アルフライラ


Side黒



家族とは、なんだろう。
血の繋がりだというのなら、自分の弟は、目の前で杖を振るう彼だろう。
心の繋がりだというのなら、自分の弟は、自分を最高の魔術師と呼んでくれた彼だろう。
世間一般では、家族は前者を示す。
しかし、テフィラ=エメットにとって、家族というものは後者であった。
自分を虐げた父母よりも、温かく迎え入れてくれたシエルの方が父に相応しく。冷たく見下していた弟よりも、目を輝かせて慕ってくれたノワールの方が弟に相応しかった。
否、相応しいという言い方は語弊があるだろう。
より、共にいたいと思ったのは、家族でありたいと心の底から思えたのは、彼らだったのだ。
どうせなら。
どうせなら、血筋も含めて、彼らと家族になりたいと思う程に。


Part24 共に理想郷を創った男:テフィラ


「うわっ!」

テフィラは小さく悲鳴をあげる。
魔力と魔力がぶつかり合い、弾けた風圧により、幼いこの身体はいとも容易く吹き飛んだ。吹き飛ぶ身体は壁に打ち付けられ、壊れたぬいぐるみのように力なく床へ崩れ落ちる。
この身体が壁にこうして打ち付けられるのは、何度目だろうか。十回かもしれないし、数十回かもしれない。少なくとも、まだ百回はいっていないような気がする。
背中を打ち付けて骨が砕く音を何度も聞いた。そして、瞬時に骨が治っていく嫌な音も、何度も聞いた。
骨というのは高速で治る時、あんなにも奇妙な音を鳴らすのかと、正直驚いたぐらいだ。
薄っぺらいこの衣服は、壁の衝撃を吸収する役割を果たしてはいない。
なんとか顔を持ち上げて、視線の先に目をやると、同じように、壁に打ち付けられた痛みに耐えながら、こちらのことを睨んでいた。
その瞳に宿している感情は、怒りと憎悪。そして驚愕。

「……まさか……」
「まさか、僕なんかの魔力がこんなにも膨大だと思わなかった?」

オズの目が、小さく見開く。それは図星を意味していて、誰よりも優秀だと言われた、天才の弟の考えが手に取るようにわかったその瞬間に、僅かな愉悦を覚えた。

「図星のようだね?」

そう言って微笑んで見せると、オズは、奥歯で苦虫を噛みしめたような表情を浮かべた。
劣っていると見下し続けた兄に見透かされる。これほど、屈辱的なものはないだろう。

「オズは、本当に優秀な魔術師だから、僕のこと、全然視界に留めてなかったもんね。僕のこと、知らなくて当然だよ。」
「どういうことだ。」
「そのままの意味だよ。落ちこぼれっていうのはね。決して魔力量が少ないとは限らない、ってことだよ。」

とは言っても、これは、ノワールから教わったことだ。
ノワールはテフィラに言ったことがある。魔術のコントロールが恐ろしく下手だ、と。それはテフィラも自覚をしていたし、それこそが、常に魔術を失敗する彼の要因でもあった。
しかし、操作を放棄したならば、話は別だ。
膨大な魔力を爆発させるように使う。相手を壊してしまうことも厭わないで。それが、テフィラの魔術、その本領。
破壊に特化したテフィラの魔術では、成程、人々に安寧を与えるため、最低限の魔力で抑えた魔術を用いるのは困難であった、という訳だ。
とはいっても、狙った相手に向けることができるのは植物魔法が精々だ。他の種類の魔術では、何処に向かうかわからない。
万が一、炎魔法を用いて国中を焼いてしまったら、シャレにならないのだから。

「ねえ、オズ。もうやめよう。こんなことやめようよ。永久に続く理想郷で、時が止まった世界の中で、平穏に過ごしていくだけでは、駄目なのかい?」

杖を突きつけて、オズに問いかける。
しかしオズはすぐさま首を横へと振った。彼の拒絶は、わかりきっていることだけれども、こうして改めて拒絶されるのは複雑だ。
テフィラははあ、と、溜息を漏らす。

「人類は、流れる時の中で、発展してきた。そして、それは、魔術も同じだ。」

オズのこの答えは、正直なところ、意外であった。
彼がこの理想郷を滅ぼしたい理由。それは、ただ純粋に自分が嫌いだから、自分と真逆で在りたいからだと思っていた。

「魔術は人々と共に。時と共に、発展していく。魔術の歩みを止めるのであれば、それは魔術師に在らず。あんたのしていることは、魔術に対する冒涜だ。」

そんな彼が、彼なりの理由をもって、テフィラを否定する。
嫌いだから。憎んでいるから。見下しているから。反対でありたいから。そんな幼稚な理由ではなく。
彼は魔術師として己の持論を持ち、そして、それ故にテフィラを否定している。
幼い頃、ただ冷たい目を向けていただけの弟は、彼なりに成長していたのかと、驚嘆を覚える。

「本当に素晴らしい魔術師ならば、止まった時の中でも、如何様にでも出来るさ。」

だからといて、彼の言葉を肯定するつもりは、毛頭ないのだけれど。
だって彼の持論は、結局のところ、優秀な魔術師たれと彼に教え込んで来た両親の、教科書に書かれた模範解答のような回答でしかないのだから。

「僕は僕の知識を、僕の知恵を、本当に素晴らしい魔術師に託した。それがノワールだ。彼は素晴らしい、素敵な魔術師だよ。僕は魔術師として、彼に魔術を託すことが出来ることを、喜ばしく思っている。」
「魔術師の魔術は、その魔術師自身のものだ。弟子に継承することこそあれ、全て丸ごと渡してしまうなんて、魔術師のプライドがない人間がすることだ。アンタは全てにおいて、魔術師失格だよ。テフィラ。」

本来の魔術師にとって、己の魔術とは財産と等しい。
弟子に受け継ぐということは、親が子どもに遺産を相続することと同義。全て丸ごと渡すのは、己の財産を何の見返りもなく渡すことと同義だ。
元々テフィラは、それを嫌悪していない。
寧ろ、捨てられたこの身を拾ってくれたシエルや、彼の息子であるノワールには、何にも替え難い恩がある。彼らのためとなるのなら、自分の財産も、命も、全て渡しても構わないと思っている位だ。
それに、自分が使うことが出来ない魔術を。役立たずとなってしまう魔術を。使うことが出来る、才能ある者に教えることで、よりよい魔術が生まれるのならば、弟子とかそんな垣根を超えて、託すべき人間に託すのが、よりよい魔術の繁栄になる。
弟子にしか継承しない、というのは、結局のところ自分だけの財産を、自分だけの特権としていつまでも抱きしめていたいだけなのだ。
魔術は、人のためにある。それならば、それは易々と手放してもいいものであるはずなのに。

「くだらないプライドから、魔術師としての在り方を縛っている……君の方こそ、魔術師に相応しくないのかもしれないよ。オズワルド。」

だからこそ、テフィラはオズを否定する。
兄として。一人の魔術師として。
彼は、自分を魔術師だと、認めている訳ではないのだろうけれど。

「なんっ……」

オズが声をあげようとしたその時、翠色の光が、宮殿を、国を、明るく照らした。
その光はオズの言葉を飲み込ませる。呆けた目で、しかし、希望を宿したかのように、その光を見つめていた。
そしてそれは、ノワールの敗北を、意味していた。

(嗚呼……)

やはり駄目だったのか。
想定していたこととはいえ、目の前で敗北を突きつけられると、やはり、こたえるものがある。

「テフィラアアアアアアアアアアアアア!」

オズの叫び声と、彼の魔力に呼応した光の刃がテフィラの身体に突き刺さったのは、同時であった。
ずぷり、と肉に食い込む耳障りな音を響かせながら、その刃は腕に、胸に、腹に、足に、深く深く突き刺さる。
杭のように太いそれは身体の内部まで抉るかのように食い込んできて、全身に激しい痛みを与えた。

「ごふっ……」

どぽどぽと、赤黒い液体が絨毯を汚していく。
赤黒いそれを見て、ふと、あの夜のことを想い出した。理想郷を目指した夜。国中に彼の血を注いで、魔法陣を作って。

(不謹慎だけど、楽しかったな……)

血を集め続けたノワールは、大変だったと思う。
けれど、夢に向かって、希望に向かって進んでいくノワールの力になれて嬉しかった。共に魔術の構築に、頭を悩ませていたあの時間は、とても有意義で、楽しくて。
もっとこの時間が続けばいいのにと、思っていたぐらいで。

「……あーあ……最期まで、兄は……弟に、劣った、ままだった……なあ……」

全身の力が抜けていく。魔力が外へと流れていく。
この身体は時を進め始めたのだ。もう理想郷の修正力で、この身体の傷が癒されることは、ない。
あわよくば、勝てると思っていた。けれど、勝てなかった。所詮、優秀な弟と出来損ないの兄が戦えば、これが結果なのだ。

「でも、後悔は、ない。よ。」

しかしテフィラには、後悔はなかった。
シエルと出会って。ノワールと出会って。充実した日々を過ごすことが出来た。それは何にも替えられないもので、あの家を飛び出したからこそ得られたものであって。

『お前、大丈夫か?!倒れていたじゃないか……こんな所で行き倒れるなんて…この私が統括をやっている間は、行き倒れることは許さないぞ?!』

嗚呼、聞き慣れた、でも、此処最近、ずっと聞いていなかった声が、聞こえる。
わかっている。これは幻聴だ。もうすぐ死ぬ自分に聞こえる、過去の記憶の残骸だ。
けれど、今でも耳に残っている。昨日のことのように、覚えている。

(シエル様……ごめんなさい……)

貴方の息子を守れなくて。
貴方の国を守れなくて。
自分もノワールも、きっと、すぐ、貴方の元へ向かうでしょう。
どうか、貴方の元へ辿り着いたその時には、叱らずに、話を聞いてやってくれないでしょうか。
貴方を愛し、貴方の国を愛した、二人の男の奮闘記を。

「僕は、あの人に……救われ、た……から。だから、僕は……最期、まで……あの子の、ことを……」

それが、この国を、極悪非道と呼ばれた統括者と創り上げた男。テフィラ=エメットの最期の言葉であった。

 


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -