アルフライラ


Side黒



ノワールは、決意していた。
この国を最後まで守ろうと。そして、もしも、守れなかった暁には、と。

「ノワール。」

シャマイムが歩いて来る。涙は拭った。もう、今度こそ、幼く弱かったあの頃の自分とはサヨナラだ。
最期の時まで。
独裁者として、この玉座に君臨してやろうじゃないか。

「お前が、ブラン=アラジニアか。」

シャマイムたちの手により、赤い絨毯の上に、ひれ伏すように膝をつけるアラジン。
しかし、囚われた恐怖など微塵も感じさせないその瞳は、確固たる意志で、ノワールを睨み上げていた。その瞳だけで、こちらの喉に噛みつきそうなぐらいに、強い熱を持って。

「貴様が、ノワール……ノワール=カンフリエか。」

二人が向き合う。
向き合う二人の様を眺めるかのように、ノワールの背中には、大きな古時計が鎮座する。
運命の流れが変わる様を、見届けるかのように。


Part19 革命の時:歩み出す人々


「ブラン=アラジニア。しつこいやつだな、お前も。」

シャマイムは、コツコツコツと絨毯の上を歩き、ノワールとアラジンの間に割って入るように立つ。
アラジンの人柄をよく知っているシャマイムだ。縛られてもなお、飛び掛かって来るかもしれないという、彼なりの配慮だろう。
それだけでなく、旧友として、彼と、会話をしたいという思いもあったのかもしれない。
そして、あわよくば、彼に退いて欲しいとも思ったのだろう。彼とて、積極的に、友を傷つけたいという人間性を持っている訳ではない。
シャマイムは、アラジンへ告げる。
何故、あれだけひどい目にあっておきながら、また立ち上がるのかと。
アラジンもまた、過去に受けた仕打ちを思い出していた。否、正確には覚えていないのかもしれない。ただし、それでも、身体が覚えている。
鞭で打たれた痛みを。鉄球で殴られた痛みを。突き刺された短剣の痛みを。きっと、彼の身体は覚えている。
ノワールに逆らったことで受けた屈辱を。痛みを。
その証だろうか。シャマイムの言葉を聞くに従い、彼の顔色は、徐々に、青くなっていく。

「アラジン。一度は友となった男だ。私とてもうお前を私刑に処したくはない。故に、引き下がれ。」

そう。引き下がれ。それが正解だ。
祈るように、沈黙を守ったまま、ノワールは二人のことを見つめる。
アラジンは青い顔で、震えたままだ。しかし、それでも、アラジンの目は、屈していない。絶望には、染まっていなかった。

「……それでも、俺は……逃げたくない……!」

嗚呼。なんて。
なんて強い目なのだろう。なんて、熱く、燃えるような意思を宿す目なのだろう。そんな目を持つ彼だからこそ。

「アラジン!助けに来たよ!」

彼の想いに惹かれ、集まる者が、いるのだろう。

「コハク……!」

アラジンが叫ぶ。
強引に扉がこじ開けられ、アラジンを慕った仲間が、彼らを助けにやって来たのだ。
その中にはまだ幼い少女や、ノワールのことを長年世話してくれた男によく似た顔の者もいた。
扉の奥からは人々の騒ぐような、怒鳴るような声が響き渡っていて、この宮殿に乗り込んだのが、彼等だけではないということを物語っている。
まさか、と。思った。思ってしまった。そして改めて、現実が突きつけられようといていた。

「国民たちに、君の言葉が、僕たちの言葉が、届いたんだよ。アラジン。今、この宮殿に、多くの国民が乗り込んで来ている。この国を変えるために、革命を起こすために、未来へと進むために。みんなが、立ち上がったんだ。」

コハクと呼ばれた青年が、笑顔でアラジンに語る。
国民は皆、アラジンの声を聞き、そしてその想いを受け入れたのだ。この国は理想郷などではないと否定し、各々武器を持ち、この宮殿へなだれ込んで来たのだ。

「ノワール。お前の負けだ。お前の掲げる理想郷は、否、暗黒郷は、今日で終わりを告げる。俺たちは、未来へと進むんだ。」

全ては、未来を取り戻すために。

「……嘘だ。」

その声が、自分の口から零れていると気付くのに、少し、時間がかかった。
遠くから、ノワールの名を呼ぶ、テフィラとルミエールの声がする。自分の顔はきっと、とても、酷い顔をしているのだろう。
冷静に。冷静に。冷静に。
自分自身に、言い聞かせる。
既にわかっていたことだ。アラジンの、あの、燃えるような意思があれば、国民たちは皆、惹かれて行くと。
頭ではわかっていたのに、こうして現実を突きつけられてしまうと、悔しい。悔しいのだ。
全てが否定されているような気がして。
国を思って。少しでもよくしようと思って。皆に、平和に過ごしてもらいたいと思って。
何年も何年も、魔術を学び、準備をして、痛い思いや苦しい思いをしながらも、心を押し殺しながらも、耐えて、耐えて、耐えたというのに。
それが、今、全て、否定されたのだ。

