空高編


第4章 神子と一族



「此処が、柳靖地の中心か。」

翼たちは、森を抜けて、柳靖地の中心部へと訪れていた。
雷希たちがひっそりと暮らしている小屋や、実験班組織。そして、特別連合協会がある場所は、柳靖地の中でもまだ未開発の、隔たれた土地にあたるけれども、中心部まで来てしまえば、流石は経済の中心地だけあり賑わいを見せている。
船から降りた際に、少しだけ街の賑わいを目にはしていた翼も、こう、はっきりと柳靖地の街並みを眺めるのは初めてであった。
樹木よりも背の高い建物。
煌びやかな衣装を身に纏い、街を歩く若者たち。
見たこともないような食べ物を口にしたり、無焚が貸してくれた連絡端末を、軽々と使いこなしている人たちの姿もある。
まるで、別の世界へ来てしまったかのようだ。

「す、すごい。」

そして、その未知な光景に、翼は、ただただ、胸を高鳴らせるばかりだった。


第60晶 柳靖地


「凄いぞ雷希!青烏!あ、あれ見ろ!ほら、あれも!これも!全部、全部見たこともないようなものばかりだ!」

柳靖地の街並みにある全てが、翼にとっては眩しいものばかりであった。
神子たるものは神聖であるべき。
そう教えられていた翼は、常に、形式的な食事ばかりを摂っていた。故に、パフェや、ケーキ、そして、クレープといったような、一般的な若者が食べる甘いものは今までみたことも食べたこともなかったのだろう。
嬉しそうに、未知との遭遇に目を輝かせている。

「おい、翼。あまり大声ではしゃぐな。目立つ。」


はしゃぐ翼をぐいと引き寄せて、青烏はそう耳打ちする。
翼は唇を尖らせて、少し不満そうではあったものの、自身のはしゃぎっぷりに思うところもあったらしく、そのまま大人しくなった。
けれど、翼が興奮してしまうのは、無理もないことなのだ。
見回す限り、人。人。人。
こんなにも人に囲まれたことはなかったし、統一感のない様々な人間を見たのも、初めてだ。
外を見たいと言いながら、中々それがかなわなかった彼にとっては、ようやく見ることが出来た「外の世界」なのだ。
興奮してしまうのも、無理はない。

「あまり金がないからな。けど、後で何か食べ物を買ってみようか。」

青烏がそう言うと、翼は、またきらきらと瞳を輝かせて青烏のことを見つめる。
既に彼の頭の中には、これから食べられるであろう甘い甘い、未知なる食べ物のことで頭がいっぱいなのだろう。
そんな翼のことを微笑ましく思う反面、今後のことに少々危機感が足りていないように思える無邪気さには、呆れてしまう気持ちもあるらしく、隣にいる雷希は、ただただ溜息を吐く。
しかし、そんな、無邪気で直球で純粋なところが、彼の良いところであるということも、知っているのだ。

「ほら。もう少し歩いてみよう。」
「そうだな。」

雷希が腕を引くと、翼も頷き、三人は人通りの波へと飲まれていく。
翼は、神の子だ。
本来であればマントを被り、人目を避けた方が良いのかもしれないが、それでは逆に目立ってしまうだろうという青烏の意見の元、衣服を逆に柳靖地の街中で見かけるような今時の恰好にして、帽子を被ったり、髪を結ったりすることで、街の中へと降り立った。
髪の短い翼は、その神子として特徴的な、眩しいほどに輝く空色の髪を隠した。青烏も、髪を一つに縛るだけで、少し、違う印象を見せている。
更にこの二人は、あえて中性的な衣装を身に纏うことで、まるで少女のようにすら見えてしまう。
流石に、女装をしてまで姿を偽るのは、翼も青烏も、男性としてのプライドが少々勝ったらしく、中性的な衣装ということで妥協された。
翼は最後まで、女装もやむを得ないという姿勢だったが。

「お嬢ちゃん。一つ買っていかないかい?」
「すみません、急いでいるので。」

街中を歩き、商店街まで入って行くと、店の人間が積極的に人々へ商品の購入を促していた。
翼も実際にこのように声をかけられて、曖昧に答えながら、その押し売りをかわしているのだが、本当に、衣装や雰囲気一つで、翼は少女だと思われてしまうのだから、服というものは、恐ろしい。

「お嬢ちゃん。だってさ。」
「い、言うな!うう、俺はあくまで男なのに……」
「それほど、翼が可愛いということだろう。大丈夫。似合っている。」
「青烏……」

そこで納得してしまっていいのか、そこは突っ込んではいけないところなのだろう。
この街中を歩いているだけでも、ちらほらと、神子の話については浮上していた。
今、神子は何処で何をしているのだ。このような非常事態の時に。今こそ、神子が表へと姿を表わすべきなのに。そう、人々が愚痴るのを、耳にするのは翼や青烏にとって、心苦しいものであっただろう。
けれど、誰もこの二人には気付かない。
気付かれることなく、三人は、柳靖地の街中を、一通り、ぐるりと散策し続けたのだった。

