Pray-祈り-


本編



「…アルバ。何故、私を裏切る?お前も、全てを壊したいと、そう思ったのだろう?だからこそ、私に協力をして来た。違うか?」

ユーリが問いかける。
ズキンズキンと、腹部の傷が、やたら痛む。
フェレトの能力は、時を止めることが出来ても、戻すことは、出来ない。
アルバの傷の進行を、そして、死に逝く時間を止めているに過ぎないこの身体は、既に、痛みと疲労で満身創痍だ。

「…そう、だなぁ…」

アルバも、答える。
確かに、それもそうだ。
イノセントを妬み。カートライト家とクロス家を恨み。他の仲間も巻き込んで。仲間たちを裏切って。仲間を死に追いやって。
それでも、その上で、全てを壊そうと、そうしていた。

『さ、仕上げましょう。最期の仕上げ。救ってください、全部。』

ミストの言葉が、脳裏に浮かぶ。
これも走馬灯の一種だろうかと思いながら、アルバは、口元に笑みを浮かべた。
確かにイノセントは大嫌いだ。何も知らず、平和に、不自由なく、全てに恵まれ過ごすことが出来た彼のことは、憎い。妬ましい。そして、その仕組みを作った、カートライト家も、クロス家も、全て、消し去ってしまいたい。

「…私は、認められたかった。」

神器を一つにすることが出来れば、英雄ともてはやされるのではないかと、幼心に思った。
でも、死にたくはなかった。
だから、他人の命を犠牲にしてでも、神器を奪い、集め、より効率を良くするために、共鳴者をあぶり出す為に、神器をばら撒いた。
そのせいで、多くの心無い共鳴者によって、一般人が犠牲になったのも、知っている。その遺族が、今もどれだけ苦しんでいるのかも、知っている。
その罪は消えない。
今でも、神器を一つにしようと、そう、思う決意は変わらないし、その為に、他人の命をまた、踏み台にしようとしたのは、紛れもない事実だ。

「血がだいぶ抜けたからかなぁ、ユーリ。なんか、頭がぼうっとして、やけに冴えるんだよ。」

アルバは微笑む。
そして、すぐに、ユーリを睨んだ。忌々しい赤い瞳を、金色の瞳を、アルバは睨む。

「今なら、わかる。神器の声が聞こえる。神器の、心臓の、魂の記憶が私には聞こえる。そして、言うんだよ。お前だけは信じるなと。」
「…その神器…」
「三番目の神の使い。お前が殺した男の心臓だ!ユーリ=フェイト!」

アルバが叫ぶと、その叫び声に呼応するように、植物が地面から一気に飛び出した。


第46器 永い時の終焉へ向かいA


ユーリ=フェイトは、生きることに、飽きていた。
クロスとの約束から、もう、数十年以上の時が流れていて、もう、親友だったクロスの顔も、声も、忘れ果てようとしていたのだ。
みんな、ユーリの前からいなくなり、死んでしまった。
最初にいなくなったのは、ユーリやクロスにとって、兄貴分のような存在だった、ロキ=ウガトルド。彼は優しく、賢く、優秀な軍人だったが、妻子を喪い、戦乙女の誘惑に屈して、力を得て、戦火を広げて行ってしまった。
最終的には妻子の敵である敵国の将軍を討ち、本人は至って満足そうに、死んでいった。
あの時から、全てが始まってしまったのだ。
真実を知ろうとして、ロキを狂わせた戦乙女を葬り、神器は、神の心臓である結晶は、全国に散りばめられていった。
その日以来、ユーリは、不可解な夢を見るようになった。
夢の中では、ユーリは人間ではなく、人間と同じ姿をしているが、本性は異なる、異形な種族の姿をしていたのだ。
青い焔を操り、金色の耳と尾を持ち地上を駆け、そして、守るべきものを守るために戦い、数多の人を、牙で、爪で、焔で、嬲り殺していた。
夢の中の自分は、何体もの屍を眺めていても、不思議と心を痛めてはいなかった。寧ろ、これは当然のことなのだと、自分は、正しいことをしているのだと、そう確信していた。

『全ては、理想郷を再び得る為に。全ては、あの方の為に。』

夢の中の自分は、そう呟いて、己の力を最大限に振るっていた。
当初こそ、こんな酷い夢を見て、何度も吐き、狂い、のたうち回った。これはきっと、あの、イーファ=メルクスという名の魔女がかけた呪いの一部なのだと、そう、思っていた。
しかし、その仮説は間違っていた。
夢は年を追うごとに鮮明になり、詳細まで見ることが出来るようになり、それは、己の前世、否、過去の己自身の記憶だということを、理解した。理解してしまった。一番、知りたくないことを、知ることとなったのだ。
全てを理解した頃には、既に、クロスはこの世を去っていた。
もし、人と同じ寿命しか得ていなければ、この不可解な夢の真相を知ることはなかっただろう。哀しき哉、人為らざる寿命を得てしまったからこそ、辿り付いてしまった真実。

「何故、私は…」

その頃には、自分が本当は何者なのか、わからなくなっていた。
夢と現実。
その区別が、境界線が、みるみる曖昧になっていき、自分がユーリ=フェイトなのか、それとも、夢に出て来る、過去の己自身なのか、それとも誰でもないのか。
曖昧に、わからなくなって来て、そして、悩むことすら、ユーリは放棄をしていた。

『どうして、君は…』

目を閉じると、記憶がぷかりと浮かび上がる。
白髪の女性が、自分に、刃を突き立てているのだ。胸に深く刺さったそれの痛みは、夢の割には酷くリアルで、やはりこれは実体験による過去の記憶なのだということを実感する。
『ユーリ』ではない、別の名前を呼ぶ、女性。
嗚呼、自分は、この女に惹かれていたのか。故に、この記憶だけがやけに鮮明で、一番最初に思い出したのも、この女のことなのだと、ユーリは想った。
けれど、この記憶は既に滅びた世界での記憶。
もう、この女は何処にもいない。自分のように、記憶を有し、この世に生きているのだとしても、それを見つけられる保証はどこにもないし、会えたとしても、その人は、彼女ではない。
諦めなければいけないのに、何故記憶はこうもふわりふわりと浮かび上がっていくのだろう。
残酷な、凄惨な、人を殺す記憶よりもずっと、白い女との記憶が、想いが、ユーリの胸を苦しくさせた。

「…会いたい…」

彼女に会いたい。
どんなことをしてでも、どのようなことがあったとしても、自分は、彼女に出会いたい。
けれど、出会う術がない。
どうすればいい。どうすれば会える。
ロキは死んだ。クロスも死んだ。クロスの子も、更にその子も死に、少しずつ、自分の立場というものが、居場所というものが、なくなっていく。
独り取り残され、長い時間を生き過ぎたユーリにとって、記憶に残る友が、そして、見知らぬ過去の女への想いが、この世に自分を留めるナニカになっていた。
時間は、膨大にあった。
膨大に在ったからこそ、ユーリは、その記憶に残る時代のことを、徹底的に調べ上げた。残されている書物がないか、日記のような手記でも良い、その時代の手がかりになるものさえあれば。
そう調べているうちに、ユーリは或る結論に辿り着いた。
それが、元々の自分達の悲願であり、忘れかけていた、目的。神器を、全て集めること。
魔女に力を与えた神々の結晶。それは、世界を創り上げ、そして、世界を滅ぼす程の、膨大なエネルギーが秘められている。
だからこそ、ユーリはその神器を、全て、集めなければならないと確信した。
しかし、そこで問題が発生する。
神器を集める、その手段。
既に、クロス家も、カートライト家も、家同士の派閥争いが置きはじめようとしていた。ぎすぎすした雰囲気が流れ、間に入る隙を与えない。魔女の呪い通り、身内同士で争うという馬鹿馬鹿しい事態が、いつ起きてもおかしくはなかった。
そんな彼等は、己の家の繁栄が第一で、当初の、クロスの目的であった神器を集めるという悲願をかなえたがる者は、何処にもいなかった。
その証に、此処十数年以上は、新たな神器を手に入れられてはいない。
そんな時に、ユーリが目を付けた、少年がいた。

「……クロス…?」

声をかけると、力ない瞳で、少年がこちらを浮かべる。
目の下は真っ赤で、青い瞳と金の瞳のオッドアイがやけに綺麗に見えて、色鮮やかな翠色の髪は、あの時の親友とは全く違う色なのに、それでも、その顔立ちや雰囲気から、何処か、かつての親友と姿を重ねてしまった。

「…おにいさん、だれ…?」

それが、ユーリ=フェイトと、アルバ=クロスの出会いだったのだ。

 


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