黄昏商店街


本編



「気まぐれ屋。お前に客人だぞ!」

神社へ戻ると、人気のない神社一体に向けて、社守り屋は大声を出して呼びかけた。
ざわざわと聞こえる、木々の擦れる音の中に響くその声は、中性的というにはあまりに女性的で、しかし、その力強さは、男性的なそれであった。
社守り屋の声に反応するように、神社一体は、シンと静まり返る。
それは、まるで、主の帰りをこの神社一体が出迎えているようにも思えた。

「呼んだかい。社守り屋。」

そして、その声と共に現れたのは、一人の青年。
白い髪は肩で綺麗に切りそろえられていて、明るく輝く翠色の左目と、鈍く光る、紫色の右目。右目の紫色は、先に出会った町内会長のそれと、何処か面影が重なる。
ふわりと揺れたのは、彼の頭部から生える、獣の耳と、腰よりやや下の位置から生えた獣の尾。
尾は二つに分かれており、ゆらりゆらりと異なる動きをしていて、飾り物ではないということが、それだけでよくわかった。
白い衣を羽織り、翠色の扇を仰ぎながら微笑む彼は、何処かで見たような、出会ったことのあるような、そんな、雰囲気を放っていて。

「……彼は気まぐれ屋。この商店街では、少しイレギュラーな肩書を持つ者。アリス。お前と同じ光景を見せてくれた青年だよ。」


第5話 気まぐれ屋


「……アリス?」
「彼女の名だ。」

気まぐれ屋はちらりと視線をこちらに動かし、異なる色の瞳でアリスをじい、と見つめた。
頭の先からつま先まで、見られているのは何となく落ち着かない。

「……アリス。本当に、アリスなのか。」
「……貴方は、私のことを、知っているの。」
「知らないけれど、知っている。君と同じさ。此処へ来る前の記憶がひどく曖昧でね。でも、嗚呼、そうだね、君よりは覚えているかもしれない。」

懐かしむように、感嘆の声をあげながら、気まぐれ屋はアリスの手を取る。
アリスの小さな手を取る気まぐれ屋の手は白く、そして、冷たい。けれど、彼の心まで冷たいものではないのだと、アリスは、なんとなくだが知っていた。
胸に込み上げて来る、温かなもの。
ふわふわとしていて曖昧で不透明で、けれど、その温かさが、懐かしさなのだろうと、アリスはじんわりと広がる胸の熱に思いをはせる。

「アリス、と言ったね。そう、僕と同じ光景を?」

気まぐれ屋の問いかけに、アリスは小さく頷く。

「永遠に明けることがない。そう思ってしまいそうな、夜明け前の、青紫色の空。散りばめられた、白い星々。地平線に浮かぶ、白い太陽と、月。それが、私が見た世界。」
「……僕も、君と同じ光景を見たよ。夜明け前の、あの空。その他にも、僕は見た光景があるんだ。」
「他にも?」

アリスは首を傾げる。
気まぐれ屋はそうだよ、と言うと、彼が御祈り屋の祈りによって、見つめた光景のことを話してくれた。

「僕が見たのは、小さな隠れ家。建物と建物、その路地の奥に佇む、古くカビ臭い、何年も使われてない古びた店。そこで、僕は誰かと笑っていた。明るい未来を夢みて。希望を夢みて。がむしゃらに前に進もうとする、力強い輝きを持つ、彼。そう、彼らと過ごす日々がたまらなく楽しくて、懐かしくて。」
「……彼?」
「嗚呼。彼だ。彼の名前は、思い出せない。だが、彼が僕の探し物でもあった。……きっと、君の探し物も、それだ。」
「私の、探し物。」

