アルフライラ


Side黒



宮殿を出れば、アラジンたちを囲う国民たちの歓喜の声が響き渡った。
よくやった、お前は英雄だと称える声。そして、ノワールを睨みつける者たちの視線は、冷ややかだった。
その中には、つい最近まで、この国は理想郷だ、と穏やかに話していた国民が紛れていて、人間というものは単純だ、と、こちらこそ冷ややかな視線を向けたい思いに駆られた。

「お前のおかげで、また朝が来た!」

そう叫ぶ国民の声。
ふと顔を上げると、青い、青い、澄み渡るような青空が広がっていた。
色鮮やかな空を見て、ふと、親友シャマイム=テヴァの姿を思い出す。彼の髪と同じ色の空だ、と。

「アラジン。その男はどうするんだ。」
「え……」

国民の言葉に、アラジンは、戸惑いの声を漏らす。
どうする。どうすると言われれば、戸惑うだろう。あれだけ命懸けのことをしておいて、彼は自分の首を跳ねずに、縄で繋いでいるだけなのだから。
しかしノワールは知っている。
極悪非道な独裁者が革命により捕えられれば、どうなるかを。

「処刑だ。」

そして、その答えを、国民の中の一人が、ポツリと零した。
それが合図。
一人がそうだと頷いた。二人が処刑すべきだ、と叫んだ。四人がその通りだとまた声をあげた。それが住人、二十人と広がっていき、処刑、処刑、処刑と、まるでそれしか言えなくなってしまったかのように、国民は叫びをあげていく。
革命とは、こういうものだ。
この流れになってしまっては、もう止められない。

「……わかった……」

そして、振り絞るように、アラジンは呟いた。

「処刑の時間は……追って……連絡する……」

その時の、彼の、絶望したような青い横顔を、自分は一生、忘れることはないだろう。
一生と言っても、もう、その一生は僅かしかないのだけれど。


Part27 独裁者の最期:その前夜


「明日だ。」

アラジンによって、処刑が行われる日取りが告げられる。明日の昼。成程、爽やかな時間帯に行うには物騒な出来事ではあるけれど、多くの国民が待望している独裁者の処刑なのだから、皆が見られる時間帯が望ましいのだろう。
ノワールは、かつて民を閉じ込める時に使用していた、宮殿の地下牢に閉じ込められていた。
縄が縛られていた両手には、縄の代わりに重々しい手錠。この手錠が、魔力を吸い取り続けている。恐らくこれ以上魔術を使うことを防ぐためだろう。
詠唱なしで魔術を行使できると分かった今では、こうして強引に、魔術封じをするしかないということだ。
逃げるつもりは、毛頭ないというのに。

「そうか。」

ノワールが返事をすれば、アラジンは顔をしかめた。
何か気に入らない。と言いたげだ。泣き叫ぶよりは大人しくて、ずっと、マシだろうに。

「少しは喚くと思ったがな。」

どうやら、アラジンはそうして欲しかったらしい。
死は、彼が演説を行ったあの時から、とっくに覚悟していた。だから、ノワールにとってこれは必然で、当たり前で、今更泣きわめくようなことではない。
それに、そんなみっともない真似、自分のプライドが許さない。

「喚く?醜く、餓鬼のように、か?残念ながら、お前たちの思い通りにはなってやらんよ。いっそ堂々と死んでやる。」

そう言って、笑ってやる。思い通りになんてなってやるものか。
こうして思うと、自分は相当な負けず嫌いらしい。直すつもりもないし、直そうと試みたところで、後に十四時間以内の寿命なのだから、試みる必要すらない。
胸に抱くルミエールの髪を、優しく撫でる。
ただの人形に戻ってしまったといっても、その手触りは、あの時となんら変わらない。
正直、地下牢に囚われたと同時に、彼女も取り上げられると思ったが、アリスが返してくれたという事と、アラジンの最後の情けなのか、彼女はまだ、ノワールの胸の中にある。
アラジンはそんなノワールの姿を怪訝な目で見つめてから、ふい、と視線を壁にやった。
その様子は何処かそわそわとしていて、明日死んでしまうという自分よりもずっと、落ち着きがない。

「お前が民を閉じ込めていた地下牢に、自ら閉じ込められた感想はどうだ。」
「……さあな。」

感想。
感想を求められたところで、抱くものは特にない。まあ確かに、夜になると少し気温が冷えるから冷たいし、寒いし、長時間滞在するのに適した場所ではないというのは事実だろう。
そして。

