黄昏商店街


本編



商店街の外れまで歩いていくと、白く大きな鳥居が厳かな面持ちでその存在感を示していた。
呆けた顔でそれを眺めていると、案内屋と御祈り屋は、その鳥居をくぐるように促す。
一歩足を踏みしめて、その白い鳥居を潜っていくと、そこには大きすぎず、しかし決して小さくはない神社が静かに佇んでいた。
ふと、空を見上げ、アリスは目を丸める。
この商店街。黄昏商店街という空間は、夕焼け空で覆い尽くされている空間なのだと、案内屋から聞かされていた。
しかし、鳥居を潜った先に在るこの空間。
この空間の空だけは、昼間のような、鮮やかな青色だったのだ。

「ここは特殊な場所でね。この神社一体だけは、青空なんだ。」

御祈り屋もまた、青空を眺めながら呟く。

「さて、本命の社守り屋は……」

案内屋がきょろきょろと周囲を見回す。
しかし、周囲を見回しても視界に映るのは神社と木々と鳥居だけ。耳を澄ましてみても、木々が擦れる音が聞こえるばかりで、人の気配は感じられなかった。

「やっぱりか。」

案内屋と、そして、御祈り屋もが、やれやれと力なく息を吐いた。
想定の範囲内とはいえ、あまり範囲内であって欲しくない出来事故の溜息なのだろう。
やはり、社守り屋を探さなければならないらしい。

「一つ、心当たりがある。」

まずは、御祈り屋の心当たりを信じるしかないようだ。
アリスは、案内屋に手を引かれ、一度、青空の下に佇む神社を後にしたのだった。


第4話 社守り屋


御祈り屋に導かれた先は、再び商店街。
その中でも、キラキラと宝石のように輝く和菓子が売られる、和菓子屋であった。
季節をテーマに作られているのであろうその和菓子たちは、見ているだけでも四季を感じさせられる。
例えば、春をテーマにした和菓子は、桃色の餡を使ったおはぎだ。ちょこんと乗せられた本物であろう桜の花弁も、また可愛らしい。
夏をテーマにしたのであろう、水晶のように透き通った透明な餅の菓子には、まるで天の川を連想させるように、黒い蜜がかけられた上から、星屑を模した金箔が散りばめられている。
秋をテーマにしたものは、これは、本物の柿だろうか、そう思いながらじぃっと目を凝らしてみたけれど、成程、これはれっきとした菓子であった。店主なのであろう、水色の髪をしたお団子頭の女性が艶やかに微笑みながらこの菓子を二つに割ると、そこから、銀杏や紅葉の葉を連想させる、そっくりの形をした飴と黒い餡が顔を覗かせた。
見ているだけで、本当に、楽しい。
しかし、こんなところに本当に社守り屋は現れるのだろうか。

「すまん。これを一つくれないか。」

ふらりと現れた人物が指を示したその先。
そこには、真っ白な、雪だるまを連想させる白い大福。更に振りかけられている白い粉が、雪を強く連想させた。雪だるまのような大福の周囲には、氷のような千菓子が、雪の冷たさをより印象付けている。
冬をテーマにしたのであろうその菓子を購入した人物は、一口それを口に運ぶ。
この人物は、顔を布で覆っており、口元のみをこちらに覗かせていて、その口元以外では、表情は読み取れない。
それでも、菓子を一口運んだ時に揺るんだその口元は、「美味しい」と、何よりもわかりやすくこちらに伝えていた。

「おい。社守り。」

御祈り屋が、その人物に、声をかける。
もぐもぐと口元を動かしながら、その人物は、なんだと言いたげに首を傾げた。

「どうした、御祈り屋。お前も食べたいのか?」
「そうじゃない。またお前は勝手にあっちへふらふらこっちへふらふらしやがって。仕事をしないか、仕事を。」
「俺の仕事や社を守ることだ。今日も社は平和だろう?ほら、俺はきちんと仕事をしている。」

そう言って、社守り屋は、えへんと胸を張る。
きっと、胸を張るところではないのだろう。御祈り屋は、呆れるように、深く、深く溜息を吐く。
このままでは、きっと彼は苦労で髪を白く染めてしまうことになるだろう。
それだけは、阻止してやらねばならない、ような、気がする。

「あ、あの。」

アリスは、小さく、社守り屋に声をかける。
アリスに気付いたのか、社守り屋はこちらへ振り向き、首を傾げた。
顔は相変わらず布で覆われていて、その素顔はわからないけれど、こちらの様子はしっかりと見えているらしい。

「貴方が……社守り屋……?」

そう問いかける。
すると、社守り屋は穏やかに、とても優しく微笑んだ。

「いかにも。俺が社守り屋だ。お主は……ふむ、随分と小さな迷い子だな。」

口元を緩めて、社守り屋が、一口どうだと菓子を差し出す。
促されるまま、大福を一口ぱくりと食べてみれば、見た目は普通の大福なのに、口内にはまるで氷を食べたかのような冷たさが広がっていく。
ひんやりと身体が冷えていくこの感覚は、まさに、冬をテーマにした菓子に相応しいだろう。
けれど、この冷えていく感覚は、決して、嫌なものという訳ではない。
すっきりとした、歩き回り、疲れで火照った身体を冷やすのに、とても丁度良い菓子であった。

「美味いか?美味いだろう。これは和菓子屋の力作だからな!俺もお気に入りなんだ。故に、常に俺は此処に菓子を食べにくる。」

成程、彼の言動を考えれば、御祈り屋が当てがあると言った理由も、わからなくもない。

「わかるだろう、社守り屋。客人だ。……お前のところにいる気まぐれ屋。彼に会いたい。」
「嗚呼、成程。それで俺の元へ、と。確かに彼は、あまり商店街に留まることの出来る身体ではない故、俺の元にいるが……別に俺を介さず会っても良いだろうに。」
「社の敷地内は、あくまでお前の管轄だからな。」
「はは、御祈り屋は真面目だなぁ。だからこそ信頼に足る。」

そう言って、あっはっは、と、楽しそうに、社守り屋は笑う。
彼等の話に出た気まぐれ屋とは、誰だろうか。何故、そんな人と会いたいと御祈り屋は言うのだろうか。
わけもわからず、アリスは小さく首を傾げながら、ちらりと、案内屋を見る。
案内屋も御祈り屋の意図がわかってはいないようで、困ったように苦笑しながらこちらを見た。

「アリス。」

御祈り屋が、アリスの名を呼ぶ。

「先程の光景、覚えているな?」

そしてその問いかけに、アリスは首を縦に振った。
紫色の空。散りばめられた白い星。対のように浮かぶ大きな白い、淡く輝く月と太陽。
幻想的なその光景は、今も、瞼の裏に焼き付いている。

「実はな、お前以外にも、同じようにその景色を私に見せてくれた人がいるんだ。」

同じ景色。
つまり、それは、その人物も、アリスと同じ場所から来たかもしれなくて、アリスに会ったことがある人かもしれなくて。
それは、アリスにとって、探し物を見つけるための、重要な手がかりであることを意味した。

「そして、その人物が、気まぐれ屋という男なんだ。」

 


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