Pray-祈り-


本編



「神器が、武器化、しただと…」

神器の形状が変わるのは、ベイジルの神器でも見覚えがある。
しかし、ベイジルの時は神器としての形状を保っていた。エイブラムの手に持つ神器は、ネックレスから剣へと、全く別のものに変化している。
その、大きな剣を見て、へぇと声を出しながらユーリは笑う。

「成程、お前の神器の主は、アイツか。」
「…ユーリ=フェイト…お前は、此処までだ。」
「どうだかな。」

二人は剣を振るい、互いに剣と剣をぶつけ合う。
厭な、鈍い金属音が響き、火花が散る。
エイブラムは赤い焔を、そしてユーリは青い焔を、それぞれ剣に纏わせて、力の限り、剣と剣をぶつけ合っていた。

「くっ…」

剣が、重い。
自分が持っている剣が重いという訳ではない。ユーリと剣をぶつけ合う時、その剣圧が、重いのだ。
ただの高校生が剣を振るうことなんてない。寧ろ初めてだ。
故に、元軍人のユーリと違い、エイブラムの動きは何処か鈍い。

「付け焼刃の剣技で、私に勝てると思っているのか?」

ユーリが、エイブラムの剣を薙ぎ払う。
剣はエイブラムの手を離れ、宙を舞ってから床へと突き刺さった。
大きく剣を振りかぶり、ユーリの刃はエイブラムの喉元へと突きつけられる。取りに行こうにも、動けない。

「さ、て。今度こそ。」

剣に力を込める。
その時、エイブラムとユーリ、二人の間に割って入るように、バチバチと雷が横切っていく。
突然のことにユーリは一歩下がり、エイブラムの身体は、誰かに引っ張られるように引き寄せられた。

「アベル…!」

エイブラムの身体を引き寄せたのは、アベルだった。
そして、二人の間を横切った電流の発生源。その方向へと視線を向けると、スタンガンを握り締めている、アルバの姿があった。


第48器 永い時の終焉へ向かいC


「アルバさん!」
「…やっぱ、ノアじゃないから、威力は落ちるな。」

そう言って、アルバは苦しそうに息を吐く。アルバが本来共鳴をしているのは、胸に下げたロザリオだけだ。
一般人と違い、少なからず他の神器と共鳴している共鳴者であれば、他の神器も操れない訳ではない。
しかし、当然威力は下がるし、体力も大幅に奪われる。
既にアルバの体力は、限界に近かった。

「アルバさんっ…!おい、エイブラムお前、神器はどうした…」
「ユーリに薙ぎ払われた。取りに行きたいのはやまやまだが」
「そうか、じゃあ掴まれ。」

アベルに言われるがまま、彼に掴まると、ぐにゃりと空間が歪む感覚がした。
つい先程まで地面につけていた足がふわりと浮かび、身体全体が振り回され、掻き回されるような、不可解な感覚に酔いそうになる。
その感覚が止み、再び地面に足がつくと、目の間に、薙ぎ払われたはずの剣、エイブラムの神器が在った。
そして更に目の前には、背を向けたユーリの姿がある。
アベルのことをよく見れば、彼の首についているチョーカーが淡い青色に光っていて、彼の神器が発動しているのだということがわかった。

「そうか、お前の能力は空間移動だったな…」
「そういうこと。ほら、剣を取れ、エイブラム。」
「言われなくとも。」

エイブラムは床から剣を抜くと、ユーリに向かって走る。
その気配に気付いたユーリは、その大きな剣でエイブラムのそれを受け止めた。
エイブラムの力に押され、その足は、ずるずると後ろに押される。
二人の剣は押し合い、ギシギシと軋む音をさせながら、睨みあっていた。一瞬こそエイブラムが押したものの、その力は、ユーリの方が上回っている。

「失せろ。」

ユーリが短く言うと、青い焔がユーリの身体を覆い、そして、エイブラムへと放たれる。
エイブラムもまた、赤い焔を盾にして、ユーリから数歩距離を置いた。

「イノセント、今だ。撃て。」

そしてアルバの合図とともに、イノセントが放つ、光の刃がユーリに降りかかる。
その刃は剣で払うと、あっさりと薙ぎ払われ、天井へとぶつかった。ガラガラと天井が崩れ、崩れた場所から、光が漏れる。

「…ッ!」

注がれる光に、ユーリは目を細める。
朝日。
気付けば長い時間がたち、外は朝を迎えていたのだ。朝日の眩しい光にユーリは目が眩み、ゆらゆらと足がふらつく。

「エイブラム!」

アルバの叫び声と同時。目を細め、動きが鈍ったその隙を突いてエイブラムは神器を振るい、雷を放つ。
バチバチという電気の塊がユーリの腕にぶつかり、その反動で、手から剣が離れた。
ユーリの手から剣が離れると、アルバはそのまま駆け、ユーリの身体を掴み、一緒になって倒れ込む。
そこは、血の円陣、その中心。

「捕まえた。」

アルバが笑う。
地面から生えた植物は、ユーリの身体を縫い付けるように貫いていく。
いくらユーリでも、身体は生身の人間。当然、植物に貫かれる痛みで、顔をしかめた。

「アルバ、お前、どうするつもりだ…!」
「こうするつもりだよ。」

アルバはにっと不敵に笑い、ロザリオを手に取る。
ロザリオを天に掲げると、その先端を、己の喉元へ向けて突き刺した。

「なっ…!」

その光景に、一同は声をあげる。
ロザリオを両手で握り締め、喉に突き刺すその姿。それは一見、まるで神に祈っているようにも見えてしまう。
彼の喉から溢れる血液は、アルバ自身を、そして、ユーリを血で濡らす。
その姿は生贄を捧ぐ魔術を行う為の、儀式の過程のようだ。

「…“全ての神器よ。神々の心臓、その結晶よ。今こそ再び一つになる時。”」

アルバが言葉を噤む。
その時、アベルの、アリステアの、ベイジルの、フェレトの、エイブラムの、そして、イノセントの持っている神器が、彼等の手を離れて宙を舞う。
その中には、イノセントが下階で預かった、かつての仲間たちの神器も在った。
神器が淡く輝くと、その中から透き通った透明な宝石が現れる。
宝石たちは、アルバの刻んだ血の円陣の所々に、まるで自分たちの定位置を把握しているかのように舞い降りた。

「アルバ!何をしようとしてるんだ!」

イノセントが、叫ぶ。
しかしアルバは、イノセントの言葉に耳を傾けない。彼の刻んだ円陣に沿うように、めきめきと木の根が這う。
全身が血まみれだというのに、アルバは、笑っていた。

「…神器を集めるためには、カートライトの命と、そして、無数の命が必要だ。けどな、…永く永く、ヒトよりに永く生きたお前なら、その無数の命を、一人で賄えるんじゃないか?ユーリ=フェイト。」
「貴様、まさか…!」
「神器は一つにする。けど、死ぬのは私とお前だけだ…!」

アルバの血で赤く染まったロザリオを、ユーリの胸へと突き刺す。
どぷりと、血飛沫が舞い上がった。

「“空高き場所に集う神々よ、今、一つと成れ。一つと成り、我と永久の眠りへ堕ちよ。”」

アルバの言葉と共に、アルバが手に握っていたロザリオからもまた、宝石が溢れ出す。円陣が光り輝き、宝石は円の中心にいるアルバの頭上に集い、光り輝いた。
光が強くなる。と同時に、アルバの生み出した植物が、全ての神器に呼応するように天へと昇り、天井を貫く。
ぼこぼこと音を立てながら天井が突き破られると、その上空には青い空が広がり、白い雲が浮かび上がり、太陽が、白く光り輝いていた。
太陽の光に、アルバは目を細める。

「…眩しいなぁ。」

声を漏らすと同時に、ごぽりと、喉から、血が溢れる。
ひゅーひゅーと風が吹き漏れるような感覚がし、意識も遠のいていく。嗚呼、もうすぐ死ぬんだな、とアルバは他人事のように思った。
天に上る太陽は、自分が欲しがっていたもの、まさにそれだ。
温かくて眩しくて。みんなに愛されて、なくてはみんな生きていけなくて。
誰からも愛される存在になりたかった。必要とされる存在になりたかった。なくてはならない存在になりたかった。

「アルバァ!!」

自分の名を呼ぶ、あの男のように。

「いの、せんと…」

イノセントが手を伸ばす。
けれど、その手を拒むかのように、イノセントを払いのけるように、植物達が絡み合い、二人の間に壁を造る。
彼のようになりたかった。
彼が羨ましかった。
彼が大嫌いだった。
けれど。それでも。それだからこそ。
彼の事が、大好きだったのだ。兄として。親友として。上司として。仲間として。
アルバは、空を見上げる。
太陽と自分の間に割って入るように、一つとなった巨大な宝石が、目の前に現れた。そして、植物が、アルバとユーリを包みように、覆い被さる。
太陽が、見えなくなる。

「…にい、さ…」

アルバが呟く、その瞬間。
宝石ごとアルバたちを飲み込んだ植物は絡み合い、大きく広がり、彼等の生き血を啜りながら、一本の、小さな木へと変化した。

 


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -