アルフライラ


Side白



この国の中心。つい数か月前、処刑台が設置されていた宮殿前の広場に、次は、九本の柱が設置されていた。
その九本の柱には、それぞれ、九人の魔術師たちが、貼り付けにされている。
九本のうち、五本目。つまり、中心には、アラジンもよく知った顔の人間が、紛れ込んでいた。

「……やあ、アラジン。」

シャマイム=テヴァ。アラジンの旧友。彼に出会ったのは、ノワールの、処刑の日以来であった。
革命の日に、ノワールに切り捨てられ、姿を消していた彼。不老不死の国とはいえもしかして、と、思ってはいたけれど、結局のところ、彼は生き延びていた。
何故彼だけ逃げたのかはわからない。ノワールに逃がされたのか、自ら逃げたのか。
革命の日、彼の部下は捕えられた。そして、翌日にあたる、ノワールが処刑されたその日。逃げ延びたシャマイムは、結局、ノワールの最期を前に、その姿を再び現したのだ。
後は簡単だ。彼を見つけた国民によって、彼は捕えられた。そして、ノワールの宮殿だった場所に、部下と共に幽閉されたのだ。
シャマイムはアラジンを見下ろす。けれど、その瞳に、怒りや憎しみの色はない。あるのは、憐れみと悲しみだ。そしてその色の瞳は、アラジンにとって、ひどく、心が痛んだ。

「あれだけ多数派を嫌っていたお前が、結局多数派の意見に流されるなんて……皮肉だな。アラジン。」
「俺を軽蔑するか?結局周囲に流された、無様な俺を。」
「否。寧ろ安心したよ。お前も人間なんだな、って。お前が思っている以上に、多数派の流れに従うというのは、自然なものなんだ。だって、人間誰だって生き残りたい。少数派を語って、自ら、立場を弱め命の危機に瀕するようなこと、好んでする方が珍しい。だからお前の選択は、生物として当然だし、恥じるべきことではない。」
「……けど……」
「それにな、お前を先に裏切ったのは私だ。結局のところ、お互い様という訳だ。」
「お前の裏切りと、俺の行いだと、スケールが違う。」
「嗚呼、スケールは違う。けれど一緒だ。裏切りという点では、きっと一緒さ。私はお前を裏切り、お前は私を売った。それは事実だ。だがな、アラジン。それでも私は、お前のことを、友人だと思っている。」

違うか?シャマイムは、そう、困ったように呟きながら、笑った。
優しい、穏やかな笑みであった。
アラジンは何も言うことが出来ず、彼に唯一出来たのは、涙をこらえて、首を、縦に振ることぐらいだったのだ。


Part30 終焉のその先。深淵にて。


広場には、あの時と同じように、全国民が集っていた。
九本の柱に縛り付けられている魔術師たちを物珍し気に見つめている。そして、その集団の中に、アリスたちの姿もあった。

「……アラジン、大丈夫かな。」

コハクが呟く。
しかし、大丈夫ではないということは、目に見えて明らかであった。彼の顔は不安で真っ青だし、今すぐにでも、止めてやりたい。
けれど、此処で彼を止めようとしたところで自分たちが返り討ちに遇うのは目に見えているし、彼がやらずとも、この国を思う別の誰かが、それを行使するだろう。
それならばまだ、他の誰でもない、アラジン自身の手で行ってしまった方が、いっそいい。いっそいいと、分かっている。わかっている、けれど。
誰よりも世界が救いたいと信じて、信じた想いのために、例えそれが少数派であろうと歯を食いしばって此処まで耐えて来たアラジンが、結局は、多数派の思想により、重圧により、押しつぶされようとしているその様は、彼を信じ、彼を愛した者たちにとって、見るに堪えることが出来ない光景であった。
歯を食いしばっているアラジンは、いま、どんな気持ちで、あの広場で、一人で立っているのだろう。
そう思うと、自然と、アリスの足が、一歩、出た。

「アリス。駄目だよ。」

それを、オズが静止する。
でも、と、呟くアリスに対して、オズは静かに、首を横へ振った。

「今の僕たちには、何も出来ない。悔しいけれど、僕たちはただの観客として、彼を見守ることしかできないんだ。……始まるよ。」

視線が、アラジンに注がれる。
アラジンは、目の前に設置された巨大な宝石に、そっと触れる。それは、あの時と同じだ。ノワールの振り子時計を壊したあの時と同じように、触れた。
指先が宝石に触れると、淡い、翠色の光がちかちかと零れる。
これから始める。これから全てが始まる。流した血もあった。奪った命もあった。けれど、此処から、全てを始めるのだ。
アラジンは大きく息を吸って、また、息を吐く。
魔術の心得は殆どない。けれど、オズに聞いて、しっかり構築を理解した。頭の中で何度もイメージをした。成功するイメージを。
だから、大丈夫。大丈夫。と、自分を言い聞かせる。そして。

「我が名はブラン=アラジニア。主として命ずる。九人の人柱を媒介とし、この世界全ての毒を、穢れを、災厄を祓え。」

宝石に僅かな魔力を注ぎながら、静かに命ずる。
彼の魔力に呼応するように、その宝石は、淡い翠色の輝きを放ちながら、少しずつ、その身体を宙へ浮かせていく。
空高くに浮かび上がった宝石は、強い光を放ちながら、その中にずっと貯蔵され続けていたのであろう、大量の魔力を、九人の人柱に注ぎ始めた。
魔力を強制的に注がれた彼等は、その魔力を操る魔術師として、強制的に魔術を発動させられる。耳に突き刺さるような悲鳴を響かせながら、膨大な魔力を浴びて皮膚が焼け、肉が溶け、人の形を維持させることが困難になり、途中、命を落とす者もありながら、その魔力は、この国の中心として、広がりを見せていった。
その証に、見ろ、と国民の誰かが口にする。その国民が指さした先は、かつて壁がそびえ立っていた、アルフライラ、その外側。
草木の生えない荒れ果てた砂の大地だった地面の色が、徐々に緑色へと染まっていく。その緑が草木だということに気付くのに、そう時間はかからなかった。
その光景を見て、国民たちは歓声をあげる。
大地の穢れが晴れていく。世界の穢れが晴れていく。あの大災害によって滅ぼされた世界は、今、ようやく再生するのだと、国民はその興奮を隠すことを知らなかった。

