空高編


第4章 神子と一族



「しばらく、広間で待っていてね。」

翼たちを広間に招いた聡史は、人当たりの良い笑みを浮かべながら、広間を後にする。
すたすたすた、と、廊下を歩き、人の気配が薄れていることを確認して、聡史は、小さく息を吐いた。

「……錬磨。」
「お呼びですか。」

彼がぽつりと呟けば、何処からともなく、名を呼ばれた男、錬磨は現れた。
顔の右側には、蛇が這った痕のような刺青が刻まれている。緑色の髪を背中まで下ろした青年の背丈は、聡史のそれよりもずっと高い。
彼がすぐ現れたことに対し、聡史は、ひどく機嫌が良さそうに、微笑んだ。

「うんうん。すぐ来てくれたね。偉いよ。」
「他でもない、貴方様のお呼び出しですから。」
「うん。いい心掛けだ。」

錬磨が深々と頭を下げれば、聡史はまた、ご機嫌な顔をして笑う。
そして、雑談は此処までだというように、聡史は、す、と表情を変えた。笑顔から、何もない、無表情に。

「予想外だったよ。まさか、あの男が神子と先に接触をしてしまったなんて。あの神子も神子だ。あれは、僕ら一族のように心を読む術がないにも関わらず、人の心中を察することが出来る子だろう。僕と握手をした時に、少し顔が強張っていたしね。」
「……と、いいますと。」
「僕は警戒されている、ということさ。神子さまはきっと、酸漿桂馬に懐くだろう。見ればわかるさ。でも、そうなると僕は困る。非常に困る。だから、ね、錬磨。」
「……はい。」

聡史は、にたり、と口角を持ち上げる。
何かを企むその瞳には、燃えるような、憎しみのそれが灯っていた。

「酸漿桂馬を、今度こそ……殺せ。」


第62晶 信頼の値


「屋敷の構造は、少し、空高のものと似ているな。皆、こんなものなのか?」
「そうなのだろうな。きっと、何処の一族の屋敷も、同じようなものなのだろう。代々からある土地だ。変わらずそこに在ることが、一族としての威厳を高める。」
「ふむ……」
「……聞いておいて、随分関心がなさそうだな翼。」

周囲を落ち着きなくきょろきょろと見回す翼に対し、青烏は呆れるように、深々と溜息を漏らす。
そんな青烏に対し、翼は、申し訳ないという顔をする訳でもなく、だって、と言いながら笑うのだった。

「なんか、こう、人の家にあがるというのは新鮮で落ち着かなくてな!」
「お前な……人の家に遊びに来た訳じゃないんだぞ。今回の目的、わかっているな?」
「わかっているとも!だがな、俺は一つ、気がかりというか、気になるというか、こう、魚の骨が喉に刺さったような、なんともいえない気分だ。」
「と、いうと?」
「聡史殿は、信頼できない。」

翼の言葉に、青烏と雷希は、瞳を丸める。
どういうことだ、と聞けば、そのままの答えだよ、と、翼は返した。

「聡史殿は、こう、優しいを絵に描いたような顔をしている。けれど、それが余計不気味だ。胡散臭いというか、なんというか。」

胡坐を組み、腕を組み、考え込むような仕草をする。
しかし、翼の言葉に対し、そんなことはないだろうと否定することが、雷希と青烏には出来なかった。
翼の勘は鋭い。人をよく見ていないようで、その本質をよく見ている。大人たちを信頼せず、雷希と稽古をするための木刀をこっそり隠していた頃から、彼の本質は変わらない。
誰を信じるべきか。誰を信じたら危険か。無意識ながらに、彼はよくよくわかっている。
だからこそ、雷希も、翼が実験班組織の人間たちとの交流を良しとした時、安心して着いて来られたのだから。

「では、誰なら信頼出来る?」
「それはまだ、わからんな。俺は酸漿一族の人間は、聡史殿と桂馬殿しか見ていない。けれど、もしどちらかを選べというのなら、俺は桂馬殿を選ぶ。」
「桂馬を?あの人、門にすら入れてもらえないで、さっさか仕事に行っちまったじゃねぇか。それって、信頼されてない証拠じゃねぇのか?」
「今の一族頭首代理は聡史殿だ。聡史殿が信頼していないというのなら、気になるのも事実というものだ。それに、彼のことは……信頼に値すると、俺は思う。」

そこでだ、と、翼は言葉を切る。
一体何だろうと、青烏と雷希が首を傾げていると、翼は何かを企んだように、満面の笑みを浮かべた。

「いいことを思い付いたんだ。青烏。雷希。後は、頼んでもいいな?」

翼の言葉に、青烏も雷希も、口をぽかんとあけながら、互いに顔を見合わせた。

 


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