の声を思い出す。
神の器を操る共鳴者とは、一体、何だったのだろうか。自分の先祖のことは正直、よく知らない。
元は海の向こう、外民(トミン)に先祖はいたと言われている。位置はわからぬが、恐らくはネブラ国の周辺だろう。

「……やつがれの先祖って、どんな人たちだったんだろう。」

彼らも、非日常の中で、胸が高鳴るような経験をして来たのだろうか。
そんなことを思いながら、天は、夢の世界へと誘われていった。


第5通 予選の合図


その日天は、夢を見た。
ゆっくりと目を開くと、そこには一面、人、人、人。
多くの見知らぬ人々が、宙を舞うようにして座っている。そして天もまた、その場に椅子がないというのに、椅子に座っているかのように、宙に腰掛けていた。
服も肌の色も髪の色も瞳の色もバラバラだ。
そこには人種も性別も年齢も関係なく、多くの人々が座っていて、そんな人々の中心で、一人だけ、座ることなくぽつんと宙に立っていた。
切りそろえられた前髪から、几帳面そうな性格が伺える。長い金色の髪を一つに束ねていて、彼の羽織っている白衣は汚れ一つない。科学者にしては、綺麗過ぎる身なりだ。父のように科学者のフリをして白衣を羽織っているというのであれば、それはまた、別の問題だけれど。

「!」

ふと、男と目が合う。
真っ赤の瞳。炎のようだと言う人もいるかもしれない。リコリスのようだと言う人もいるかもしれない。
けれど、自分には、血の色のような、不気味な赤に見えてしまった。
男は笑う。人の良さそうな、胡散臭い笑みで、笑う。

「みなさん、こんばんは。本日は私の招待状にご回答を頂き、光栄の極みでございます。」

そう言って、男は深々と頭を下げる。
その動き一つ一つが大袈裟で、わざとらしくて、この男は普通ではないな、と、思う自分がいた。

「まずは自己紹介をさせていただきましょう。わたくしの名は結良。結良巡(ユラメグル)と申します。此度の遊戯の主催者(ゲームマスター)を務めさせていただきますので、名前だけでも覚えておいていただければ幸いです。」

辺りはシン、と、静まり返っている。
これは夢なのだろうか。ふわふわとした現実味のない感じはまさに夢なのだが、しかし、夢にしてはやけに男の声がはっきりと届く。

「これは夢であって、夢ではない。眠っている皆さまの脳に直接介入してこの世界に誘ったものでございます。いわば精神世界、と言えばわかりやすいですかね。皆さまを一斉にお呼びするのは少々困難ですので、このような形で招集させていただきました。」

精神世界。
そんなものが在り得るのだろうか、と、怪訝な顔を浮かべていると、周囲からも、ざわざわと狼狽えるような声が聞こえて来る。
非現実的なことが起きて唖然としているのは、自分だけではないらしい。
男も周囲のこの反応は想定内なのか、気にする素振り一つ見せず、話を続ける。彼の声は、脳に響くかのように、よく、届いた。

「此処にお集まりいただいた皆様は、素質のある方々です。人種、性別、年齢、貧富の差すら問いません。皆が皆、神の器に等しい素質を持った、選ばれし方々。この遊戯(ゲーム)に参加する資格を有する者です。」

男は微笑んだまま、この遊戯とやらの説明をし始めた。

「神の器を得るためには、それ相応の資質が求められます。神の器、その席に座ることが許されるのは僅か一人。よって、まずは予選を行わせていただきます。まあ、シュミレーションのようなものですよ。貴方たちが次に目を覚ました時、そこは現実世界とよく似た異世界と化します。これも精神世界の一つですので、まあ、やけにリアルなところとかはあるかと思いますが、お気になさらず。貴方たちはその世界で、二週間生き残っていただければと。」

結良巡は、そう言って人差し指を一本立てる。
二週間生き残る。
たったそれだけの予選だというが、それがどういう意味を成すのか、天にはさっぱりわからなかった。

「本選の説明は、また後日。では、見事素質を開花させて、この世界で、生き残ってみてください。それ以外の方々については、ゲームオーバー。この夢から覚めていただくことになりますので、ご承知おきください。」

巡が深々と頭を下げると、彼の両脇に、二人の子どもが現れた。
一人は白髪の黒い服に身を包んだ少年。もう一人は白髪の黒いワンピースに身を包んだ少女。あの、天に指輪を与えた少女であった。

「では皆々様、本日の集会はこれにて終了。」
「どうか次は、本選にてお会いいたしましょう。」

二人がパチン、と指を鳴らすと、世界が徐々に遠くなっていく。
巡の姿が、そして、二人の少年少女の姿が、徐々に小さくなっていって、身体が浮かび上がるような、奇妙な感覚に襲われる。

「「神の器に選ばれた時、あなたは神に等しくなる。神となったその時、あなたが胸に宿す願いも、きっと叶うかもしれませんよ。」」

少年の声と少女の声が重なって聞こえる。
その声を最後に、天の意識はゆっくり、ゆっくりと暗くなっていった。

 


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