Pray-祈り-


本編



エヴァのいる屋敷を一度後にし、イノセントたちは、街外れにある古びた建物を訪れていた。
ドアをノックすると、ゆっくりと扉が開く。
そこには、白い髪に白い肌、そして白い瞳の少年が立っていて、じぃ、とこちらを見つめた後、無邪気な子供のように微笑んだ。
この男の名は、サイ=ミーク。
アルバの日記にも記されていた、研究者だ。

「ボクの存在に気付いたということは、アルバは死んじゃったのかな?じゃあ、あの構築式、失敗した?」
「否、成功した…と、思う。たぶん。全ての神器は一つとなり、そして、アルバが力を無効化させ、一本の木へと替えた。」
「へぇ、まったく別の物質になったんだねぇ。それはそれで興味があるけど。で、なんでボクの元へ訪れたんだい?」

椅子乗って、くるくると回転しながら無邪気に笑う少年は、実は結構良い年をしているのだという。
これで年上なのだというのだから、世の中わからないとエイブラムはひしひしと感じていた。
そんな幼い外見の彼に、イノセントが本題を伝える。

「あの神器は、間違いなく封印されたのか?永遠に?」
「永遠、とは、限らないなぁ。時間はずっと流れ続けているし、ただの人間である僕らの知識や力で、神の力を押し留めるには限界がある。きっと、何時かは封印は解かれるよ。」
「そしたら、同じことが…繰り返されるのか?」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。それは、わからない。でも、極力、悪用されないようにするしかないだろうね。」
「悪用されないようにするとは、たとえば?」
「神器の形を、もうわからないようにしちゃうとか。だって、木で出来てるんでしょう?加工だって出来ちゃうと思うよ。」

結構良いアイデアだと思うよ?そう言って、サイは無邪気に笑ったのであった。


第52器 神器の時代、その終焉


「荷物は、これで全てです。」
「ありがとうございます、おかげで助かりました。私一人では、持ちきれないものでしたから。」
「いえ。あちらについたら、小鳥遊家の人間が迎えに来てくれるということです。違う言葉や文化だと思うので、戸惑われることも多いかもしれませんが…」
「ふふ、心配してくれるのね、ありがとう。でも、大丈夫よ、寧ろ、わくわくしてるんだから。」

そう言って、エヴァは、少し大きくなった、己の腹を優しく撫でる。
その表情は愛おしげで、彼女が、女性から、母親へと変わろうとしていることがわかった。
あの事件から、三か月が経つ。
結局エヴァは、この国を離れることにした。カートライト家やクロス家というしがらみが根付いたこの国は息苦しいし、それならいっそ、全く新しい環境でやり直したいのだというエヴァの要望に応えた形になった。

「それに、寂しくないわ。これがあるもの。」

エヴァはそう言って、大きな振子時計を優しく撫でる。
神器が変化した木は、振子時計として、形を変えた。そしてその振子時計は、エヴァが所有することになったのだ。
いつ神器としての封印が解けるかわからないし、遠い国に行ってしまえば、それこそ不安要素もあるが、神器の危険性を熟知している人物が多いこの国にあるよりは、まだ、神器の存在というものを把握しきれていない異国にある方が、安全なのかもしれない。
それに、どんな形になったにしろ、この時計は、アルバの一部でもあるのだ。
それならば、彼女に持たせてやりたい。それが、イノセントの配慮であった。

「今後は、なかなか連絡することが出来ないかもしれないですが。」
「そう、ですわね。でも、お互い、幸せになれることを、祈りましょう。」

エヴァはそう言って、華やかに微笑みながら、船に乗る。
汽笛が鳴り響いて、ごうんごうんと、船は動き、この地から少しずつ離れて行く。
その姿を、イノセントは、船が小さくなるまで、見守り続けていた。

「無事に、幸せになれるといいな。彼女も。」
「そうだな。すまない、エイブラム、お前にもついて来てもらってしまって。」
「否、いいよ。それに、俺ももうすぐ卒業で、大学のこととか、結構どたばたしてるし…アベルが一番、どたばたしてるけど。」
「アイツ、大丈夫なのか?」
「平気だよ。アイツ、普段の成績は悪かったけど、本当は頭良いし。」

そう言って、エイブラムは笑った。
イノセントも、少し、困ったように笑う。
彼は、今まで来ていた神父服を脱ぎ、ごく普通の紳士のような恰好になっていた。今まで神父の印象が強かったせいもあり、少し、違和感がある。