「ぐ、あ、あ……!」
「シャマイム……!」

気付けば、悲鳴をあげている人柱は、人の形を唯一保っているのは、シャマイムただ一人であった。
その唇からは、赤い液体が吐き出される。苦し気に、歯を食いしばり、此処で死んでなるものかと、たった一人、彼は耐えていた。
どうしてこうなってしまったのか。
他に、どうにもならなかったのか。
命を奪い合うこと以外に、選択肢はなかったのか。お互いに、お互いが思う理想郷があった。その理想郷を、どうして、互いに話し合い、協力し合うことが出来なかったのか。
後悔が募り始めた、その時。
ピシ、と、何かが壊れ始める、音がした。

「おい!」
「何だ!」
「どういうことだ!おい!」

叫び始める、国民の声。
一体何なんだ。そう、疑問の声を投げかける必要は、なかった。

「……これは……」

アラジンは、呟く。
淡い翠色に光っていた魔力の塊である宝石は、気付けば、色鮮やかな空色のそれへと、色を変えていた。
その宝石は、先程よりも、距離がシャマイムに近付いている。
距離は徐々に、また徐々に、シャマイムへと近付いていき、宝石が、彼の目の前に来た、その瞬間。

「!」

宝石は、みるみる、シャマイムの中へと吸い込まれていった。
それは、シャマイムが宝石を取り込んだという訳ではない。宝石が無理矢理シャマイムの中に入り込んだ訳でもない。
その光り輝く光景は、神秘的で、しかし、必然的のようにすら見える光景だった。
まるで、在るべきところへ還ったかのような。宝石がシャマイムの中に入っていった光景は、そう、言い当てるに相応しかった。
宝石を取り込んだシャマイムの身体が、淡い空色の光に包まれる。その背からは、まるで天使のような、光状の翼が生えていた。
光の翼が一度羽ばたけば、魔力の塊が風となって放たれて、地面にしっかりと固定されていたはずの家屋をいともたやすく飛ばしていく。
レンガ造りの建物は崩れ、瓦礫は風の波に乗り、渦を描く。そして瓦礫はまた別の家屋を壊し、また、瓦礫の渦を大きくしていった。
国民の歓喜の声が、悲鳴へと変わる。
そしてその悲鳴を聞きながら、アラジンは確信した。確信して、しまった。
これは再生なんかではない。崩壊なのだと。
翼の羽ばたきが止めば、瓦礫は、がらがらと音を立てて大地に落ちていく。これで終わりだろうか、そんなことを呟く国民もいたけれど、こんなことで終わる訳がない。寧ろ、これからが、本番だ。
その様子を無言で眺めつづけていると、シャマイムの身体が、今までにない程に、青く、青く、その光に身体を包み込んでいた。
もう、光が彼を覆いつくしてしまって、彼の姿を捉えることも、難しい。

「……終わりだ。」

アラジンは、ぽつりとつぶやく。
これが、世界の終わり。それは決定事項で、避けられないことなのだと、アラジンは静かに悟った。悟るしかなかった。
だって、今目の前にいるのは、将来を語り合った友でもなくて、互いの理想の為に剣をぶつけ合う敵でもなくて。
世界に審判を下す、神そのものだったから。

「アラジン!」

声が、聞こえる。
アラジンが振り向くと、オズを振り切って、アリスが、こちらへ向かって走って来ていた。
小さな幼い身体が、アラジンの胸へと飛び込んでくる。そして、無意識に、アラジンは、その身体をしっかりと抱きしめた。

「アラジン……」
「アリス……アリス、すまない……俺は……」
「アラジン。アラジンは悪くない。悪くないよ……」

そう言って、アリスは、アラジンの身体を、優しく抱き締める。
ふと、顔をあげると、目の前に、また、知った顔が移り込んだ。
コハクは、コクヨウの身体を守るようにしっかり抱きしめながら、こちらのことを見つめている。けれど、決して、アラジンのことを責める瞳はしていない。
嗚呼、いっそ、責めてくれたらどんなに楽だったか。
共に戦ってくれたのに。共に未来を歩こうとしてくれたのに。結局、彼等に未来をあげることは、適わなかった。
オズ。彼は、一人でただ、アリスとアラジンを見つめながら、静かに立っていた。
きっと彼が近付いて来たのは、打算的な理由があっただろう。けど、それでも、最終的には純粋に、味方として傍にいてくれた。
それがどんなに、有難かったことか。

「……アリス……」

一番最初に、味方になってくれた、小さな小さな女の子。
大人になりたい。そう言う彼女を、どうしても、大人にしてやりたかった。大人になった彼女は、きっと、素敵な女性になっただろうに。

「俺は……俺は……」

信じている想いがあった。
信じている想いがある。
この想いは間違っていないと証明するためならば。
どんなことをしても構わない。
その決意は、今でも変わることはない。
そしてその決意が、誤りだったとは思わない。思いたく、ない。
それでも、思ってしまうのだ。
自分は間違っていたのではないかと。
崩壊する世界を見つめながら、青すぎる空を見つめながら、男は静かに目を閉じた。


 

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