Pray-祈り-


本編



古びたものから、まだ少し、新しいものまで。
同じ表紙の本が何冊も並んでいて、それが日記帳なのだということが、わかった。
一冊手に取ると、パラパラと、アルバの字で、確かにその日あった出来事や、彼が感じたもの等が、日記帳に、記されていた。
彼が、几帳面で物事を記録する癖があったのだということが、今更になって、わかる。

「…すまない、アルバ。」

日記を読まれるのは不本意かもしれない。あの世でかなり怒っているかもしれない。
けれど、お前を知りたいんだ。
そう、自己弁護をしながらも、イノセントは、その日記帳を捲った。


第51器 アルバ=クロスの日記


××年●月×日
カートライト家の人から、呼び出された。
そこで僕は、自分の本来の出自について、聞かされた。僕は本当はカートライトの人間で、あの、イノセントさまの弟なのだそうだ。
双子なのだと言うけれど、全く似ていない。でも、目はよく似てるなって、ちょっと思った。
大人の人は、みんな言った。
僕は、あの人のために死ぬんだって。
あの人に万が一のことがあった時の、すぺあなんだって。
嫌だな。死にたくないな。怖いな。

××年●月▼日
屋敷の近くで泣いてたら、凄く綺麗な人に出会った。
その人はユーリって人で、僕のご先祖様の知り合いみたい。その人は、じんぎって呼ばれるものを集めてるんだって。
僕に、そのじんぎ集めを手伝ってほしいって言ってた。
お前の力が必要だって、言ってくれた。
初めて、そんなこと、言ってもらえた。嬉しかった。

××年●月◇日
イノセントと接触した。
話してみると、ちょっと内気で人と関わるのがあまり得意ではない、ごく普通の男の子という感じがした。
目がお揃いだと言うと、嬉しそうに笑ってて、悪い子じゃないということは、すぐにわかった。
でも、彼は生きることが許されて、僕は、許されない。
少し、否、かなり、羨ましい。

●●年▼月△日
初めて、人を殺した。
神器を集める為とはいえ、仕方ないとはいえ、俺は、初めて人を殺してしまった。
赤い血の感触が、何度手を洗っても、こびりついたままのように思えてならない。
ユーリは、仕方ないことだと言う。全て神器を集める為で、世界を救う為だからって。
本当に、そうなのか?でも、ユーリが言うのだから、きっと、間違っていないんだよな。きっと。

●●年×月×日
イノセントが協会に入ることになった。
周りは反対したんだけど、イノセントが、絶対に神器を一つにするって、はりきっていた。
きっと、ユーリが何か言ったのだろう。
でも、俺と一緒に戦いたいといってくれて、嬉しいと思う自分がいる。
俺は、コイツのせいで、死ななければいけない未来が待っているというのに。

●△年◇月■日
神器の集まりが、悪くなってきた。
他の国に散っている神器もあるから、俺が自ら赴いて、そっちの神器も集めることにする。
けれど、ユーリの提案で、敢えて神器をばら撒いて、犯罪を誘発させ、他の共鳴者もあぶり出そうという話が出た。
確かに、効率が良い。
けど、これでいいのか…?

△△年×月●日
全ての神器を集めるために、カートライトの血を継ぐ人間の命が必要になるのだそうだ。
家の人間が、私はイノセントのために死ぬというのは、そういうことだったらしい。
確かに、私も正式にカートライトの血を継いでいるのだから、丁度良いだろう。
ユーリは、私に言った。
周りが何と言おうと、イノセントを殺して、彼を贄に神器を一つにすればいいって。お前は死ぬ必要ないって。その為に頑張ろうって。
確かに、頑張りたいと思う。
ユーリの言っていることは、きっと、間違ってはいない。けれど、いいのだろうか。本当に、いいのだろうか。

△△年●月△日
ユーリの企みを知ってしまった。
全ての神器を集め、人々の命を媒介に神器を一つにし、その力を使って空間をゆがめるという。
つまり、神歴時代の再現だ。
自分も死ぬことになってしまうというのに、アイツは、何を考えているのだろう。
というか、神器を集めるのに、それだけの命を使うなんて、知らないぞ。イノセントの、カートライトの命だけで良かったんじゃない、のか?

△×年■月□日
身体はもう、ボロボロだ。
言われるがまま神器を使っていたから、ガタが来ているのかもしれない。
私の命は永くない。
どうせ永くないのであれば。私は。
でも、イノセントの代わりに死ぬなんて、筋書通りなんて、まっぴらだ…!
しかし、このままではユーリの筋書通りでもある。どうせ、私は死んでしまうんだ、同じ、死ぬのであれば。
少なくとも、エヴァさままで、巻き込む訳にはいかない。
私は、あの人の気持ちに応えられなかった。それならば、せめて。

○△年□月△日
エヴァさま。あなたの気持ちに応えられない自分がいて、歯痒く思います。
貴女のことを愛していないという訳では、ないのです。けれど、貴女を愛する資格が、自分にはないと、思ってしまうのです。
私は多くの罪を背負っているから。
だから、貴女を愛することは出来ない。一緒には、なれない。
けれど。その代わりではありませんが、貴女の愛する世界を、私に守らせてください。

○△年×月□日
サイ=ミークという研究者に出会った。
神器を物質から引き剥がす陣を完成させたらしい。後は、私がその陣の力を使って、全ての神器を一つにするだけだ。
命を、犠牲にして。

