黄昏商店街


本編



アリスが暮らしていた国は、時が止まった世界。不老不死の、小さな都市国家だった。
老いることも、飢えることも、病で苦しむことも、死ぬこともない。
理想郷と呼ばれた都市国家。
しかし、その都市国家を否と唱える人物がいた。
時が止まったまま、未来へ歩もうとしないその世界。その世界に、希望なんてあるのか、と。
時が止まった世界は、確かに、老いることもない。死ぬこともない。
けれど、その世界では、子どもが大人になることも、新たな命が生まれることも、なかった。
そんな世界を否定した男が、革命を起こした。
多くの国民が同調した。
未来へ進むために、前へといくために、革命に同調した人々は、都市国家を支配していた男を処刑した。
処刑された男の名は、ノワール=カンフリエ。

「……久方振りだな、改革者。あの、処刑の時以来か。」

今、目の前で、アリスを助けた男。
この商店街を統括する、「町内会長」を名乗る男であった。


第9話 町内会長


「ノワール!アリスから離れろ!」

オズワルドが、町内会長に向かって吠える。彼がそう訴えるのも当然だろう。
彼等にとって、『ノワール』は宿敵も同然だし、彼等に殺された町内会長自身も、少なからず、恨みを持っていてもおかしくはない。
だからこそ、警戒するのはわかる。
町内会長は静かにアリスを地面に下ろすと、異形のモノを見つめた。

「安心しろ。お前たちのことを今更どうこうするつもりはない。」

今はアレの相手だ。
彼はそう呟くと、また、黒い触手を放つ異形のモノ、その攻撃を光で弾く。
す、と手を差し出せば、彼の手の平が紫色に光り、光の弾丸が異形のモノ目掛けて、弾丸のように攻撃をした。
弾が全弾命中し、異形のモノはまた呻き声をあげながら身体のバランスを崩す。
それを見届けた町内会長は、くるりと振り向き、アリスとオズワルド、二人の迷い人を見据えた。
アリスとオズワルドは、思わず身構える。
自分達が殺した男が目の前にいる。報復されるのも、覚悟の上、そのような顔であった。
二人の顔を見て、町内会長は思わず、溜息を吐く。

「……社守り屋。」
「あ、ああ。どうした?」
「御祈り屋と共に、町内会役員を全員集合させろ。片付け屋が来るまで、時間稼ぎと、住民の保護を優先させるぞ。」
「わかった。えっと……そっちの二人は?」
「放っておけ。そっちの、気まぐれ屋の目を通して全て見ていた。自ら行きたいと言って、来たのだろう?後は案内屋、お前が責任を持って二人を守れ。私は知らん。」

二人のことを気に留める様子もなく、町内会長は淡々と周囲に指示を出す。
社守り屋と御祈り屋は頷くと、商店街の奥へと走って行った。町内会役員と行っていたが、この商店街の中でも、それなりの身分がある者と、一般の者とで分かれているらしい。
アリスたちは、案内屋に促されて、もう少し下がるように言われ、手を引かれる。
待って、とアリスが呟くと、アリスは、町内会長に訴えかけた。

「恨んでないの?私たちを。」

彼を殺した自分たちを。結局、国を滅ぼしてしまった自分たちを。
しかし、町内会長は、そんなアリスのことなんて、興味もない様子だ。

「……お前たちは、私の大切な、国民だった。」

ぽつりと、小さな声で呟かれた彼の言葉を、アリスたちは、聞き逃さなかった。

「そして今は、この商店街の、大事な客人だ。」

その両手には、紫色の光。
こちらへ触手を伸ばして来る、異形のモノへと次々、光の弾丸を放っていく。
パン、パンと、光が弾ける音がすると共に、彼の、悲鳴に近い呻き声が響き渡った。

「昔も今も、私にとっては、それだけだ。」

触手が伸びて、地面を殴りつける。
地面がひび割れ、それを回避するように、案内屋はアリスとオズワルドを抱えて後ろへ下がる。
町内会長は地面を蹴って宙を舞い、異形のモノを勢いよく蹴り飛ばす。
聞き覚えのある、響くような叫び声が、アリスの耳を貫く。叫び声が耳に痛くて、思わず、耳を塞いだ。

『もう、何も考えたくない。』

その時だった。アリスの耳に、否、この場に居た全員の耳に、その声が届いたのは。
声を聞いて、アリスは、呆けた顔でその声の主を、異形のモノを、見つめる。
思わず呆けてしまったのは、アリスだけではなかったらしい。オズワルドも、そして、異形のモノを蹴り飛ばしたときのままの姿勢で、空中で動きを止めていた町内会長もだった。
そう。
この場に居る者が皆、彼の声を知っている。
もし知らないとすれば、それは、案内屋ぐらいだろうか。

