空高編


第4章 神子と一族



眼鏡越しにある金色の瞳。それはまるで、月のようだ、と、思った。
全身黒ずくめの男は、巨大な建物の影に溶け込んでいて、月である瞳を彩る夜空そのものだ。
翼は、呆けた顔で、目の前の男を見上げる。

「酸漿……?」
「そ。酸漿。柳靖地を束ねる一族の者だよ。アンタは空高翼だな。アンタが此処に来たということは、一族頭首の選定をしに来た。そうだろ?」

そう言って、彼は、柔らかく微笑む。
しかし、穏やかなその表情とは裏腹に、じいとこちらを見つめる細い金色の瞳は、まるでこちらの心を覗き込むような、そんな瞳にも思えた。
まるでこちらを見定めるような。

「そうだ。俺は、各地の一族頭首を、神子として選定する。その為にまず、貴方たち、酸漿一族にお会いしたいと思った。」
「選定なんて堅苦しいことしようとしている身の割には、この地を満喫していたようだがな?」
「嗚呼。まずは世界を知らねばだからな。俺はこの柳靖地というものを知らん。柳靖地を知らず、其方たちを知らず、選定など出来ない。故に、俺はまずこの地を知り、其方たちを知りたいと思ったのだ。手始めに柳靖地を歩き回ったが、この地は凄いな。木よりも大きい多くの家屋たち。賑わう人々。空然地では決して見ることのなかったものだ。どれもこれも新鮮で驚いた。俺は、世界を滅ぼすという神々をなんとかしたら、まずはこの地で、思いっきり遊びたいと思っている。パフェというものも、とても美味しそうだった。是非、食べてみたいぞ!」

桂馬の問いかけに、翼は爛々と瞳を輝かせながら、この地で何を見たのか、どう感じたのか、力強く語る。
桂馬としては、暢気な神子である翼の行動に対し皮肉を言いたかったのかもしれないが、残念ながら翼は、皮肉というものを知らない。
言葉を素直に聞き、素直に思ったことを話す彼に、毒気を抜かれたかのように、瞳を丸めて翼のことを見つめていた。
桂馬の様子に翼が首をかしげていると、桂馬は、少し呆れたように、小さく笑う。

「世間知らずという噂を聞いていたが、想像以上だ。」

そう呟いて、桂馬は、手を差し出した。

「酸漿一族の元へ案内しよう。俺について来るといい。空高翼。」


第61晶 酸漿一族


「流石に屋敷なのだな。」
「お前は何を想像したんだ。」

酸漿一族が住まう屋敷は、巨大なビルとビルの間に、ひっそりと、しかし、厳かな面持ちで佇んでいた。
ビルとビルの間に在るとはいっても、決してその屋敷は小さいという訳ではなく、柳靖地を統べる一族が住まう場所であるだけに、その敷地は広い。門の奥には屋敷だけでなく、広々とした庭がある様もうかがえるし、その奥に広がる、森のような木々たちも、酸漿一族の敷地、その一部なのだろう。
柳靖地は、木々よりも巨大なビルディング形式の建物が多いので、酸漿一族の住まいもそのような形になっているかと少し期待したのだが、そこは歴代の伝統を重んじているようだ。
あからさかまに翼ががっかりしているのを見て、桂馬は隣で、苦笑いをするしかない。

「しかし、近代的な街並みの中に屋敷があるというのも面白い。未来に向かって進んでいくところもあれば、昔から続いていて、今も残っているものがある。ふむ、そう思うと、これもいいのかもしれないな。」

そう言って翼はうんうん、と何度も頷いて笑ってみせる。
取り繕ったような、誤魔化しの言葉ではない。それは心から賛同するもので、桂馬は、少し、居心地が悪そうに視線を逸らした。

「じゃ、中に入れ。俺の案内は此処までだ。」
「え?桂馬殿は入らないのか?」
「……俺は訳ありなの。俺がいなくても困らないだろ。」
「いや、確かにそうだけど!あ、そういえば、俺、雷希や青烏と離ればなれになってたんだ!屋敷に入る前に、そもそも合流しないと……!」

翼が狼狽えたように、声をあげる。
流れのまま、桂馬について来てしまったが、そもそも自分は青烏や雷希とこの屋敷に赴こうとしていたのだ。
そもそも屋敷に入るよりも前に、二人を探さなければいけない。
すぐに元来た道を戻ろうとしたその時、先程翼が通った道を歩く、見知った顔が二人いた。

「あー!翼!こんなとこ居た!」
「お前……心配かけて……」
「雷希!青烏!」

それは、雷希と青烏だった。翼は嬉しそうに表情を綻ばせて二人の元へと向かう。
雷希、青烏の二名といえば、はぐれてしまってどうしようと、無事でいるだろうかと、心配でたまらなかったというのに、無傷でちゃっかり屋敷の前にたどり着いてしまった翼に、毒気を抜かれていた。
これでは、怒る気も失せるというものだ。

「よかったね。無事、合流出来て。」

雷希でも、青烏でもない。ましてや桂馬でもない声に気付き、翼が視線を声の主へと向ける。
そこにいたのは、人畜無害。その言葉がよく似合う程、穏やかな表情をした男であった。瞳は吸い込まれるような赤色で、瞳の色こそ異なるけれども、夜闇に溶け込んでしまいそうな黒髪は桂馬のそれとよく似ていた。
笑った顔も、どことなく、桂馬のそれに、似ているような気がしなくもない。
すらりと伸びた手足と細い身体は、武闘向きとは言い難いけれども、落ち着きのある面持ちは、その華奢な様を補う貫録を出している。

「自己紹介が遅れたね。僕は酸漿聡史。先代亡き今、僕が一族頭首の代理をしているんだ。どうぞよろしく。」

差し出された聡史の手を、翼は握り返す。
聡史の笑顔は穏やかだ。優しさというものが滲み出ている、という表現が相応しい笑みだと思う。
けれど、その心は、対面上作られた笑顔とはまったく正反対のもののような、こちらを見透かしているような、見下しているような、そんな冷たさを、その手からは、感じた。感じて、しまったのだ。

「翼?」

青烏が翼に問いかける。
はっとした翼は、なんでもない、と言って、青烏にへらへらと、微笑んだ。
気のせいだ。今感じたものは、きっと、気のせいなのだ。一族をこれから選定しなければいけないという緊張感が見せたものなのだろうと、翼は自分の思いを納得させた。

「なんでもないよ、青烏。……さて、改めて、聡史殿。酸漿一族の屋敷内を、案内してくれないか?俺はこのとおり、其方たちのことを何も知らないのでな。」
「わかったよ、翼さま。じゃあ、貴方たちを屋敷内に案内しよう。……桂馬。君は、君の仕事に就いてね。決して、屋敷内には入らないように。」
「……言われなくとも、わかっているよ。」

聡史がまるで、深く深く釘を差し込むかのように告げた言葉に対し、桂馬は、諦めたような目をして、息を吐く。
あの目は、一体何なのだろう。
何で、口元は笑っているのに、その瞳は、消えそうな位、悲しげなのだろう。
翼は桂馬を見る。桂馬もまた、翼を見た。
目と目が合った時、桂馬は翼に対し、ひらひらと、手を振った。とても優しそうに笑いながら。
あの笑顔は、とても軽薄で、淡泊なそれに見えるというのに、彼の心は、春の日差しのような温かさがあって。

(嗚呼、あの人は……)

思ったと同時に、酸漿の屋敷。その門がゆっくりと閉じられて。
酸漿桂馬の姿は、門の向こう側へと消えていった。

 


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