黄昏商店街


本編



「アラジン。それが、君の、君たちの探し物だね。」

案内屋の声に、アリスとオズワルドは頷く。
大好きで、大切であった、二人にとっての光。それが、ブラン=アラジニア。二人の探し物であった。
それがわかれば、後は実際に、その探し物を探すだけだ。

「しかし、探し物がヒト、となると……ふむ。何処を探せばいいのかな。」

そう言って、社守り屋は少し考える仕草をする。

「人であれば、現世にいる可能性もあるか?その場合は、代筆屋を呼んだ方が良いのだが……」

社守り屋の言葉に、アリスは小さく首を振る。
その否定が何を意味するのか、既に、この場にいる全員がわかっていた。

「きっと、彼も、この商店街に来てる。だって、此処は……」

死んだ人が来るところでしょう?
アリスのその言葉に、その場に居る者は皆、沈黙をした。
その沈黙は、当然、肯定を意味していたのだった。


第7話 文字書き屋と万事屋


黄昏商店街は、ただの商店街ではない。
あの世とこの世の狭間。そう言ってしまえば、わかりやすいだろうか。
この商店街に訪れる迷い人は、「未練を残して成仏が出来ぬ死人」なのだ。
鏡を通じて全てを視た彼女たちは、それを自覚してしまったのだろう。
己が死んだのだ、という、事実を。

「えーっと……あの、ショックかい?」

歯切れの悪い言い方で、案内屋は声をかける。
鏡屋曰く、此処まで鮮明に記憶を思い出すことは、稀なことらしい。
鏡屋に在る鏡は、アリスたちの潜在意識を刺激して記憶を呼び起こす。
それは、御祈り屋の儀式と酷く告示しているが、彼の祈りよりもより鮮明に思い出せるのだという。
あくまで彼に祈ってもらったからこそ、刺激されやすくなっているので、鏡屋に寄る前に、まずは御祈り屋を訪ねるのが、商店街におけるセオリーなのだそうだ。
鏡屋を訪ねても完全に記憶を思い出せるというのはごく少数で、自分が死者なのだと認識出来るのは、この探し物が見つかった時にようやく……ということが殆どらしい。

「ううん。そんなに。」
「僕も。既に、この世界は異質だからね。寧ろ納得。」

アリスとオズワルドは首を横に振る。
下手に取り乱してしまうよりも、その方が都合が良いというか、有難いのだろう。
案内屋はほっと胸を撫で下ろすような仕草をした。
とにかく、と、その場にいた御祈り屋は呟く。

「そのアラジンとやらを探さなければ、お前たちの目的は達成されない。面倒かもしれないが、こちらはアラジンが見つかるまで、付きあわせてもらうぞ。」
「そう言ってくれると、有難い。私も、アラジンに会いたいから。」

アリスはそう言って、御祈り屋に頭を小さく下げる。
アラジン。
アリスにとって、大切な人。大好きな人。今まで忘れていたけれど、その分だけ、胸に思いが膨らんでいく。
早く会いたい。
会ってどうするか、まだわからないけれど。
それでも会って、まず、伝えたいことが一つあるのだ。

「しかし、どうするか。鏡屋にも行った。この先にはもう、手掛かりがないぞ。地道に探すしか。」
「そうなると……聞き込みか。この商店街一体を歩き回っているやつなら、何かを知っているかもしれない。」

御祈り屋がきょろきょろと辺りを見渡していると、彼の姿を見つけた、二人の人間がこちらへ駆け寄って来た。
一人はアリスと同じ位の子どもで、顔の半分を狐の面で隠している。
一見、白い髪と白い服を着ているので、小さなおじいさんと見間違えてしまいそうだが、くりくりと大きな赤い瞳とつるりと滑るような白い肌が、彼の幼さを強調していた。
もう一人は、赤い髪の青年。
こちらは少年とは正反対に、黒い外套を羽織っている。落ち着いた雰囲気を放っていて、左目下にある泣きぼくろが特徴的だ。
白髪の少年が、あ、と声を出してこちらに駆け寄って来る。

