アルフライラ


Side白



ノワール=カンフリエが処刑された。
それが起こったのは、ほぼ、同時であった。
大地が揺れ、ガラガラガラと何かが崩れ落ちるような音が、国中に響き渡ったのだ。その音の正体が何なのか、気付くのに、然程、時間はかからなかった。

「壁が!」

その声は誰のものだったか。自分のものか、はたまたそれ以外の誰かか。
この国を囲っていた、石造りの壁が、みるみる崩壊し始めていたのだ。
壁が崩れ、外の景色が、少しずつその視界に映り込んでいく。
始めこそ皆、笑顔であった。これが未来の象徴なのだと。ついに、自由を勝ち取ったのだと、誇らしい笑みを各々向けて、その壁が崩壊する様を見た。
しかし、その表情は、すぐに、崩れていく。

「……なんだ……これは……」

その目に広がっていたものは、自由な外の世界なんてものではない。
退廃的な滅びた世界。大地は死に絶え、草木は一本も生えずにひび割れていて。風が吹けば砂のみが飛び交う。風に乗って漂う腐臭は、淀み汚染された空気のせいだろう。
間違いなく、目の前には、絶望が広がっていた。


Part28 終焉の世界


この世界に時間を取り戻して、数か月の時が流れた。
乳飲み子だった赤子は乳離れをしてつかまり立ちをするようになり、小さな子どもは少し身長が伸びた。
各々、時間の流れを噛みしめ、喜んでいる面々は確かにいる。
けれど。
現状は最悪であった。
ノワールの死。その死で壁が崩れ落ちたが、あの壁は、世界崩壊の影響をこの国に及ぼさないための、結界の役割を果たしていた。
魔術によって無限に溢れ出る作物も、水も、その結界の恩恵によって生み出されているものであったし、そもそも腹が減るなんてことが起こらないから、少量でもなんとかなった。
けれど今は、腹が減る。腹が減って、食べなければ、飢えて死ぬ。
此処数十年は在り得なかった飢えが、乾きが、焦りとなり、国民の不安は徐々に高まりつつあった。

「アラジン。」
「オズ。どうだった?」
「駄目。大地は完全に死んでいるね。この先、ずっと進んでみたところで、結果は同じだろうから引き換えさせてもらったよ。」
「その方がいい。あまり遠くに行き過ぎて、戻ってこれなくなってしまう方が困るからな。」
「それとなんだけど……」
「なんだ?」

オズの表情は、心なしか暗い。あまりよくないニュースなのだろう。
覚悟を決めて、話してみろ、と、オズに言葉を投げかける。

「そうさせてもらうよ。じゃあ、話すけど……壁の向こうの土壌汚染がこちらにも浸食し始めて来ている。このままだと、魔術を使っても食料の生成が危うい。」

発言をためらう彼の表情から察することは出来たけれど、改めてそう言われると、頭が痛い。
今は多くの国民が三食食べ物を必要とする。そして、その食べ物を得るには、豊潤な大地と水と魔力が必要だ。
今は、大地も水も魔力も、全てが全て、欠けている。
食糧不足になるのは時間の問題だし、このままでは、数十年前に流行した疫病が再び蔓延するのだって、時間の問題だろう。
大地の浄化がまずは最優事項だ。その為にも、これ以上、国土の土壌汚染を食い止めなければならない。大気汚染にしても然りだ。

「ノワールが造ったものと同じような結界を、この国全体にまた張る必要がある訳か……」
「けれど、それはなかなか難しい話だよ。ノワールは……癪だけど、優秀な魔術師だった。あの男がどんな手段でこの国に結界を張っていたのかわからない。かなり膨大な魔力を使っていたのは事実、だけど……」
「これで、どうにかならないだろうか。」

アラジンはそう言って、オズに在るものを見せた。
部屋の棚に収められていた、巨大な、透き通った宝石の塊。それは一見水晶のようにも見えるけれど、淡い翠色の光を放ちながら、ふわふわとその場を漂っている。
これは、ノワールの古時計を破壊した際に入手した宝石だ。
この宝石が魔力の塊であり、この魔力を媒介としてノワールが魔術を施していたのは事実だろう。
オズは宝石をこんこん、と何度か叩きながら、うん、と小さく頷いた。

「これだけ純度の高い魔力の塊なら、確かにどうにか出来そうだけど……」

オズの言葉に、アラジンの表情が明るくなる。
拙い希望かもしれないけれど、縋るものが何もないよりは断然マシだ。この魔力の塊を使って、まずは国土の安全を確保するのが最優先だろう。
結界を張らなければならない。結局、ノワールと、あの男と同じことをするしか手段がないというのは非常に気に入らないけれど、でも、それでも、あの男とは違う方法で、違う形で、この国を導いていくことが出来るはずなのだ。

「アラジン。コハク。オズ。君たち、いつもいつもそうやって考え込んで、頭を使っているとお腹が空いてしまうよ?」

そう言って、コクヨウが鍋を抱えてやってくる。
テーブルにちょこんと乗せられた鍋敷きの上に鍋を置くと、ぐつぐつと煮立った鍋から、なんとも食欲をそそる香りが漂って来た。
口の中に唾液が広がり、腹が、きゅうと締め付けられるような心地。この数十年ぶりの空腹感というものには、未だ、中々慣れない。
カチャカチャと陶器が擦れる音と共に、アリスが複数の食器を持って来て、テーブルに並べていく。

「さ。食事の時間だ。まずは食べよう。国のことはもちろん一番大事だけれど、腹が減ってはなんとやら、だ。」

コクヨウは無邪気に、それこそ太陽のような、温かな笑みを浮かべる。
彼女の言う通り、食事というものは大事だ。まずは、腹ごしらえが最優先というものだろう。
腹が減るようになった今は、尚更だ。

「でも、こうして数十年ぶりに空腹を覚えると、さ。やっぱ色々不便だけど……でも、やっぱり、空腹になるからこそ、食事というものは美味しく感じられるよね。」

鍋を見つめて微笑むコハクの言葉に、同調するように皆が頷く。
朝起きて、腹が減って、食事をして、働いて、そして気付けば夜になって、そんな当たり前な一日一日が、時を刻むということが、こんなにも当たり前で、だけど、尊くて、大切で。
この日々は、人々の命がある限り、永遠に続くという訳にはいかないけれど。終わりの時はいつかきっと来るけれど。
でも。それでも。
少しでも長くこの日々が続けば良いと。皆と共に、未来に向かって、歩いていくことが出来たらいいと。
心の底から、そう思った。
そう、思っていた。

 


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