ダイレクトメール


本編



手紙が燃えてから、二週間ほどが経った。
テストが終わり、その結果も返って来た。幸い今回もクラスの中では上から数えた方が早い。
トップという訳ではないが、それでも上々の結果だろう。
答案用紙を握りつぶして震えている暦と比べれば、だいぶマシであるというものだ。

(あれから……)

あれから、何も変化がない。
窓の外をぼうっと眺めてみれば、広がるのは澄み渡るような青空で、ぽつぽつと、綿雲のような白い雲が浮かんでいる。
変化のない日々。
何気ない日常。
結局あれは、ただの悪戯だったのか。それとも、ただの夢だったのか。燃えてしまった今となっては、手紙の所在は確認できない。

(青い炎……)

手紙を燃やした青い炎。
あれはまさに、非日常の象徴だった。これから何か起こるんだ、と、胸を高鳴らせた記憶もある。

(期待、してたんだけどな。)

故に、天の胸に募る不満、落胆は大きかった。
そして、これはただの悪戯だった。もしくは夢だったのだと。そう割り切って、諦めることにした。
事が起こったのは、それからまた、数日過ぎた頃のことである。


第4通 遊戯の切符


「小テストが終わったと思ったら次は中期テスト。嫌になるよ。」

下校途中、暦はそう言って深く溜息を漏らした。
天は暦と違って成績そのものは優秀なのだが、それだけは彼と同意見である。
いくら進学校とはいえ、これだけテストテストとテスト三昧では頭が痛くなる。まあ、自分たちはもうすぐ進路を決めねばならない大事な時期なのだから、テストが多くなっても致し方ないのだろう。
そう呟けば、暦は、そうだけどさ、と言って唇を尖らせた。
頭でわかっていても納得できないことがあるのは、よくわかる。
唇を尖らせている幼馴染の様子が幼子のようで、思わず笑っていると、それは、音もなく突然現れた。

「こんにちは。」

声がかけられる。
目の前に現れたのは、この近所で見たことのない少女だった。
ふくらはぎの辺りまで伸びた長い髪は老婆のように真っ白で、黒いワンピースは、まるで、喪服を連想させる。
年は初等部か中等部くらいだろうか。
これだけ特徴的な子どもであれば、近所にいれば噂になってもおかしくないというのに、今までこんな少女、見たことがない。
少女の視線は天に注がれている。
天が自分自身を指差すと、少女は笑顔で小さく頷いた。
コツ、コツ、と底の厚い靴が石で造られた人工的な地面を鳴らす。彼女と距離が一歩、また一歩と近付くごとに、心臓の音がどくんどくんと大きくなった。
この少女は普通ではない。
それは、誰が見ても、明らかであった。

「おめでとうございます。」

少女は祝福の言葉を述べる。

「貴方様は選ばれました。」

この少女は何を言っているのだろう。
選ばれた。
何か抽選でもしただろうか、そんなことを考えていた時、二週間前、燃えてしまった手紙のことを思い出した。

「……まさか。」

あの手紙のことか。
そう問いかける前に、少女はまた、穏やかな笑顔で頷く。
不思議な少女だった。
外見は年端もいかぬ少女だというのに、その落ち着きは成人女性、否、それ以上の貫録がある。
まるで何百年も生き続けている魔女のようだ。
少女は天の左手をとる。
その手はひんやりと冷たく、氷のようで、もうすぐ梅雨の時期が始まるこの季節であるが故のその冷たさは心地良かったが、どこか、うすら寒さを覚えた。

「ええ。そのまさかです。貴方様は選ばれました。神の器を定める遊戯に、貴方様は選ばれたのです。」

嗚呼、素晴らしい、と、少女は呟く。

「流石は、神の器を操る共鳴者の血を継ぐお方。素材としての質が素晴らしいですわ。芳醇な魔力の香り……大変好ましいですわ。」

つぅ、と今にも折れてしまいそうな細い指で、天の胸に指が伝う。
その仕草は少女と呼ぶにはあまりにも艶めかしく、色香が漂う。ふわりと鼻を擽る花のような、慣れぬ香水の香りに思わずごくりと唾を飲み込んだ。

「ちょっと。」

くらくらと眩暈がしてきそうな違和感は、慣れ親しんだ幼馴染の声で引き戻される。

「たかは免疫ないんだから、あんまりからかわないであげてよね。」

言い方は穏やかで気さくな少年そのものだ。
しかしその声色はいつもより低く、唸っているようにも思えて、暦がこの名も知らぬ少女に対し警戒をしていることはよくわかった。

(警戒している?暦が?)

天にとって、それは意外であった。
暦は人当たりの良い性格で、誰とでも仲良くなれる。そして警戒心も比較的低い方に部類される人間だ。
そんな彼がこの幼い少女に対し警戒をしているということが、天にとっては、驚きに値する事柄だったのである。

「ふふ。それもそうですわね。ごめんなさい、からかってしまって。」

少女は微笑みながら、天の左手をとる。
そして、彼の左手薬指に、つ、と指輪を通した。
金属の冷たい感触が指を伝うと、ぞわり、と、背筋が凍るような感覚に陥る。これはただの指輪ではない、と、脳が警戒をしているようであった。

「これは切符のようなものですわ。神の遊戯に参加するに相応しい証。決して外れることのない、神の器の欠片。」
「……切符……?」
「そのうちわかりますわ。」

少女はまた微笑んで、天の薬指にはめられた銀色の指輪にちゅ、と音を立ててキスをすると、ゆっくりと離れた。
黒いワンピースを翻し、背を向ける。
白い髪が夕焼けの橙色と合わさって、美しく、まるで金色に輝いているように見えた。

「また、お会いしましょう。予選を通過して、神の座についてくださるのを楽しみにしていますわ。」

そう言って、少女は立ち去って行った。
呆然と、小さくなっていく少女の背中を眺めていると、ねえ、と、天を呼ぶ幼馴染の声が聞こえて来る。

「たか。あの手紙、まさか返事書いたの?」
「……嗚呼、YESにマルを付けて封をし直したら、燃えた。」
「燃えた?!火傷とかしてないでしょうね?!」
「し、してない、哉……。でも、あれから何もなかったから、悪戯だったのだと思っていたのだが……」
「あの女の子が来た、ってことか。」

暦は顔を複雑に歪めて、少女が立ち去った道を眺める。
そこには既に、少女の姿はなく、赤々と燃えるように輝く夕日のみが在った。

 


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -