ダイレクトメール


本編



「つーかーれーたー」

規則的な音で時間を知らせるチャイムと共に響く暦の悲鳴を聞き、クラス中からクスクスと小さな笑い声が聞こえて来る。
決して彼を侮蔑している訳ではないが、チャイムが鳴っていきなりああ叫ばれては笑ってしまうのも無理はないだろう。
一番後ろに座っている生徒たちが立ち上がり、前に座っている同級生の答案用紙を一枚一枚回収していく。
悪あがきをしようとテストに最後の一文を書き込もうとした者もいたが、その寸前で答案用紙はあっさり同級生の手によって奪われていった。

「はあ。」

比良天の溜息は深い。
テストが難関であった訳ではない。
事前に教師からテストの範囲は知らされてあったのだし、その範囲と、日頃教師が話している授業の内容を聞いていれば、何処に重点を置いているのか、何処を覚えておいてほしいのかはすぐにわかる。
それさえ把握すれば、学校の授業と簡易的な復習だけでも得意分野の差異はあれ、八割以上は確実に望める。
それ以上を目指すのであればもう少し勉強が必要となるが、少なくとも社会科であれば問題はない。
それよりも。

「…………。」

比良天の関心は、下駄箱に入っていた差出人不明の手紙に注がれていた。


第三通 回答


テスト期間の良いところは、学校が午前中で終了するところだろう。
本来であれば午後は翌日に備えて勉強をしろ、という意味なのかもしれないが、天はテスト勉強どころではなかった。

「……あなたも神になってみませんか。」

手紙に書かれている簡素な紙に書かれた文字を読み上げる。
後は、「YES」か「NO」のどちらかだ。それは悪戯だ、と切り捨ててしまえばそれまでだが、それは答えを求めているようにも見える。
どちらかにぐるっとマルを付けてしまえば、何か、答えを得られるのだろか。

(……どう考えても、悪戯だよなあ。)

この部屋には一人。
故に取り繕った口調ではなく、素の自分として、思案する。
そう。どう考えても悪戯だ。YESにしたところで神になれるのであれば、それは今までの神話そのものが崩壊するし、「社会科」とは別に独立した教科として成立している「神話学」は崩壊するだろう。
そうなってしまえば担当教師の仕事はなくなってしまうかもしれない。これが公務員であればまだなんとかなるのかもしれないが、天の通っているような私立の進学校であれば退職するか、別の科目を選ぶしか道がなくなってしまうだろう。
ペンを握り締め、くるくるとそれを指で回す。
小学生の頃、回せたらかっこいいな、とか思って挑戦していたものが、気付けば癖になっているのだから恐ろしい。
そんなことを考えながら、天はひたすら、ただの味気ない紙を眺めていた。
手紙を包んでいた封筒は上等のものだ。蝋で丁寧に封をしていたことからも、悪戯にしては凝っていることが伺える。
しかも中身は羊皮紙だ。
紙なんぞ、木で生み出された大量生産されたものがこの時代では苦労せず手に入るのだ。
わざわざ羊皮紙を用意して、手書きで刻まれた紙で。

(あまりにも、気味が悪い。)

そう。気味が悪いのだ。
ただの悪戯ではない。
この手紙は、まるで地図だ。目的地のない地図だ。道は二つ、YESかNOだ。その先に何があるのかわからない未完成の地図。
進むも進まないも自分次第。
変化を求めず、ただ在り来たりの日常を求めるか、それとも、刺激的な何かが訪れるかもしれない非日常を手に取るか。
この手紙は、簡単な気持ちで答えてはいけないような気がした。

「それでも。」

天は呟いて、ずっとくるくると指の上で踊らせていたペンを握り締める。
黒いインクは表面のざらつく用紙に引っかかりながら、少し歪な孤を描く。
孤を描いた場所には、YESの文字が刻まれていた。

「これが、僕の……やつがれの答えだ。」

非日常が欲しかった。
学校へ行って、勉強して、習い事をして、友達と遊んで、いつかは卒業して大人になって社会人になって。
そんな当たり前で在り来たりな人生で終わってしまうのは、ひどくつまらないと感じていた。
非日常が欲しい。刺激が欲しい。
あわよくば、アニメや漫画に出て来るような、物語の主人公となってスポットライトを浴びたい。
その為に選ぶ答えは「YES」以外には考えられなかった。
「NO」で終わってしまうよりも、絶対に何かが起こりそうな選択ではないだろうか。
マルを付けた。付けてしまった。自分は選んだ。選んでしまった。
「した」と「してしまった」という、同じようで異なる意味合いを持つ言葉を順番に並べる。
しかし後悔をしているという訳ではなく、心臓は意味が分からないままに太鼓が鳴るように鼓動を刻んでおり、嗚呼、自分は、高揚しているのだと、冷静に考えている自分もいた。

(さて。これをどうしよう。)

答えは出した。
後は不明の宛先人へ送り返すだけのはずなのだが、今述べたように差出人は不明なのだ。
返すべき宛てがどこにもない。
困ったものだ、と、首を傾げる。
ひとまず羊皮紙をもう一度丁寧に畳み、手紙が入っていた封筒へ入れ直す。
本来であればポストにでも入れてしまえばいいのかもしれないが、残念ながらポストに入れても郵便配達員が困るだけだ。
じっと、手紙を無言で見つめる。
すると、それは突然起こった。

「熱っ……!」

パチパチと、音を立ててその手紙は燃え始めた。
明らかに炎と認識させられる熱。その熱で、天は思わずその手紙を手放した。
かさ、と乾いた音を立てて机の上に舞った手紙は美しい青い炎に包まれて、めらめらぱちぱち、音を立てて燃えている。
熱の熱さも、紙が燃える焦げ臭さも、確かに本物であるはずなのに、その炎は手紙しか燃やしていない。木でできた机は何故か無事なのだ。
本来であればとっさに火を消すだろう。
しかし、天は思った。
これでいい。と。これが正しいのだ、と。
故に、手紙が燃えるのをただ見守った。その時間は一体どれくらいだっただろう。一分も経っていないはずなのに、1時間以上も眺めているように感じられて。
青い炎が手紙を燃やし尽くした時、机の上にはペンのみがぽつんと横たわっていて、手紙は塵一つ残さず、その場から姿を消していた。

 


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