アルフライラ


Side黒



国を、世界を、光が包んだ。
それから間もなく、二つの命が消える気配を感じた。
嗚呼、そうか。二人は先に逝ったのか。そんなことを、少し他人事のように考える。他人事のように考えなければ、今、この二人の革命者の前で、幼子のように泣き出しそうであったから。
涙は見せない。泣きそうな顔なんてしてやらない。
それが、敗北をした独裁者としての、せめてもの意地で。

「何のつもりだ。」

ノワールは手に持っていた剣をいともたやすく、放り投げる。
もう戦う理由はない。
愛した国は奪われ、愛した女も、愛した兄も、もう、この世にはいない。
心の底から友とした男も、この手で斬り捨てた。
手に残っているものはもう、何もない。
両手を持ち上げる。それは、降参の意であった。

「……お前たちの勝ちだ。」

ノワールは、深く、深く、息を吐く。
動揺を悟らせないように。胸に込み上げてくる感情を押しとどめるように。そして、ノワールは、意を決したかのように顔を持ち上げた。

「好きにしろ。この国も。未来も。お前たちのものだ。」

それは、革命が成立した瞬間であった。


Part26 ノワールの意地


「アラジン!」

声をあげて、アリスがアラジンの元へと駆けていく。彼の無事を確認し、喜んでいるようであった。
そして彼女の胸には、見覚えのある人形が抱かれていて。

「――――……」

声をかけようとして、口を閉ざす。
皆が叫ぶ、悪逆非道の独裁者は、一体の人形相手に動揺する人間ではないのだ。
だからこそ、口を閉ざし、耐えるしかない。

「ねえ。」

その時、アリスがノワールに声をかけた。
ノワールが振り向くと、差し出されたのは、一体の人形。固く目を閉ざしたまま、開ける気配はない。それが人形としてのあるべき姿だからだ。
アリス、と、アラジンが静止の声をかける。
両手を縄で縛られているとはいえ、魔術師である自分が何をしでかすかわからない故の忠告なのだろう。けれど、アリスは臆することなく、ルミエールをノワールに差し出していた。

「貴方がどんな人間であっても、彼女は貴方を愛したから。……だから、彼女は貴方が抱いているべきだと思うの。」

縛られた腕で、ノワールは、その人形を受け取る。
ひと目見てわかった。この人形に、最早魂は宿っていない。ルミエールは此処にはいない。此処にあるのは、ルミエールの魂を宿していた、ただの人形に過ぎない。
けれど、それでも。

「…………すまない。」

聞こえるか、聞こえないか。
小さく、雫を零すかのようなか細い声で、ノワールは呟いた。
それが聞こえたのかはわからない。けれど、アリスは小さく目を見開いてから、小さく頭を下げて、アラジンの元へと戻っていった。
人形の身体を抱きかかえながら、ノワールは辿った道を戻っていく。
この先には何があるのかわかった。わかっていた。だって、彼の魔力が、気配が、消えていくのは感じていたから。

「……アラジン。」

傷だらけのオズワルドが、アラジンへ声をかける。
彼を見て、アラジンは彼の元へと駆け寄った。そんな彼の後ろには、一人、横たわる人影が一つ。

「あ、おい!」

アラジンの静止を無視し、ノワールは当たり前のような足取りで歩いていく。
横たわる一人。テフィラ=エメットの遺体の前で、ノワールは跪いた。

「……テフィラ。」

声をかけるが、彼は、返事をしない。返事ができない。死んでいるのだから、返事ができなくて当たり前なのだ。
胸から、腕から、腹部から、血を流して亡くなった彼の遺体は、決して綺麗なものではない。けれど、その死に顔は、何故だろう、安らかなように見えた。
視線を僅かに動かして、テフィラの右手を見る。その手には杖がしっかりと握られていて、死してなお、彼は最期まで、その杖を手放さなかったのだ。魔術師として。

