ダイレクトメール


本編



昔から、物語の主人公になるということに憧れていた。
ある日突然、不思議な力を授かったりとか。それがきっかけで世界を救う運命を担うことになるとか。そうでなくとも、突如現れた転校生が人為らざる者で、その出会いがきっかけで何か不思議なことが起こるとか。
そんな、非現実的なことに憧れを抱いていて。
今だってサンタクロースは何処かに存在していると思うし、海の底に沈んだ国というのもきっと何処かにあるに違いないと信じて疑わない。
人は大人になるにつれて、そんなものは存在しないのだと割り切るようになり、そしてそんなものを信じていたのだということすらも、忘れ去ってしまうのだろう。
けれど、自分は信じていた。
いつか、いつか自分が、物語に主人公になれることを。
そして、心躍る、胸が高鳴るような冒険が始まる日がやって来ることを。


ダイレクトメール
第一通 : 手紙


比良天(ヒラタカシ)は、ごく普通の高校生である。
もし、世間一般でいう「普通の高校生」と彼に違いがあるとすれば、他の高校生よりも、少々夢見がちなところがあるというところぐらいだろう。

「おーい。たか。」

声をかけられた天は、燃えるような赤い髪をふわりと揺らしながら振り向く。
透き通った翡翠の瞳は、天を呼んだ、金色の少年を捉えていた。
その仕草から、彼が手を振っているということはわかるのだけれど、日頃から袖を伸ばし続けているせいか、すっかりカーディガンが緩みきってしまっていて肝心の手は姿を隠してしまっている。
にこにこと無邪気な笑みを浮かべる彼とは正反対な、少し疲れ切った顔を浮かべた天は、溜息をつきながらも立ち止まって少年が追いつくのを待った。

「おっす。おはよ!」
「おはよ、暦。」

この少年、雨橋暦(アマハシコヨミ)は、天とは幼馴染である。
何時からの付き合いだろうと記憶を思い起こせば、幼稚園の時に彼が昼寝でおねしょをして泣きじゃくっていた記憶が一番古いものであったため、少なくともその時からの縁である。
キラキラと光る眩しい翠色の瞳は、自分と同じと言っても過言ではない色のはずなのに、どうしてだろう、自分のそれよりもやけに輝いて見えた。
同じ緑でもやはり自分のそれは色がやはり違うからなのだろうか。それとも、彼の眩しくも輝く心が瞳にも反映されているのだろうか。恐らく両方が理由だろう。否、強いて言うのであれば後者か。
朝からそんなことを思っている天に対し、暦は全く意に介さないかの如く、なぁなぁと大きな声で話しかける。

「今日お前俺の家寄ったかー?先に行っちまうなんて酷いじゃないか。」
「酷いことなんてあるか。行ったら、まだ寝てるとおばさんが言うから、やつがれはお前を置いて行ったまでのことだ。」
「ううううううう……解せぬ。というかお前、その話し方どうにかなんねぇの?」
「やつがれがどんな話し方をしようと、やつがれの勝手だろう?」

天は、少し独特な話し方をする。
祖母や祖父が古風なものを好む人間で、その手の本を読む機会が多かったし、茶道や書道、合気道、柔道に空手に剣道に、様々なものに手をつけるにつれて、結果、このような形になってしまった。
それにこの言い回しは、あくまで自分をへりくだって使うものなので、失礼にはならないはずだ。
多分。

「それとも、それがしの方がよかった哉(カナ)?」
「……否、それがしよりはそっちでいいわ。なんか、それがしっておっさんっぽいし。偉そうだし。」
「だろう?」

天が少し勝ち誇ったように笑って見せると、暦はもう諦めたのか、あーあ、と溜息を吐く。
この溜息は天へ向けられたものではなく、この後にある、小テストに向けられたものであろう。
天と暦が通う高校は私立の進学校だ。
季節の変わり目には必ずと言って良い程、定期テスト並みの範囲と量を誇る、「小」と呼ぶには規模の大きすぎる小テストがある。
きちんと範囲は教師から言い渡されていたし、外語は苦手だけれども、社会科や国語は得意な天は、この大規模な小テストに太刀打ちできる予習は既に行っていた。
けれど、暦はそうでなかったのだろう。今にも消えてしまいそうな、先程の元気は何処へ行ったのだと問いかけたくなるようなその顔が、全てを物語っている。

「そんな顔をするぐらいなら、最初から勉強をしておけばいい、哉。」
「ぐ、ごもっとも。でも、俺はお前みたいに勉強が得意じゃねぇんだよ。」
「……僕も、外語は苦手、哉。」
「それでもお前の成績は上から数えた方が早いじゃないか。しかもスポーツも万能。なのに帰宅部なんて勿体ねぇよ。お前運動部に入ればいいのに。剣道部とか弓道部とか、結構お前に入って欲しそうだったぞ。」
「あそこにはやつがれの求めるものはない。あそこに集う者たちは、やつがれとは目指すものが異なる。やつがれが求めるもの、それは、己の覇道故。」
「あーはいはい。そういのいいから。お前ほんっと残念だよな。」

暦は慣れた様子で天の言葉に適当に相槌を打つ。
天は運動能力が高い。それに、勉学も優秀で、まさに文武両道という言葉が似合う少年だ。
きりっとしたつり目がちな瞳ではあるものの、長いまつ毛と、猫を連想させるくりくりと大きなそれは、つり目特有のキツい印象を丁度良い具合に和らげている。
ふわふわとした柔らかい癖っ毛混じりの髪だって、派手に乱れている訳ではないので、見ようによっては今流行りの若いアイドルのパーマをかけた髪型に見えなくもないだろう。
そんな彼のことを、全く気に留めない女子がいない訳ではない。
否、寧ろ、殆どの女子が一度は彼を恋愛対象という名の土台に乗せる。乗せるに決まっている。
けれども、それと同じぐらい、殆どの女性は、彼をその土台に乗せて数日後、土台から彼を降ろすのだ。
何故そうなるのか。それは、彼のこの話し方を聞けば一目、否、一聞瞭然と言うべきだろうか。
ともかく、彼の、このがっかりな性格こそが、女子を遠ざける理由となっている。

「何が残念なんだ。何が。」
「いいやぁ。なんでもぉ。」

ジトリと見つめて来る天の瞳を、暦はあえて見ないように少し視線を逸らす。
少なくとも、今はいいのだ。
最近友人たちが次々と可愛い彼女を作っているというのに、天にまで彼女なんて甘いものが出来てしまったら、それこそ暦は寂しさで死んでしまうだろう。

「なぁたかぁ。お前まで彼女なんて作らないでくれよぉ。」
「やつがれはいま、己を高めている身。恋愛などにうつつなんて抜かしてられない。」
「せめて俺に彼女が出来るまでは待っててくれよぉ。」
「……それを待っていては、やつがれは当分彼女が出来そうにないな。」
「おい。待ておい。失礼だぞ。お前そんなこと言うならなぁ、俺に彼女が出来なかったら他国へ引きずって行ってお前と結婚してやるからな。」
「貴殿が少しでも早く、よりよい縁に結ばれることをやつがれは願うよ。」

そうしてくれ、そう言って、暦はけたけたとあどけない笑みを浮かべて笑う。
テストのことで落ち込んだり、と思えば今度はまだ見ぬ彼女のことを思って悩んでみたり、表情をころころ変えて忙しないなと天は不思議そうに暦を見つめる。
そんな彼とこうして毎日ありきたりな日常を過ごすのは、決して、楽しくない訳ではない。
だからこそ、年齢を片手で数えられるような頃から、こうしてずっと一緒にいるのだから。
しかし。

「やつがれは彼女なんてどうでもいいが、なんかこう、目の前に、非日常というものが降り注いで来てはくれないかと思ってやまない。」
「またそれかよ。」

暦は少し唇を尖らせて、天に対して不服を訴える。
天は昔から、テレビで見るような、非現実的な非日常に憧れを抱いていた。
ある日突然超能力者に出会ったりとか、得体の知れぬ転校生が現れたりとか、そんな些細なきっかけから、よくあるアニメや漫画の主人公になることに、強いあこがれを抱いているのである。
しかしそんなものが実際に存在する訳がなく、天はスプーンを見つめ続けていたら急に曲がったという不思議体験を経験したことがなければ、未だに転校生というものに出会ったことはない。
そしてもうすぐ高校生活も終わりが近付いており、そろそろ、世間一般でいう主人公の平均年齢は超えてしまうかもしれないというところだ。

「いや、まだ、ある日突然改造手術を受けて変身能力を授かる可能性は残ってる、哉。それなら成人しても可能性が……」
「ないでしょ。」

天の意見を、暦は残酷なまでに呆気なく一蹴する。

「しかし、それでもやつがれは諦めてはいない。祖父だって、未知の経験をしたことがあるのだから。」
「またその話か。それって、お前のじいさんの作り話じゃないのか?」
「否、違う、哉。あの都市伝説は確かに一時期世間を賑わせていたし、間違いない。祖父は、あの店に、悠久休暇に行ったことがある。それに、その店主とも出会ってる。哉。」

悠久休暇。
それは、もう何十年も前。祖父が高校生だった頃に、世間を賑わせていた都市伝説。
悠久休暇を訪れれば、永遠の暇を、つまり、「死」を客に提供してくれる、自殺志願者の自殺志願者による自殺志願者のための店があったという。
天の祖父はその噂を聞きつけて、実際に店を訪れ、そして、店主と出会ったことがあったというのだ。
天が何度もその話を詳しく聞きたいと問うたところで、祖父は教えてくれなかったけれども。

「教えてくれなかったってことは、やっぱ作り話だったんじゃないの?」
「そ、そんなことない。やつがれの祖父は、嘘つかない。哉。教えてくれなかったのは、きっと、それなりの理由があった……絶対。」

天が何度問うても教えてはくれなかった。
けれど、その度に天の祖父は、天の頭を撫でながら、寂しそうな、悲しそうな顔をしていた。
もしもあれが作り話だというのなら、あんな顔、出来る訳がない。
天の力強い口調と瞳に押し負けたのか、暦は、わかったと言って両手を上げ、降参の仕草をする。

「でも、お前のじいさんが巡り会ったからって、お前がそうなるとは限らないだろう?お前の父さんだって、平々凡々な学生生活だったみたいだし。」
「ぐっ、そ、それはそれ!これはこれだ!それに父にだってまだチャンスがない訳では……!」
「否、流石に四十近いおっさんが主人公になるチャンスってそうないだろう。」
「ぐぬ……」

確かに、父はごく平凡なサラリーマンだ。
母も、ごく平凡な主婦だ。
特別なやんごとなき血を継ぐ家系という訳ではない。そう簡単に非日常と出会えるような環境ではないことは、わかっている。
でも、それでも、憧れていたのだ。
非日常というものに。
心が躍るような、わくわくするような、自分が特別になれるような、そんな出来事と出会えることに。

「はーぁ。とにかく、今はテストのことだけ考えようぜー」
「やつがれはそんなこと、考えずとも良い哉。貴殿はテストのことというよりも、最期の悪あがきをどうするかを考えた方が良いのでは?」
「ぐ、たか……頼む。ノート見せて。」
「友人の頼みだ。聞いてやろう。」

少し勝ち誇ったように天は微笑みながら、校門を潜り、下駄箱を開ける。
中にある上履きを取り出そうとした時に

「ん?」

上履きの上に、不自然に置かれた手紙が、ぽつんと、しかし、確かに存在感を漂わせて、そこに存在していた。




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