「しかしイノセント、似合わないな。」
「し、仕方ないだろ?私だって、厭ではあるんだが…もう、あの服を着る必要もないし。それに、これから忙しくなる。」
「嗚呼、カートライト家とクロス家の解体だろ?」
「そうだ。周囲がどたばたしていてうるさくてな。でも、もう必要ないんだ。大きな家は。醜い身内同士の争いには、終止符を打ってもらわないと。」
「その後、イノセントは、どうするつもりなんだ?」
「何、クレメンスのところで、一緒に花屋でもしようかなって。…アイツにも、そう言われてしまったしな。」
「そうか。」

騒動が一段落して、周囲は少しずつ、変わりつつある。
ヴェルノたちは、情報屋は完全に足を洗って、今ではごく普通の酒屋を経営しているらしい。そこそこ繁盛しているみたいで、エイブラムはまだ未成年なので立ち寄ることは出来ないが、成人したら、訪れたいと思っている。
なおシリルも、警察を辞めてそこで働いているようだ。今までよりもずっと、活き活きとしているらしい。
フェレトも、腹の子は順調に育っているらしい。生まれたら絶対報告するからと、笑っていた。
今は、チェスターから勉強を教えてもらっていて、医者を目指しているらしい。どうやら、本当はミストが、医者になるという夢を持っていたのだそうだ。そしてその夢は、フェリシアの治療費を払うために働かなければならず、諦めた、とも。

「ミストの代わりじゃないけど、彼の分も、人を助けてやろうと思ってね。フェリシアも元々身体が弱いのは変わらないみたいだし、自分も、彼女のことを診られるようにならないと。」

そう言って、彼女は力強く笑っていた。きっと、彼女はもう大丈夫なのだろう。
フェリシアと、女二人、頑張っているらしい。
チェスターもフェレトの出産がひと段落したらこの国を離れるつもりらしいので、勉強を教えることにはひどく熱心であった。
ヨアンとフィオンは、既に隣国へと出たらしいが、チェスターと合流するまでは遠くへいけないと、愚痴っていたようである。

「僕、本格的に会社を大きくしようと思うんだ。エイブラムも、うちに就職しなよ。」
「…大学を出たらにしてくれ。その分、ちゃんと勉強しておくから。」
「はは、心強い。あ、ちなみに、もう既に社員は一人、雇うことにしたんだよ。」

オセロは己の創った会社を、どんどん拡大していっている、
かつてのオセロカンパニーをしのぐ、大企業になることは間違いないだろう。そしてなんと、そこではあのノアが働いている。
まともに勉強をしたことがなかった彼にとって、色々なことが初めてで、四苦八苦なのだそうだが、オセロが丁寧に指導しているのと、元々彼の飲み込みが良いのが合わさり、着実に伸びているのだそうだ。
彼の約束が社交辞令なのか本気なのかわかりにくいが、きっと、後者なのだろうと思う。

「そういえば、エイブラム。」

と、イノセントに話を戻される。

「アリステアとベイジルはどうしている?」
「二人とも、俺と同じ大学に進学が決まっているよ。一応、アベルもだけど。まぁみんな学科は違うけれど…それでも、同じ学校だし、親交は変わらないさ。」
「そうか。…なんだか、どんどん日常に戻ってきているという感じがするな。もう神器が使えないただの人間になって。いいことなんだけど、少し、寂しいように思ってしまうのは、不謹慎かな。」
「いや、それは俺も思う。あんなに慌ただしかった非日常が、少し、懐かしい。けれど、きっとこれでいいんだよ。」

そう言って、エイブラムが微笑むと、イノセントも釣られて、笑った。
この先、神器がどうなるのかは、わからない。
いつまでも封印されたままなのかもしれないし、何処かで、封印が解けてしまうかもしれない。それは何十年もしないうちかもしれないし、何百年も先かもしれない。
全てはわからないことだらけだ。

「おい、イノセント。まさか、もう神器がなくなったからこれでサヨナラ、なんてこと、言わないよな?」
「そ、そこまで冷たいつもりはない、ぞ?まぁ二度と会えなくなった奴もいるし、この先、遠い場所に行って、もう会うことが出来ない人たちもいるかもしれないけど。…けど、生きてれば会えるさ。」
「何か規模が大きすぎる気がするけどなぁ。まぁ、いいや。また明日。」
「…また?」
「また、だろ。野暮用だってまだまだ残っているんだし。」
「…そうだな。また、明日。」

そう言って、途中の左右別れている道を、イノセントは左へ、エイブラムは右へ、それぞれ進む。
神器の時代は、終わった。
また新たな時代が、来るかもしれないし、来ないかも、しれない。
それでも太陽は沈んで、また昇る。明日は、生きている限り、やって来る。
時代の終焉のその先も。
命或る限り続いていく。ずっと、ずっと。
だから、また明日。


End




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