「……ねえ。早く、どいてくれないかな。」

声が響く。
振り向くと、オズが冷たい瞳でこちらのことを見降ろしていた。

「その遺体さ、さっさと処理しなきゃいけないから。」
「……処理をして、どうする。」
「出来損ないでも、そいつはエメット家の人間だ。癪だけど、両親の入っている墓に入ってもらうつもりだよ。」
「それは、絶対か?」
「嗚呼、絶対だ。みっともなく何処かの墓に入れるなんて許さないし、散骨なんて以ての外だ。我が家の恥は、我が家で処理をする。」

家の恥。
成程、革命者の視点としてはそうだろう。彼は家を飛び出し、極悪非道な独裁者の元へと下り、人々を支配する暗黒郷を創る手助けをしたのだ。
彼らの視点で言えば、テフィラ=エメットは重罪。
しかし、彼を辱めることは、エメット家の恥。家の恥に繋がるから、仕方なく、身内である彼が処理をして、身内である彼らの墓に、ひっそりと入れてやろうというのだ。
そして、彼は忘れ去られる。いなかったことにされる。
では、彼の人生とはなんだったのか。
テフィラ=エメットという魔術師がいたという歴史は。自分と共に生きてくれた、支えてくれたという、彼の歴史は、歩みは、どうなってしまう。
黒歴史として、塗り潰されてしまうのか。

「…………ふざけるな。」

無意識に、呟く。
その呟きに込められた感情は、怒りであった。
彼の人生がこれ以上、蔑ろにされていい筈がない。彼は優秀な魔術師だ。誰よりも国を思い、魔術を愛し、自分たち家族を愛してくれた。
誰よりも優しく尊い、最高の魔術師だ。
そんな彼を、出来損ないと、みっともないと、貶すことは許されない。許されてはならない。

「あ、おい!」

アラジンが声をあげる。
パチパチパチと、火花が散るような音。オズがはっと顔をあげると、赤い火花がまるで花弁のように舞い、テフィラの亡骸を包み込んでいた。
包み込んだ炎は巨大な花のように燃え上がり、ごうごうと、その遺体を赤く、赤く、包んでいく。
赤い炎に包まれるテフィラを呆然と眺めた後、オズは、ノワールのマントを力強く掴んだ。

「貴様!何をした!」

何をした。
そう問われれば、答えを言うしかない。

「亡骸を燃やした。……何か問題でも?」

問えば、ノワールのマントを握る、オズの力が強まる。

「詠唱なしで魔術を行使するとは……」

杖という魔術をコントロールする媒介もなしに。陣や構築式という基盤もなしに、詠唱という補助をなしに、魔術を行使するノワールに対する、純粋な魔術師としての感嘆。
身内の亡骸を燃やすという愚行への怒り。
そして。

「貴様も安心しただろう。出来損ないの遺体の片付けをしなくて済んで。」
「!」

オズの目が見開かれる。どうやら、図星のようだ。
しかし、オズの口から零れた言葉は、ふざけるな、その一言。アラジンたちの前だ。無暗に頷くことも出来ないだろう。

「貴様は、テフィラの何を知っている。貴様がまだ幼い時に出ていった兄の、何を承知で言っている。貴様よりも、誰よりも、あの男と共に在ったのはこの私だ。アイツは最早、テフィラ=エメットという、エメット家の魔術師ではない。ただのテフィラという、我が宮殿に仕える魔術師だ。」

パチパチパチと、炎が沈下していく。
炎の中には、もう、何もない。残っていない。彼の亡骸を包んだ業火は骨すら残さない。
出来ることなら、彼を、父や母と同じ墓に入れてやりたかった。身内として、家族として、彼を弔いたかった。
しかしそれは許されない。
テフィラはあくまで、テフィラ=エメットだから。血の繋がらない、赤の他人だから。
故に、自分に言い聞かせるように、オズに言い聞かせるように、否定する。テフィラが、テフィラ=エメットであることを。

「アイツは私のものだ。だから、アイツの遺体は、どうしようが私の勝手だ。」

独裁者という仮面を被り、豪語する。
墓に入れることが出来ないなら。遺体を彼に引き渡してしまうぐらいなら。遺体そのものをこの手で消し去る。
それが自分に出来るテフィラへの弔い。
そして。
血が繋がらずとも、自分が彼の本当の弟であると言い張りたい、幼い自分の、小さな意地だ。

 


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