アルフライラ


Side黒



理想としていた世界があった。
理想としている世界がある。
自分の理想を叶える為ならば。
この理想郷を守り続けるためならば。
どんなことをしても構わない。
その決意は、今でも変わることはない。
例え、この身が今から朽ち果てることになったとしても。
多くの国民たちに見守られながら、男は静かに、目を閉じた。


Part1 理想郷:アルフライラ


それはまるで夜明け前の淡い紫色の空。
顔を上げれば満面の星がキラキラと白く輝いている。
対になるように地平線上に浮かび上がる月と太陽に、多少の眩しさは感じるものの、真昼に登った太陽の輝きと比べればそうでもない。

(真昼の太陽を、青い空を最後に見たのはいつだっただろう。)

かつての空は太陽が昇り青空が広がって日が沈み、燃えるような夕焼けが現れ、月が昇れば黒い夜空と満点の星。そして夜明け前には空が少しずつ白み始め、紫色へと変化する。
そんなサイクルが一日をかけて行われていた。
今ではその、夜明け前の紫色の空が永遠と続いている。
かつて空に広がっていた青空と同じ色をした輝かしい髪を三つ編みにした青年は、よいしょと紙袋を抱えて歩いていた。
紙袋の中には新鮮な野菜や果物が詰められている。

「シャマイムさま、お荷物お持ちいたしましょうか?」
「嗚呼、ありがとうユラ。頼めるかな。」
「はい。任せてください!」

シャマイム=テヴァの隣を歩く金色の髪と赤い瞳を持つ少年は元気よく頷くと紙袋を受け取る。
まだシャマイムの腰程の高さしかない細腕の少年にも関わらず、彼よりも軽々とその荷物を抱えた。
袋の中にちらつく新鮮な果実に思わず瞳を輝かせる。

「まだ食べては駄目だぞ。家についたら、そのご褒美に、な。」
「はい!シャマイムさま!」

ユラは元気よく答えてこくりと頷く。
しかし彼はわかっているのかいないのか、それでも果実を口にするのが楽しみで仕方ないらしく、瞳が果物から離れる様子はない。
シャマイムは少し困ったような、それでも微笑ましい様子でユラを見つめていた。

「しかし、そろそろこの空にも飽きて来たな。」

閉鎖空間都市、アルフライラ。
元々、此処は数百年前に起こった大災害によって世界の人口が急激に減った際に、人類が滅亡するのを危惧した初代統括が作り上げた理想都市。
外部では枯れ果ててしまった水も、植物を生やさなくなった大地も、此処では透き通った水が流れ大地からは草木が芽吹いている。
アルフライラは、人類の辿り着いた理想郷と呼ばれている。
しかし、その理想郷も永遠に続くものではない。
理想郷の存続は困難と考えた二代目統括ノワール=カンフリエはある方法を用いて、数百年たった現在でもこの理想郷を維持している。

「くそ、離せ、離しやがれっ!」
「いいからおとなしく歩け!!」

騒がしい人の怒鳴り声に思わず顔を向ける。
視線の先には一人の男が縛り上げられた状態で、もう一人の男に引っ張られている。
恐らく引っ張っている男はこの都市の守役だろう。
男たちが歩いていく方向を見れば、其処には黒色の厳かな宮殿が佇んでいる。

「またか。」

シャマイムははぁ、と深くため息をついた。
この理想都市アルフライラにはとある掟がある。
その掟に逆らえば、統括であるノワール=カンフリエの手によって厳重に処罰される。
命を奪われることはないのだが、それでもきっともう二度と彼には逆らいたくないと思うだろう。
正確には、死ぬことが出来ないのだが。
二代目統括であるノワールはとても冷酷で残忍な独裁者という説が流れている。
直接ではなくとも、その掟に逆らおうとする口ぶりが耳に入りでもすれば彼の周囲にいる守役達がすぐにその者を捕えて処罰してしまうのだから、事実ではあるのだろう。
人を処刑したことがない故に、あまり酷過ぎる噂は流れてはいないが。
これで死者が出るようなことがあれば、人の肉を食って生きているだとか、人の血を好物としているとか、そのような噂もきっと流れただろう。
闇のように黒く染め上げられた宮殿を眺めてシャマイムははぁ、とため息をつく。

「何故、人と人は互いに分かり合うことなく、争いを続けるのだろうな。」
「シャマイムさま…?」

心配そうにシャマイムの顔を覗き込むユラに、シャマイムは優しく微笑んでユラの金髪を撫でる。
さらりと細い髪に指が吸い付き心地よい。
ユラはまんざらでもなさそうに、とても嬉しそうな顔を浮かべる。

「お、いたいた。シャマイムー。」

シャマイムを呼ぶ声。
声の先には植物の葉と同じ髪の色をした長身の青年。
背丈はシャマイムよりもあるのだが、その顔は何処か幼さが残っていてあどけない。
童顔の青年はにこにこと笑みを浮かべながら、シャマイムへと駆け寄った。

「エルじゃないか。どうかしたか。」
「わ、ユラ美味しそうな果物持ってるねー。一つ僕に頂戴よー」
「こら、エル。これは私が買ったものだ、お前はお前で自分で用意をしろ。そして本題を言え。」
「そうだった。」

エルと呼ばれた青年はまぁまぁ、と言いながらそれでも何処か能天気そうに笑っている。
丸々とした大きな瞳でこちらを見つめると、漸く本題を切り出した。

「んー、お仕事が入っちゃったからさぁ、そのお呼び出しってやつー?」

その内容はシャマイムの中では予想の範囲内だったので、然程驚きはしない。
しかしせっかくプライベートで買い物を楽しんでいたというのを考えれば、やはり多少は憂鬱だ。

「全く。せっかく買い物を楽しんでいたというのに。連行の場は見るわ仕事は入るわで散々だな。」
「仕方ないでしょー仕事なんだからぁ。文句は上司に言ってよねー。」
「まぁまぁ、仕事をしないと言っている訳ではないのだから、愚痴位は許しておくれよ。…ユラ、私は仕事が入ったのでね、その荷物を私の家に運んでおいてくれるかな。」

シャマイムがユラの髪を撫でながらそう頼めば、恐らくせっかく二人で休日を楽しんでいたところに邪魔が入ったのが不服なのだろう。
少し残念そうに頷いた。
そして、何かを思いついたかのように「あ」と声をあげる。

「そしたら果物、先に食べていい?」
「…1個だけだぞ。」

シャマイムの答えに、ユラはわーいと嬉しそうに言いながらるんるんとスキップをしてシャマイムの自宅がある方向へと歩いていく。
その愛嬌のある後姿は、何処か厭な予感を漂わせる。

「絶対全部食べちゃうよね、あの子。」
「……また買い直しだな。料金はアイツに請求してやる。」

はぁ、と大袈裟にため息を吐きながら、シャマイムとエルは自分達の仕事場へと足を進めた。




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