○△年×月○日
神器が、揃う。きっと、もう、揃うだろう。
デールとの約束だ。神器が揃い、全てを終わらせる時は、彼を殺す。…厭だ。そんなの、そんなの厭だ!
あの人は唯一、私の全てを知っている。私のこの企みも、目的も、全て知っている。
唯一の理解者だ。
殺したくない!殺したくない!殺したくない!殺したくない!
でも、約束なんだ。
約束、なんだ。

○△年×月●日
デールを、殺してしまった。
イノセントも、裏切ってしまった。
私に付いて来てくれるという、私の目的を知っている、七人の仲間も、みんな、巻き込んでしまった。
…本当の目的を知っているのは、ミストだけだが。
もう、後戻りは出来ない。
この日記も、これ以上綴られることは、ないだろう。

日記は、此処で途切れている。
しかし更に、次のページをめくると、まだ、文字が刻まれていた。そのページは、血で滲んでいるが、文字だけは、しっかりと読み取ることが出来た。

おい、莫迦イノセント。
この日記を、私以外の誰かが手にするのであれば、それはお前だと信じて、これを書く。
お前がこれを読んでいるということは、全てが終わり、私は、死んでいるということだ。
なぁ、イノセント。
私が兄弟だと知って、私がこんなことを思って生きていると知って、お前は、どう思った?
手段を選ばぬ行動に軽蔑したか?見て見ぬ振りして道化を演じる私を、莫迦だと嘲笑うか?それとも、ただただ純粋に、私の生い立ちを嘆き、私の死を、悲しんでくれるか?
…何を言っているんだろうな。
罪を犯した、咎人である私に、悲しんでもらえる資格なんて、あるはずがないのに。
人を守るということに疲れたシリル。
手を汚すことになっても居場所を求めたノア。
家族を求めたアレス。
鳥籠に囚われた主人を助けたかったヨアン。
妹を助けたかったミスト。
そんなミストを支えたかったフェレト。
皆、皆、様々な目的があった。皆、どんな形であれ人に絶望し、神器に絶望し、世界を少しでも良い形に出来るのであれば、多少に犠牲はやむを得ないと、そう言って、私の背中に付いて来てくれた。
この七人のうち、誰が生き残っている?誰が助かっている?誰が、…死んでしまった?
イノセント。
お前に頼む資格はないかもしれない。けれど、お前だからこそ、頼む。
もしもこの七人のうち、生き残っている仲間がいるのならば、便宜を図ってもらいたい。
亡くなってしまった仲間がいるのならば、弔ってもらいたい。
私は死んでしまうから。もう何も出来ないから。
お前にしか、頼れない。だから、頼む。これは、イノセントの親友だった、アルバ=クロスとしての願いだ。
あと、もう少し、頼みたいことがある。
…頼み事ばかりで情けないとか、思わないでくれよ?
エヴァさまのことを、頼む。
あの人もまた、カートライト家と、クロス家の被害者だ。きっと、この国に居る限り、彼女は不憫な思いをするだろう。否、何処にいてもきっと、変わらないかもしれないが。
東の国に、小鳥遊という家の者がいる。
何かあったら、この国にいられない何かがあったら、この家の人間を頼ってくれ。私が神器を集める際に立ち寄った国の者ではあるが、この家の者は、信用出来る。
後は、そうだな、神器のことだ。
きっと、神器は、私とユーリ=フェイトの命を媒介に一つに封印したはずだが、コイツのことについて、もしも気になることがあれば、サイ=ミークという男を訪ねると良い。
この男は全てを知っている。敵か味方かと言われれば、どちらでもない。ただ、知的欲求が強いイカレ野郎なだけだ。害はないだろう。

最期に。
アレスと私は、よく似ていた。だからもしかしたら、アイツもまた、命を絶つという選択を選んでいるかもしれないな。
アイツはよく私に言ったんだよ。ハマルと自分が、義兄弟じゃなかったら、他人だったら、純粋な友達だったら、ってな。
でも、私はそう思わない。
否、誤解しないでくれ。
お前と親友として生きている時間。カートライトへの恨みとか、ユーリから課せられた命とか、そういうの抜きに付き合っている時間。
正直、楽しかった。
お前のこと、妬んだよ。恨みもした。お前のこと、大嫌いだ。でも、楽しかったんだよ。とても。
私は、許せなかった。哀しかった。お前が、何も知らないということを。お前に、全てを伝えられないことを。
だから。
もしも来世なんてものがあるのなら、私は再び、お前と兄弟として、生きたい。
その時は、ただの双子として。カートライト家とか、クロス家とか、そんなのなくて。ただのイノセント=カートライトと、ただのアルバ=カートライトとして、生きることが出来たらと、そう、思うんだ。

色々、押し付けてしまう形になって、申し訳ない。
私に出来るのは、此処までだ。
みんなを、頼む。お前にしか、頼めない。兄さん。


お前の幼馴染であり、親友であり、弟である、アルバ=クロスより。


日記を全て読み終わり、シンとした沈黙が流れる。
イノセントは、ぱたりと静かに、日記帳を閉じた。

「莫迦野郎、私以外の誰かが見たら、どうするんだ。私のことを嫌いとか散々言っておいて、私のこと、信用し過ぎじゃないのか…!」

イノセントの肩は、震えていた。
瞳からは涙は流れていない。流さない。それは、堪えているかのようにも見える。
けれど彼の心は間違いなく、泣いていた。

「私だって…私だって、お前と、ただの家族として、在ることが出来たら…!」

悔やんでも悔やみきれないと、日記帳を抱きしめながら、イノセントは呟いた。

 


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