「社守り屋と御祈り屋じゃーん!あ、案内屋も一緒?じゃあ、もしかして迷い人の案内中?」
「そうだ。……アリス。オズワルド。紹介する。こっちの白いのが文字書き屋。赤黒いのが万事屋だ。」
「赤黒いとはなんだ。赤黒いとは……」

文字書き屋と紹介された少年は、よろしく、と明るい笑顔で挨拶をし、万事屋は紹介の仕方が不服ではあったものの、礼儀正しく、頭を下げた。

「文字書き屋ってことは……小説家さん、とか?」
「んーん、違うよ。僕はその名の通り、文字を書くだけの仕事なんだ。店の看板の文字を書くのは、基本的に僕の仕事だよ。その他にも文字を書くことに関することは僕の仕事として受け持ってるけど……まぁ、流石に全ての文字を代わりに書くわけではないけどね。」

君も名札とか必要になったら、文字を書くよ。そう言って、文字書き屋はけたけたと楽しそうに笑う。
では、と、アリスは万事屋に視線を移す。
その意図がわかったのか、万事屋は、静かに口を開いた。

「やつがれは、文字通り、万事屋だ。なんでも請け負う。基本的には、どの職業の人間にも該当しないような仕事をすることが多い。まぁ、悪く言えば雑用……哉。今日も、文字書き屋が文字を刻んだ看板を、店に張り替える仕事をしていた。」
「結構便利だよー彼の仕事。」
「便利は心外。哉。」

万事屋が眉間にしわを寄せて、少し、頬を膨らませる仕草をした。
少し子どもっぽいその仕草は、何処か親しみを感じさせてくれる。
ふとオズワルドを見ると、彼は、じい、と文字書き屋のことを見つめていた。
恐らく彼は、この少年に思うところがあるのだろう。
ふわふわと柔らかそうな癖っ毛。撫でたらきっと、動物の毛のように柔らかいであろうそれ。その髪型は、アリスたちの旧友とよく似ていた。

「あ、もしかして、僕と同じ顔の知り合いがいるんでしょ?」

そう言って、びし、と文字書き屋はこちらに筆を向ける。
成程、文字書き屋と呼ばれるだけあって、筆が商売道具なのだろう。彼は、心外だよ、とぷんぷんと怒る仕草をする。

「僕は文字書き屋。それ以上でも、それ以下でもない。君たちに、同じ顔の知り合いがいるのかもしれないけれど、残念ながら、彼等と僕は、別人だよ。」
「……そう。ごめんね、似てたからつい。」
「ま、この商店街も地味に広いしね。君たちの知り合いも、案外、探し物を見つけた後に、この商店街に留まっていたりするんじゃないかな。」

そう言って、文字書き屋はけたけたと明るく笑う。
あの夫婦もこの商店街の何処かにいるとしたら。それは、とても喜ばしいような、そんな気がする。
ところで、と口を開いたのは、万事屋だった。

「貴殿たちは探し物をしていたのだろう。何を探しているんだ?」
「そうだ。万事屋、此処最近、彼女たち以外に職業を持たない人間を見なかったかい?それが、彼女たちの探し物なんだ。」
「……ふむ、迷い人の探し物もまた、迷い人ということか。否、残念ながら、やつがれも文字書き屋も、この商店街一体を歩き回っている職業ではあるが、そのような者は見ていない。」
「そうかあ。」

万事屋の言葉に案内屋は息を吐き、アリスもまた、がっかりしたような表情をする。
アリスのその表情を見て、思うところがあったのだろう。
しかし、と、万事屋は言葉を続ける。

「やつがれたちは、まだ、他にも仕事がある故、少し意識をして探してみよう。……貴殿たちの探し物が見つかることを、祈っている。」
「うん。ありがとう。万事屋。」

そう答えると、万事屋は、少し表情を緩めて、笑った。

「行くぞ。文字書き屋。仕事が済んだから、町内会長に報告をしないと。」
「あ、そうだったー。じゃ、またね、二人とも。次会う時は、探し物が見つかる時だといいね。」

この街に住んでいる人たちは、不思議な人たちばかりだけれど、それでも、空に広がる夕焼け空のように、温かな色の心を持つ人たちばかりなのだと、そう思いながら、アリスたちは二人の背中を見送った。

 


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