Pray-祈り-


本編



「そう、ですか。…アルバさま、亡くなったんですね。」

イノセントの話を聞いたエヴァは、神妙な面持ちで、俯く。
憂いのある瞳は、今にも涙を零してしまいそうな程、潤んでいる。しかし、彼女は顔をあげ、気丈に、優しく微笑んだ。

「屋敷が慌ただしかったので、そんな気は、していたのです。アルバさまは、いつもふらふらしていて、私の元になんて中々帰って来なくて、元々、私の傍にはいて下さらないような、そんな気は、していたのです。」

でも、と、彼女は小さく呟く。

「私の傍にいなくてもいいから、生きていて、欲しかったですね。」

そう言って微笑む彼女の声は、震えていた。


第50器 エヴァとアルバ


「イノセントさまは存じ上げているでしょうけど、クロス家とカートライト家は、ライバル関係といいますか…自分は本家だと言い張るカートライト家の喉元を、いつ噛み千切ろうか、クロス家が躍起になっている、そんな関係でした。私もまた、クロス家が躍進するための道具に過ぎず、カートライト家で不要となったアルバさまは、クロス家にとって、良い道具だったのです。道具同士、新たな道具を作る為の、利害関係の元の結婚と言いますでしょうか。」

その言葉に、神妙な面持ちのイノセントは、俯く。
彼はカートライト家の家長として育てられたのだ。クロス家とのいざこざも知っているだろうし、それ故に、クロス家がどんな状況だったのか、想像し難くはないだろう。
しかし、今までアルバはイノセントと何処か似ているからという理由でクロス家にもらわれたに過ぎないと、そう認識していた。
アルバが弟だとわかった今、彼が婿養子になった理由を思うと、胸が痛むのだろう。
そんな顔をしないでください、と、エヴァは優しく微笑んだ。

「アルバさまは、私のことをどう扱えば良いかわからないようでした。何時も、私のことをエヴァさま、って言って、敬語で接して…夫婦となるのだから、対等なお付き合いをしましょうと申しても、彼はいつも低姿勢で、戸惑ってしまうくらいでした。」
「あ、アイツ、私にはずばずば言う癖に…」
「ふふ、アルバさま、なんだかんだ言って、イノセントさまには心を開いていたのではないですか?幼馴染として、親友として振る舞わねばという前に。」
「…そうなのかな。」

くすくすと、エヴァは優しく微笑んでいる。
イノセントの反応や、アルバを思い出した時の彼の表情を見るだけで、生前、二人が今までどんなやりとりをしていたのか、想像出来たのだろう。
エヴァは、優しく、自分の腹を撫でた。
それが何を意味するのか、イノセントたちは、理解してしまう。同じ行動をする人を、つい先日見たばかりだから。

「つい、先日。わかったんです。本当は彼に、伝えようと思っていたのですが、彼はなかなか家にも戻らないですし、言うタイミングを、逃してしまって。」
「…じゃあ、その腹には…」
「アルバさまの、子です。アルバさまと以外、そのようなこと、してはおりませんから。後にも先にも、アルバさまと交わったのは、この時一回限りだったのですけれど。」

幸か不幸か、タイミングが良かったのですと彼女は笑う。
アルバは、知らなかったのだろうか。
彼のことだ。エヴァから聞かされていないのであれば、知ることはないのだろう。
もしアルバが、エヴァの懐妊を知っていれば、命を投げうつなんてことはしなかったのだろうか。
色々と考えが巡って来るが、もう、過ぎたことなのだ。これ以上、もしも、とか、たらればを考えていても仕方がない。
アルバは死んだ。
その事実は、覆ることがないのだ。

「そうだ、皆さま、アルバさまの部屋に行ってみませんか?」
「アルバの部屋に?でも、いいのか?」
「いいんですよ。勝手に死んでしまったのですから、部屋を見られても、バチは当たりません。自業自得ですわ。それに、どうせなら、貴方たちに、見てもらいたいんです。」

でないと、とエヴァは言葉を続ける。

「クロス家や、カートライト家の人達に、アルバさまの部屋を荒らされる可能性もありますから。それだけは、避けたいんです。アルバさまも、彼等に自分のことを探られるよりは、貴方たちの方が、ずっと、良いと思うんです。それに、イノセントさまも、本当は知りたいのでしょう?アルバさまがどう生きて、何故、死を選んだのか。」

エヴァの言葉に、イノセントは頷く。
確かに、エヴァにアルバのことを告げなければならないから此処に来たのは、紛れもない事実だ。
しかし、イノセントは、知りたかった。
何故アルバがこのような行動を起こしたのか。何故、死を選んだのか。何故、彼が。
既に、協会にあった彼の部屋は調べた。
だが、彼の部屋の何処をどう探しても、衣服や、茶器、菓子の材料等、ありきたりなものしか置いてはいなかったのだ。
イノセントや、他の団員がいることも多い協会には、見られても支障のないものしか置いていなかったのだろう。
彼がどう思い、どう生きたのか、もしも知ることが出来るのであれば、彼がエヴァと過ごしたこの屋敷にあるかもしれない。
そう思い、イノセントは彼女の元を訪ねたのだ。
そして、アルバの考えを知りたかったのは、アベルやエイブラムにとっても、同じだった。

「では、こちらへ。」

エヴァは立ち上がると、三人を案内する。
屋敷の中は誰もいなくて、四人が歩く音だけが、屋敷内に響いている。
この屋敷は、一人で生活するには、広すぎる。

「食事や掃除については、一定の時間にメイドが来て、行ってくれます。けれど、それ以外の時は、基本的に、私とアルバさまだけしかいませんでした。アルバさまがいない今、この屋敷は、とても広いです。」

彼女は寂しそうに笑いながら、一つの部屋の前で立ち止まった。
此処が、アルバの部屋なのだそうだ。
扉をゆっくり開ける。部屋の中は、きっちりと整えられていて、家主はあくまで寝泊まりのためだけに使っていたのだろうということがわかるくらい、生活感が、あまり感じられない。
茶器や、趣味の菓子類は協会に置いていたことを考えると、屋敷では、自分という人間を少しでも隠したかったのだろうということがわかる。
本棚に何冊は本があったり、ほんの僅かだけ、この部屋には家主がいたのだという証があった。

「これは…アルバ?否、女性だ…」

エイブラムが机の上にある写真に気付き、顔を覗かせる。そこには、穏やかに笑う、綺麗な翠色の髪と、青い瞳をした女性の写真が写っていた。
胸の部分まで伸びた、艶やかな髪と、笑顔が印象的に見える。
その雰囲気は、アルバとよく似ていた。

「…母様の写真だよ。我々が物心つく前に、亡くなった。」
「アルバさまが養子に出されたのは、イノセントさまやアルバさまのお母様が亡くなられた直後と聞きました。」
「もしかしたら、アルバさんの母さん、アルバさんを養子に出すの、反対だったのかもな。」

他にないか、探してみる。
しかし、写真の他には、本棚の本位しか、ない。その中にある本も、歴史書とか、言語書とか、ありきたいなものしかなかった。
もう他には手掛かりがないのだろうか、そう思いながら、エイブラムは屈んでベッドの下を覗き込んでみる。
男子というものは、こういうところに何かを隠していることがあるのだ。
そして、その予想は的中した。

「おい、何かあるぞ。」

エイブラムが言って、ベッドの下から何かを引きずり出す。
それは、トランクケースだった。鍵かかかっていて、あけることが出来ない。数字が刻まれたダイヤル式の鍵。正しい四つの数字を入れないと、開けることが出来ないのだろう。

「これ、番号って…」
「何だろうな。試しに、入れてみようか。」

カチャカチャと、心当たりのある番号を入れてみる。アルバの誕生日とか、団員の誕生日とか、エヴァ、そしてアルバたちの父や母の誕生日も、試しに入れてみた。
しかし、開く気配がない。
イノセントたち以外の誰かに見つかった時を想定して、誕生日という安直な数字には設定していないのかもしれない。

「さっきの写真に、何はヒントはないかな。」

エイブラムはそう言って、アルバの母親の写真に手を伸ばす。写真立てから写真を外すと、写真立ての中に、小さな数字が目立たぬよう刻まれていた。
2501
その四文字の数字を見て、まさかと思い、エイブラムはその数字をダイヤルに設定していく。
すると、カチャリという音を立てて、トランクの扉が解除された。

「写真立てにパスワードをつけるなんて、親切なのか、そうじゃないのか…」

少し文句を言いながらも、トランクをゆっくりと開ける。
すると、そこには何冊もの本が、保管されていた。無論、決して卑しい本という訳ではない。
それは。

「これは…日記帳…?」

アルバ=クロスの生涯が刻まれた、日記帳だった。

 


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