「この国が、暗黒郷だと?在ってはならないものだと言うのか?飢えることも朽ちることもない、永久の安寧が保障されるこの国を!守り続けて来たこの国を!否定するというのか!お前たちは!」

拳が痛い。気付けば、手を思い切り、血が滲み出る程に握り締めていた。
怒りを抑え込み、飲み込み、絞り出すように、ノワールが発した言葉を、アラジンは、容赦なく、否定していく。

「嗚呼、そうだ。俺たちは、この国を否定する。飢えることも、朽ちることもないとしても、永遠に進まぬ国なんて、死んでいるのと同じなんだ!俺たちは生きている!生きて、生きて、進まなければならない!未来に進むためには!堕落のままに時を永らえるだけでは駄目なのだと、お前は何故わからない!」

このまま未来に歩もうとすれば、世界は崩壊するというのに。
それに気付かぬ愚かな国民たちは、未来という未知数の希望に今、縋っているのだ。

「わからない。わかるものか!未来に進む。嗚呼、嗚呼、なんとも綺麗な言葉だ。見事な理想だ。お前のその理想こそが暗黒だと、何故気付かない!未来に進む?進めればいいな。では、その未来が破滅しかないのだとすれば?破滅しかない未来に進むことこそ、死ぬのと同義だ!何も知らぬ愚かな男よ!お前の傲慢さが、この国を殺めると、何故わからぬ!」
「傲慢なのは貴様だ、ノワール=カンフリエ!国は、俺たち国民が創っていく!お前が!お前だけが!決めるものではない!国を殺しているのはお前の方だ!」

アラジンの声に呼応するように、わあ、と国民が声をあげた。
傲慢なのはわかっている。強欲なのもわかっている。そして、自分が言っている言葉が、子どもの駄々っ子にも劣るものだということも、わかっている。
けれど、怒りと相まって、悲しかった。
己の理想が正しいと、信じてここまでやって来たのに。この国は理想郷だと、どの国民も、口を揃えて言っていたというのに。
未来がどんなに残酷なものになるのか、誰も、知らないというのに。

「そんなに、滅びの道を歩みたいのか。貴様らは。」

ぽそりと、呟く。
その呟きは、誰にも届くことはない。仲間から手渡された剣を、アラジンは抜く。そして、鉄で出来た刃を突き出して、アラジンは、声をあげた。

「俺たちはこの国を変える。変えてみせる。変わらなければ駄目なんだ。未来を手に入れるために、未来に進むために。」

未来なんて、何処にもないというのに。
存在しない未来を掴み取る為に、アラジンは床を力強く蹴り上げて、身体を前のめりにしながら駆けていく。
その手に持つ白い剣を振り切ろうとするその時。
ノワールが剣を抜くよりも前に、一人の青年が、アラジンの前に立ちはだかり、その白い刃を受け止めた。
透き通るような青い髪を揺らしたその青年は、瞳に怒りを隠し切れない。その怒りが、刃に力を籠めていく。

「シャマイム……!」

ノワールは小さく、声を漏らす。
ギシギシと、金属が軋み合うその音を聞きながら、いつ剣を抜こうかと、タイミングを見計らっていた。

「ノワール。剣を抜くのは、今じゃない。」
「……テフィラ……」

コツコツ、とテフィラは手に持つ杖で、何度か床を叩く。
すると、杖に備え付けられた宝石が淡く光り、バキバキと床を割りながら現れた、巨大な木の幹がアラジンへと襲い掛かる。
もう少しでアラジンのはらわたを抉れる、その瞬間に巨大な焔の壁が目の前に現れ、阻まれた。
バチバチバチと、火花の弾ける音が響く。

「シャマイム。君はノワールを連れて逃げて。ルミエール、君もだ。此処は僕一人で何とかする。……まあ、足止めなんてできないだろうけど。」
「テフィラ……!」
「ノワール。僕と君は此処でお別れだ。恐らく、もう二度と君と生きて会うことはないだろう。ノワール。優しい僕の弟。君と共に過ごせた日々を、僕は誇りに思う。」
「……テフィラ……」

兄は穏やかに、優しく微笑む。
嗚呼、わかっていた。わかっていたとも。これがきっと、今生の別れなのだ。諦めるにはまだ早いと、そう言ってやりたい自分がいるというのに、その言葉が、出てこない。
それであれば。
また会えるかもしれないなんて甘い希望は捨て去って。悔いのない別れをしようじゃないか。

「ノワール!早く!」

シャマイムに促されるまま、逃げる準備をする。
ノワールは古時計を宙へと漂わせ、ルミエールを胸に抱き、部屋を出る、その扉を握り締めて。
涙は見せない。見せてはいけない。

「テフィラ。テフィラ=エメット。私も、貴方という兄に巡り会えたこと、誇りに思う。貴方は誰よりも、最高の魔術師だ。」

ノワールは、自分たちを庇うように立つ、小さく幼い、しかし気高い後ろ姿に、別れの言葉を送ったのだった。

 


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