気まぐれ屋は柔らかく微笑むと、アリスの頭をぽんぽんと軽く撫でる。
胸に温かいものを覚えながら瞬きをしたその刹那、アリスは再び、異なる光景を見た。

『待たせた。今日の会合を始めよう。』

そう口を開いたのは、あの時、アリスの名を呼んだ男の声だった。
埃っぽい、木で出来た小さなテーブルを囲んで複数の人間が立っていて、彼等は皆、その声の主を見ていて。

『遅れて悪かった。アリス。』

彼は微笑んで、手を伸ばして、頭を撫でてくれた。
いつも、いつも彼は、頭を撫でて、曖昧に笑って、でも、そんな彼のことが愛おしくて。大好きで。
もう一度瞬きをすれば、また、景色は変わる。
そこは広場だった。
噴水から透き通った水が湧き出ていて、その先に目をやれば、黒い宮殿が厳かな面持ちで佇んでいて。
目の前で倒れ込んでいる青年に、アリスはそっと手を差し出していた。

『……傍にいてくれないか、アリス。』

また、瞬き。
次に見た光景は、元の、先程までいた社の前の景色であった。
気まぐれ屋が少し心配そうに、アリスの顔を覗き込んでいる。

「アリス。大丈夫?」

気まぐれ屋の問いかけに、アリスは小さく頷く。
この光景は一体何だろうかと、首を傾げてしまう。まるで御祈り屋に祈ってもらった時のようだった。
ちらりとアリスが御祈り屋を見ると、彼は小さく首を振る。
それは、自分は今祈ってはいないということを暗に示していた。

「一度祈らせてもらったからな。そのせいで、お前の中の奥深くに沈んでいた記憶が浮かび上がりやすくなっている。関係者との再会など、刺激が与えられることによって、より強く思い出そうとするのだろう。」

だから、と、御祈り屋は言葉を続ける。
その視線は、気まぐれ屋へと向けられていた。

「気まぐれ屋。お前も、思い出すものがあると思うぞ。……アリス同様、探し物を見つける気になったか?」

御祈り屋の言葉に、アリスは思わず目を丸めた。
同じ光景を見たという気まぐれ屋。そういえば彼は先程、『彼が僕の探し物であった』と、そう言った。
ということは、彼は探し物がある、アリスと同じ、「迷い人」ということではないだろうか。
そんなアリスの思考を呼んだかのように、そうだ、と、呟いたのは社守り屋であった。

「気まぐれ屋も、アリスと同じ迷い人だ。そして彼も、案内屋と共に探し物を見つけようと商店街を歩き回った。けれど、彼は探し物を探すことを止めた。止めてしまった。故に、彼は今、気まぐれ屋というイレギュラーの肩書きを持って此処にいる。本来であれば、いてはいけない存在なんだ。」
「いては、いけない?」
「商店街に留まっていいのは、探し物を探そうと模索する迷い人と、商店街に務める人間だけだ。彼は探し物を探すことを止める……つまり、迷い人であることを放棄したんだ。そうなれば、彼は商店街にいられない。だから、一時的に肩書きを持ってもらったのさ。」
「じゃあ、私も探し物を探すことをやめれば……」
「気まぐれ屋と同様、仮の肩書きを持ってもらうことになるだろうね。そして、社守り屋に監視される。イレギュラーの存在は仮の肩書を持ったうえで社守り屋に監視されるからね……社守り屋の許可がないと、この神社からは出られない。」

アリスの疑問に、淡々と案内屋が答える。
そして、アリスの瞳を見つめながら、少し曖昧に、困ったように、微笑んだ。

「僕はアリスが探し物を見つけたいと思う限り、君と共にそれを探し続ける。それが僕、案内屋の役割だから。でも、君が探し物を探すことを放棄すれば……僕に導かれることを放棄したとみなすことになるから、一緒にいれなくなるんだ。」
「そう、なんだ……」
「でもね。もし探すことを止めたとしても、探し直すことは出来るんだよ。」

そう言って、案内屋の力強い、太い腕が差し伸べられる。
その腕には、引き寄せられるような力強さがあるのを、アリスは誰よりも知っていた。

「ね、気まぐれ屋。……否、オズワルド。君も、もう一度、アリスと一緒に、探し物を探さないかい?」

案内屋は、屈託のない笑顔で、その手を気まぐれ屋へ向けたのだった。

 


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -