ダイレクトメール


本編



上履きの上にぽつんと乗っているそれを摘まんで引き抜く。
今時珍しい、赤い封蝋が施されたそれは、見紛うことない。

「手紙?」

ぽつりと、手に握るものの正体を呟く。
確かに、手紙だ。宛先は書いていない。よって、自分宛てなのか、そうでないのかすらもよくわからない。差出人も書いておらず、真意を確かめる術はない。

「ラブレターか?」

友人が隣で呟く。
馬鹿なことを言う奴だ、と、呆れながら、天はゆっくりと手紙の封を開けた。
仲には彼の行動を止める者もいるだろう。しかし、この手紙は間違いなく自分の下駄箱に入っていたのだし、差出人も宛名も未記入なのだから、中身を見るしか、手紙について確かめる術はない。
ラブレターであろうと果たし状であろうと不幸の手紙であろうと興味はないが、自分の下駄箱にそれが在った、という事実が、どうしても違和感を覚えずにいられなかった。
カサカサと音を立てて、四つ折りにされた紙を開ける。

「……なんだそりゃ。」

手紙の内容を読んで、隣に立つ友人が声をあげる。
覗き見といて何を言うと言いたいところだが、天は言葉を吐き出さず、閉口した。
何故ならば、彼の言葉は最もであったからだ。
手紙には、こう記されていた。“あなたも神になってみませんか”、と。


第二通 問いかけ


差出人も宛名も不明ならば、手紙の中身は意味不明。と来た。
どっきりなのだろうか、と疑問に思うが、残念ながらカメラが回っている気配はなく、ざわざわと同級生たちがいつものように下駄箱で靴から上履きに履き替え、教室の中へと吸い込まれていくだけである。
あなたも神になってみませんか。面白い質問だ。この質問の文章だけを読めば、まるで、既に神が存在しているかのような口ぶりだ。
あなた“も”などという位なのだから、既に、神になっている奇特なものがいるのだろう。
宗教の類は信じるつもりはないけれど、確かに、神として書物に記されている人物は存在する。
無神論者な自分には縁のない話だが、もし、熱心に信仰している者がいれば、これは発狂ものの手紙なのだろう。

「ん?」

よく見れば手紙には、YESとNOの二つ、文字が刻まれている。
まるでどちらか答えろと言いたげだ。
成程。これは手紙ではなく、アンケートであったらしい。それにしても差出人がないのだから、回答のしようもないと思えるが。

「いたずらか?」
「さて、な。」

暦の言葉に曖昧に返事をしながら、天はその手紙を鞄の中へと仕舞う。
流石に捨てるのは気が引けるし、どうせ捨てるというのなら、家の方が良いだろう。そう己を納得させて、下駄箱の中でずっと放置をされていた上履きをようやっと取り出してやる。

「残念だったな、ラブレターじゃなくて。」

そう言っている暦の表情は何処か嬉しそうだ。
少なくとも彼は全く残念に思っていない、というのがよくわかる。だからといって、自分も残念に思っている訳ではないのだが。

「やつがれは色事に関心はない哉。故に、残念とは語弊がある。」
「本当かよ。だってほら、やっぱああいう可愛い子とかさ、一回でいいから付き合ってみたいと思うじゃん?」

暦が伸ばした指のその先。
そこには二人の少女の姿があった。一人は肩まで伸ばしたチェリーブラウンの髪。もう一人は背中まで伸ばした青色の髪をもつ少女。
その二人には、天も見覚えがあった。
どちらも天の同級生であり、そして、どちらもクラスで1、2の人気を誇る少女たちだ。修学旅行の夜なんて、どちら派かと男子同士で言い合う程で、その話の内容が馬鹿馬鹿しくて就寝時間を守って眠ってしまったことをふと思い出す。

「やっぱ俺は泉派かなあ。」

暦はうんうん、と深く頷いている。そういえば彼も、修学旅行の談義に積極的に参加していたな、と思い返した。
こちらの会話が聞こえたのだろうか、チェリーブラウンの髪を揺らした少女、泉あまねがこちらへ振り向き微笑む。
両側頭部からぴょこんと跳ねた癖っ毛が揺れ、さくらんぼ色のふっくらとした唇の両端を持ち上げて、花のように朗らかに笑う。小動物のように、身体を飛び跳ねさせてこちらへ向かってくると、その胸元にあるふくらみも一緒に跳ねた。
目のやり場に困り視線を逸らす。隣に立つ暦はガン見をしていたので、ひとまず、肘で小突いておいた。

「天くん!暦くん!おはよー!」
「おはよー!」
「……おはよう。」

元気よく返事を返す暦とは対照的に、天の挨拶は控えめだ。
自称孤高の民である彼は、それを自称するに相応しく、対人関係は得意ではない。人当たりの良い性格の暦には、あまねのような元気で人懐っこい少女は好みなのだろうが、天からすれば合わないの一言に尽きる。
しかし、彼女のことが嫌いかと言われればそれは否ではあるし、きっと、彼女であれば家庭的な良い奥さんというものになるのだろう。

「ほら、禊ちゃんもちゃんとあいさつしないとだめだよー!」
「……おはよ。」

あまねに促されるまま、青色の髪をした少女、代湶禊はぺこりとぎこちなく頭を下げる。
禊は、あまねとは全く対照的な少女だ。
表情がころころ変わるあまねと異なり、禊の表情は変わらない。多少は変化しているのかもしれないが、天にとって、彼女の表情の変化は人形のそれと同じぐらい、変化がないものであるという認識なのだ。
しかし、変化がない故か、白い肌に金色の瞳、青いまつ毛と、その横顔は主張しない、静かな華やかさがある。
あまねが太陽のような少女なら、禊は月のような少女だろう。
どちらにも異なる魅力があり、それ故に、クラスメイトたちはあまね派と禊派に分かれる。といっても、派閥で争う訳ではなく、ただの、放課後に男子生徒同士で語り合う時の話のネタに過ぎないのだけれど。

「今日の小テストは社会科かー。私苦手ー。」
「俺も俺も。」
「あまねの場合、ほとんどの教科が苦手でしょ?」
「暦もな。そこまで言うなら、事前に勉強しろとだな。」

あまねと暦が嘆けば、禊と天は溜息を吐く。
互いの間柄や関係性は、もしかしたら似ているのかもしれない。それをきっかけに、この美少女二人と交流をしたいなんて気はさらさらないのだけれど。

「……暦。やつがれは勉強をする故、さっさと席に着くぞ。」
「あ、待ってたか!先にノート!ノート見せて!」

上履きに履き替えて、靴は下駄箱の中へと、履物を入れ替える。
上履きの上に乗っていた手紙は取り出して、鞄に入れようとした時。

「あ」

小さな声が聞こえた。
その声は、間違いなく、目の前にいた代湶禊から零れたもの。
彼女の金色の瞳と、ぱちりと視線が絡み合う。いつも表情の変わらない彼女だが、その時だけ、一瞬、瞳が大きく開かれていて。
その様はまるで、驚いているように、見えた。

「……なんでも、ない。」

そして彼女は、その感情を否定する。
天にはどうしても、彼女のその言葉が、嘘のようにしか思えなくて、何かに驚愕したような、戸惑ったような、そんな感情を持ったのは事実のように思えて。
けれど、彼女が何でもないと語るのだ。その言葉に、頷くしかないだろう。

「テスト、頑張ろうね。」
「……貴殿もな。」

その言葉を送られながら、送りながら、天と暦、あまねと禊は、それぞれ教室への扉を潜っていった。

 


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