『何も思い出したくない。何も。何も。もう、何も考えずに、このまま、朽ちてしまいたい。』

深い、深い、水の中にでもいるのではないかという程、沈んでいきそうな小さな声。
けれどその声は、間違いなく、あの異形のモノから聞こえていた。

「この声は……」
「町内会長!」

ぽつりと呟く、町内会長。案内屋の叫び声は、すぐに響いた。
異形のモノから伸びた無数の触手。その触手は、一瞬動きを止めた町内会長の隙を突いて、みるみるその身体に絡みついた。
木の幹と同じぐらいの太さのそれに巻き付かれた町内会長は、身動きが取れずに、そのまま、地面に叩きつけられる。

「ガッ……」

全身を強く叩きつけられ、赤い雫と共に、悲鳴を吐き出す。
アリスは思わず、両手で顔を覆った。

「町内会長!今助け……」
「来るな!」

町内会長の元へ行こうとする案内屋を、叫んで制した。
その覇気にびくりと身体を震わせた案内屋は、思わず、その場に佇む。
触手がぶつかった部分の地面は、黒ずんで変色している。それの巻き付かれている町内会長の肌も、じわじわと、全身が黒ずみ始めていた。
例え此処があの世とこの世の境だとしても。このままでは、彼の存在に関わるということは、見てすぐにわかった。
この商店街をまとめている彼のことだ。
きっと、ああいった存在の対処法は知っている。社守り屋たちへの指示も迅速だったのだから、手馴れているのだろう。
先程だって、あれを倒さんと、多くの光の弾を放っていた。
けれど、声が聞こえてから、町内会長の動きは明らかに鈍っていたのだ。
まるで、躊躇うように。

「こい、つは……殺したら、駄目だ……」
「何言ってるんですか町内会長!このままじゃ、貴方が消されてしまいますよ!」
「それも、俺の罪の形だろ……」

そう言って、彼は、自嘲気味に微笑む。
アリスは願う。嗚呼、その続きを言わないで欲しい、と。
何故ならば、アリスはもう、知っていたから。その異形のモノの正体を。だから怖かった。彼がそう呼ぶことで、認めてしまうことを。

「なあ。アラジン。ブラン=アラジニアよ。」

彼が、アリスたちの探し求めていた、彼であるということを。

「アラジン……?!じゃあ、その人が……」
「嗚呼、アリスの……アリスたちの……探し物、だ……コイツを、殺しちゃ、ならん……」
「ですが、このままじゃ……!」

案内屋が言葉を続けようとした、その時。
町内会長に絡みついていた触手が、異形のモノの根元から、すぱっと綺麗に切り別れた。
否、正確には、切り落とされた。
切り落とされた触手は青色の焔で包まれ、燃えていく。焔の中から、触手によって体を腐敗させられた、真っ黒な町内会長が落ちていった。
落ちていく町内会長に、案内屋が慌てて、手を伸ばす。
僅かに手が、届かない。
彼が地面に叩きつけられる、その瞬間、地面から生えて来た植物が、まるでクッションのように彼を包み込んだ。

「無茶しやがって!この莫迦!」

叫んだのは、御祈り屋だった。
町内会長の元へ、御祈り屋と社守り屋が駆け寄る。異形のモノ、否、アラジンの前には、巨大な筆をその手に持った、文字書き屋の姿があった。
筆の先端を握り締めて、何かを抜き仕草をする。すると、巨大な筆から現れた仕込み刀、その白い刀身が姿を現した。

「派手にやってくれたねぇ。うちの町内会長が、お世話になったようで。」

そう言って、文字書き屋が呟く。
軽やかな声色。けれど、淡々としたその口調から、彼が静かに、怒りを抱いているということがわかった。

「待って……!」

その人を殺さないで。
そう言いかけた、その時、何か温かく大きなものが、アリスの頭に触れた。
誰かが頭を撫でている。そう認識するのに少し時間がかかってしまうほど、その手つきは自然で。

「案ずるな。」

そう言った彼の声は、とても優しいものだった。
アリスは、首を上へと持ち上げる。
腰まで伸びた金色の髪が、夕焼けに生えてキラキラと輝いていて。
九つの尾を振り、その首に、金色の狐、その毛皮をぐるりとマフラーのように巻いていた。
顔には、細長い布のようなものがまるで包帯のようにぐるぐると撒かれていて、その顔は少し見えにくい。
けれど、その隙間から、細く鋭い、赤い瞳がちらりと見えた。

「本来は、ただ、片付けるだけが仕事なのだがな。」

男が呟く。

「この商店街を守り、あの男を助けてやろう。」

そう言って、九つの尾を持つ男は、アリスの前へと立った。

 


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