「で。どうだった。全体的に。」

場所は変わり、喫茶店。
その隅の席で、三人は珈琲を口にしながら、街を一通り歩いた上で気付いた点を挙げるべく、休憩していた。
珈琲を飲みながら、翼は少し、考えるような仕草を見せる。

「年配の者は、やはり、様々な問題を危惧するような声をあげていた。あの報道を問題視しての発言だろう。しかし、若者はどうも……普段と変わらぬ日常を送っているようにも見える。あれは何故だ。」
「ろくな教育を行っていない証拠だ。政府は、己の思う通りに政を行いたかった。その為に、政を行っていたのは、一族頭首にあたる人間のみだ。他の人間は、極力政治に参加させたくはない。参加させないためにはどうすれば良いか。それであれば、若者の知能を極力低下させてしまえばいい。ろくに考えることが出来ないように教育された若者は、危機感にも気付かない。もし、危機感があるとしても、どうせ誰かがなんとかしてくれる。とりあえず今を楽しもう。そんな思考のもとだろうか。」
「……ひとまずは一族頭首で政治を立て直せと皆が言っていたのは、それもあるのか…」
「そうだな。」

青烏は一口、珈琲を飲む。
砂糖なしのそれは少し苦かったのか、顔をしかめた。

「まぁ、それでも、私も想像以上に柳靖地の人間の危機感が薄くて驚いたがな。もしかしたら、それがこの地の特徴ともいえるのかもしれないが……情報がいとも入りやすい分、正しい情報も偽の情報も出回りやすいから、あまりに衝撃的なものは、事実と受け止めにくいのかもしれない。」
「政府の情報は基本的にシャットアウト。だからな。それが突然、あんな情報入って来ても、正しいものだって認識することもできねぇだろうし。」

青烏と雷希は、それぞれ複雑な面持ちで、カップの中に入っている液体を睨みつけるような形になる。
翼はそんな二人の顔を交互に身ながら、珈琲を更に一口飲んだ。
既に、中身はぬるくなり始めている。

「そうだな。しかし、柳靖地というものは、思ったよりも色々あって、楽しいな。全てが落ち着いたら、雷月殿たちも連れて、遊びにまわりたいものだ。すいーつ?とやらも実に美味そうだったしな!此処はまるで遊園地のようだ!」
「この街の光景を見て、そうコメント出来るのはある意味柳靖地にとっても嬉しいだろうな。」

翼は、あくまで笑顔で、そう語った。
それがかなうのは、あくまで全てが終わったら。
その為には今、やるべきことがあるのだし、このようなことを、語っている場合ではないということも重々承知であるのだが、翼の、このような朗らかな笑みを見ることで、緊張していた頭が、心が、少しほぐれていくのを、青烏も雷希も、確かに感じていたのだった。

「で。どうしようか。」

店を出て、再び、人がひしめき合う街中へと戻る。
街は一通り、見た。
けれど、あくまでこの街に来たのは、観光目的ではない。

「まずは、酸漿殿にお会いしたいな。酸漿一族が何処にいるのか、さっぱり想像出来ない。」
「基本的には、一番大きな建物に一族頭首がいたりするものだけれど、此処は、あまりにもその大きな建物が多過ぎて、わかりにくいな。」
「その方が逆に良いこともあるのかもしれないが。」

その時。
人の波が、突然、動き出した。
真っ直ぐ、それぞれ左右から人々が往来し、その波の中に、翼たちは飲み込まれる。

「翼!」
「ら、雷希!青烏!」

翼は右へ、雷希と青烏は左へ、それぞれ流されていく。
逆方向へ向かおうにも、人の進む力が強過ぎて、身体は流されるまま、波の方向へと動いていくのだ。
雷希と青烏が、視界から、どんどん遠ざかって、人の波に埋もれて見えなくなっていく。

「う、わ、」

流されるままに、流されて。
足を進めたくても、少し、足が浮かんでいるような、そんな感覚。

「おい、こっちだ。」

途端。
翼の腕を、何者かが力強く掴んで、人の波から引きずり出された。
引きずり出された翼は、そのまま、腕を引かれて、人通りの少ない、裏道へと導かれていく。
顔をあげると、翼を人の波から引きずり出してくれたのは、一人の男だった。
無造作に切られた短い黒髪に、全身真っ黒なスーツ。
細いフレームの眼鏡をかけていて、その眼鏡の奥には、まるで満月のような、金色の瞳があり、その瞳が、全身黒ずくめに近い彼を、彩っていた。

「大丈夫か、お嬢さん。」
「え、えっと、あの、た、助けてくれたのはありがたいが、その……」

やはり、此処でも女性と間違われてしまうらしい。
あえてそのような格好をしている自覚はあるので、相手を責めるつもりは勿論ないけれども、此処まで女性に間違われてしまうというのも、少々複雑である。
自分は確かに、そんな顔立ちをしているだろうけれども、体格は、そこまで華奢ではないつもりだからだ。

「はは、悪い悪い。わかっている。……お前、酸漿一族に会いたいんだろ。」
「…え…」
「案内してやるよ。俺は、桂馬。酸漿桂馬だ。しかし、噂以上に可愛い顔した神子さんだな、空高翼?」

そう言って、男は、桂馬は、少し不敵に、悪戯をする少年のような笑みを浮かべたのだった。

 


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