アルフライラ


Side白



国民の理解を得るのは、非常に、困難であった。
今ある資源を使って、今残っている資源を守るには、ノワールが行ったのと同じように、魔術結界をこの国に敷くしかない。
あくまで時間を止めることなく、この国土全体に、世界崩壊の時間軸が迫ることを防ぐ。
そして、結界の範囲を徐々に広げていき、豊かな大地を徐々に増やしていく。
自分達の世代で終わり切るものではない。何年、何十年、何百年とかけて世界を取り戻していくしかない。
この世界を覆った大災害の傷跡は、それ程までに根深く大きなものなのだ。
しかし、永く、長く、未来を、外の世界を求めていた人々にとって、悠長に、何百年もかけて世界を再生させていくなんて、待っていられないことだった。
不満が募り、その不満の矛先は、アラジンへと向けられる。

「何十年、何百年だと?!その頃にはもう俺たちは死んでるじゃないか!そんなに待てるか!」
「ずっと外の世界が見たくて!外に出たくて!そのためにお前たちに協力したっていうのに!結局外に出られないんじゃ、意味ないじゃないか!」
「これじゃあノワールの時代となんも変わらない!否、寿命がある分、ノワールがいた頃よりももっと性質が悪いじゃねぇか!」

国民たちの不安は、最もであった。
しかし、この国を、この世界を、正しい形に修復していくには、これしかない。これしかないのだと、力強く、根気強く、訴えていくしかない。
そんな時だった。

「その巨大な魔力の塊を使って、魔術師が世界中に魔力を注げば、数百年なんて時間使わなくてもいいんじゃないか……」

誰が言ったかわからない、その一言が、この国を狂気へ走らせた。


Part29 人柱


「魔術師が、世界中に魔力を注ぐ……って……」

アラジンが、言葉を復唱するように呟く。
魔術師が使う魔術には、多くの種類がある。植物を耕す魔術。水で満たす魔術。風を操る魔術。様々だ。
あの魔力の結晶を媒介に、魔術師がこの世界中に魔術を注げば、全く不可能という訳ではないだろう。だが。

「理論上は可能だけれど、物理的には不可能だ。」

その理論を、オズがきっぱりと否定する。

「人間、力を使いたくても、使い切れない時というのがあるだろう。それは、脳にリミッターがかかっているからだ。魔術だって一緒だよ。どんなに強力な魔術師でも、限界はある。世界全土に及ぶ魔術なんて、リミッターがあるから身の危険を感じて出し切れないし、そんなレベルの魔術を出させたら、魔術師はひとたまりもない。死んでしまう。」

オズの言っていることは正しい。
この都市国家全土だけでも、決して狭くはないのに、その外側にまで及ぶ魔術なんて、この都市国家にいる魔術師全員を使っても足りることはないだろう。
理論上完璧かもしれないけれど、事実上、物理的にその方法は不可能なのだ。
けれど、また、国民の一人が、呟く。

「いるじゃないか。」

そう呟いたのは、果たして本当に国民なのか。国民でもなんでもない、ただの畜生なのか悪魔なのか。
それに等しい存在としか思えない言葉が、次に、飛び出したのだ。

「死んでも構わない魔術師たちが。それも九人。いるじゃないか。」

その言葉に、アラジンは、オズは、コハクは、コクヨウは、アリスは、凍り付く。
九人の魔術師。
それは、先日、革命の時と、そして、ノワールを処刑したあの日に捕えられた、九人の魔術師。ノワールの部下として、彼に従っていたシャマイムと、彼の八人の部下。
彼等は今、処刑されることなく、ノワールが暮らしていた宮殿の、その地下牢に幽閉されている。
その言葉を聞いた国民たちは、そうだ、そうだ、と、声をあげる。そしてその声はだんだんと、大きくなっていく。
あの、革命が起きた、あの日のように。
そして、あの日のことをよく知っているアラジンは、この声を止める術はもうないということを、嫌という程、よく、知っていた。

「そうだ。人柱だ。昔の文献では、人柱というものが存在したというじゃないか。」
「どうせ処刑するに値する罪人たちだ。奴等が死んだところでどうということはない。」
「あの九人には犠牲になってもらおう。何、大罪人として歴史文献に載るよりも、世界を救った英雄として載ることになるんだから、本望だろう。」
「そうなればさっそく準備にとりかかろう。」

人の声というものは、恐ろしい。
そして何より恐ろしいのは、この、多数派の大きな声だ。大きな声は、小さな声に耳を傾けることなく、その声の大きさで掻き消してしまう。
自分が一番、それをよく知っていた。よく知っていたはずなのに。
少数派故に苦しんでいた自分は、気付けば、彼等を多数派へと転換させることでノワールを追いつめ、そして、今、また彼等の多数派という大きな声の波に、成す術なく、流されようとしていた。

「待て……駄目だ、待ってくれ!それじゃあ駄目だ!そんなことをしても、何の解決にも……!」
「なあ、アラジン。」

国民の一人が、アラジンを見る。
その目はひどく冷たくて、冷徹で、残酷で。冷え切った数多の瞳は、じっと、アラジンのことを見据えていた。
瞳の数は、一体幾つあるのだろう。数える気力さえ、なくなってしまう程だ。
気付けばアラジンは、その先の言葉を、失っていた。

「元はと言えば、お前が始めた革命だ。お前が革命者として、この世界を救う為に、やるべきことじゃないのか?」

気付けばアラジンは、革命者として、この国を導いた者として、『人柱を使い国を守った男』という、望みもしていない役者の台本を手渡されていた。
演じるのは、アラジン。観客は国民。断ることは許されない。もしも断れば、台本を破るなんてことがあれば、国民は、アラジンを信じて革命に乗り出してくれた同志たちは、掌を返してアラジンを裏切り者と罵り粛正するだろう。
この国を理想郷と語っておきながら、あっさり、ノワールを処刑台へと送った時と同じように。
足が震える。手が震える。
国民たちに向かって、コハクが、オズが、何か、怒鳴っている。けれど、どうしてだろうか、彼らが何を言っているかわからない。わからないのだ。
音が何も聞こえない。スローモーションで、目の前の景色が再生されているようだ。
この世界から、切り取られ、一歩後を引いた場所から、世界を眺めているようだ。
そんな、異常ともいえる空間で。異常過ぎる空間で。これ以上とどまっていることに、アラジンは、耐えられなかった。耐えられるほどの強い心を持っていたならば、きっと、このような結末になっていなかったかもしれない。

「…………わかった。」

ぽつりと、アラジンは、呟く。
歓喜に沸く国民。唖然とする仲間たち。仲間の一人が、コハクが、アラジンの肩を強く揺さぶる。

「アラジン!君は自分が何を言っているのかわかっているのかい!いくら彼等がノワールの仲間だったからとはいえ!此処までする必要はないって、君ならわかっているだろう!」

わかっている。わかっているとも。けれど、その正論はもう通じないのだ。
だって。

「俺は、既に、ノワールを殺した。」

ノワールを、もう殺した。殺してしまったのだ。この手で彼を処刑した。
あの日からもう、自分は、多数派の波に飲み込まれてしまったのだ。そして、それが一番楽な方法であると、知ってしまった。
だから。

「もう、一人も、九人も、十人も、もう、一緒なんだよ。」

自分が何て恐ろしいことを言っているのかわかっている。わかっているけれど、もう、後戻りはできないのだ。
革命を起こしたあの時から、全ての間違いは、始まっていたのだから。

 


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