「まあ、敗者としてふさわしい姿なんじゃないか?」

革命に負けた敗者。
その肩書を持つ者が入るには相応しい場所であることは、誰から見ても明らかだろう。

「……やけに他人事だな。」
「他人事だとも。私はもう死ぬのだ。お前たちの刻む未来に私はいない。ならば、それは他人事になって然るべきだ。」

わざと嫌味を言ってやる。
そうすると、アラジンの眉間に、深い皺が刻まれた。まだ若いというのに、今からそんなのでは一気に老け込んでしまうぞ、と、心の中で思ったが、流石に言わないでおいた。
アラジンが、頭を掻きむしる仕草をすると、深い溜息を漏らした。

「アンタも嫌味だな。正義を振りかざしておいて、結局、アンタを処刑しようとしている俺に対して。」
「何を言う。正当な行動だ。寧ろお前は私を捕えた後、何も考えていなかったであろう。国民に煽られ、その結果、私の処刑が決定したのだからな。まあ、元をたどればお前はただの商人。人を殺すことなど慣れてはいないだろうから、そのことにまで、頭が及ばなかったのは、当然か。」

牢の中からでも、アラジンの姿が見える。彼は、唇を強く、噛みしめていた。
自分は魔術師であって、占い師ではないから、その横顔から彼がどんな顔をしているのかわからない。
悔いているのかもしれないし、無力さを嘆いているのかもしれない。
彼は、少数派の民たちの意見を蔑ろにしない人間であった。
それは決して、多数派を全否定している訳ではない。少数派の意見も広いあげ、よりよい世界を創っていきたい。それが彼の理想であり、願いであり、百人がいれば百人が、皆が是とする世界を目指したのだ。
そんな心優しい彼だ。
いくらノワールのことを極悪非道な独裁者だと思っていたとしても、人を殺すことを躊躇わない訳がない。
ここで躊躇わないような人間であれば、ノワールは、アラジンに敗北することをよしとしなかっただろう。

「躊躇うな。」

だから、ノワールは、アラジンに言葉を贈る。
それは独裁者としてではなく、国を統べた統括者としてでもなく、一人の、ノワール=カンフリエとしての忠告だ。

「躊躇えば刃が鈍るからな。一発で死ねぬのも、なかなかに辛いものだ。故に、躊躇ってくれるな。それに、それがお前の歩んだ未来。選択だ。自らの、信じている思いがあるならば、それを信じ続けろ。」

彼はこの理想郷を否定した。
未来を選び、そして、その未来を掴み取ったのだ。
己の思いを、ただひたすらに、信じ続けて。

「……私には、理想としている世界があった。その為なら、何でもできると思った。しかし、私の理想は、お前の想いに敗れた。故に死ぬ。それが結果。それが世界というものだ。」
「やけに、達観しているな。」
「何。それがこの国の統括者であった男としての最期というものだ。お前はただ、ノワール=カンフリエという男が、いかに悪逆非道で、非人間で、どうしようもない悪人であったかを後世に伝え続ければいい。そして、この世界の未来を創れ。」

決して、決して、励ましている訳ではない。
自分の理想郷を壊してくれた、大事な人たちを奪ってくれた、こんな男にくれてやる言葉など本当はない。ないのだ。
しかし、国民が迷っているというのであれば。躊躇っているというのであれば。
それが、統括者として、せめて最後にしてやれることだろう。

「……もう、いいだろ。」

アラジンにとっては、そうではないのかもしれないけれど。
居心地が悪そうに、彼は、俯く。
嗚呼、居心地が悪いか。そうか。それもそうだろう。彼にとって、この牢に入っているのは、統括者としてのノワールではなく、極悪非道な独裁者なのだから。
ならば、もう一つ。
特別中の特別。所謂、出血大サービスというやつだ。

「最期は、独裁者として、死んでやる。」

そう言って、ノワールは、意地悪く笑ってみせる。不気味に、邪悪に、人を見下すかのように。鏡がないから、これで正しいかわからないけれど、今の自分は見事に、独裁者の、大罪人らしい悪人面をしていることだろう。
嗚呼、夜は長い。
真っ暗闇というのは、一人ぼっちの夜というものは、経験が少なく、故になかなか慣れないものだ。
明日、自分は死ぬ。
けれど、早く朝になってくれないだろうかと、暗い天井を静かに見上げた。

 


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