Pray-祈り-


本編



真っ赤な液体が、まるで、花のように色鮮やかに飛び散っていく。
銀色の刃が、腹部を貫くように刺さっていて、それだけで、もうそれは致命傷なのだということが、よくわかった。
どうして彼が此処にいるのか。
どうして彼が、剣を握って、襲ってくるのか。
イノセントたちには、どうしても、理解することが出来なかった。
男が剣を振ると、その剣に刺さっていたアルバが、ずるりと刃から抜けて力なく崩れ落ちる。
広がる血の海に沈む彼を抱き起すと、イノセントは、その剣の持ち主を睨んだ。

「どうして、どうしてだ…!」

男は、眉をピクリとも動かさない。
じっと、ただただ冷たい瞳で、イノセントのことを見つめていた。

「どうして、こんなことを…!ユーリ=フェイト…!」

金色の髪を鮮やかに揺らして、血と同じ、真っ赤な瞳でユーリはイノセントのことを見つめていた。


第45器 永い時の終焉へ向かい@


「何故?それはこっちの台詞だ、イノセント=カートライト。何故、神器を一つにすることを拒む?」
「そ、れは…!」
「私と、そして、クロスの悲願だ。それを邪魔されるのであれば、もう、こうするしか手はないだろう。」

そうしなければ死ねない。
そう、ユーリは答える。

「私が魔女から受けた呪いは、永久に生き続ける呪いだ。私は、何度も見て来た。クロスの死も、その子の死も、更にその子の死も。誰と友人になっても、結局は皆、私よりも早く死んでいく。かつての友が成長し、老いていくというのに、私だけは、時間が止まったまま、取り残された、ままなんだよ。」

全ての神器が集まらない限り、ユーリの呪いが解けることはない。
呪いが解けることがなければ、永遠に、ユーリは生き続けることになってしまう。

「もう、たくさんだ。」

ぐ、とユーリの剣を握る力が強まる。
彼の周囲から、青い焔がごうごうと燃え盛っていて、その熱気に、イノセントたちは思わず顔をしかめた。

「独りは、もう厭なんだ。だから私は、或る、考えに思い至った。」
「…考え…?」
「神器を一つにし、世界を、滅ぼす。全ての世界を、なかったことにするんだよ。嘗ての神子が、そうしたように。」

世界の破滅。
全ての神々の命を糧に、神子が世界を滅ぼしたという、神歴時代。
ユーリは、あの時代を再び再現しようと言うのだ。
突拍子もない彼の言葉に、一同は当然、目を丸める。世界の破滅を再現するということは、自分たちだけではない。他の人々も、それ所か、世界中の人間までもが、命を落とす。
神器を一つにするというだけで、何十人もの人間が犠牲になるかもしれないというのに、それすらをも、彼がしようとしていることは、凌駕するというのだ。
ユーリは忌々しげに、イノセントの胸に抱かれる、アルバを見る。
どくどくと腹部からは血が溢れ続けていて、それは、既に致死量であるということは、明確だった。
身体が上下に動いていて、微かに、息をしているということがわかる。

「残念だよ、アルバ。お前は私の期待に応えてくれると、思ったんだがな。」
「…どういう、ことだ…」
「そのままの意味だよ。イノセント。アルバは幼い頃から、私の忠実な手足。神器を集める為に、私の望みをかなえるために動いていた、哀れな道化。」
「…!」

容易かったよ、と、ユーリは嗤う。

「優しく撫でて、微笑んで、お前だけが頼りだと、お前の力が必要だと、そう語れば、その子は容易く堕ちた。イノセントではなく、お前がと語れば、彼は喜んで私の望みをかなえてくれたよ。嫉妬というのは、羨望というのは恐ろしいなイノセント。家族の温もりを喪い、存在意義を求め、ただ死ぬためだけに存在していたアルバの、可哀想な心へ付け入るのは、本当に容易かったよ。」

イノセントの、アルバを抱きしめる力が強まる。
最初から歯車は狂っていた。
神器が、神々の心臓が全て飛び散ったあの時から、その時から、既に、全ての崩壊が、始まっていたのだ。

「再び神器を一つに、そして、世界を無に!この力があれば、全てが叶う。知識と心が歪んだこの力で、時間を曲げて、空間を曲げて、草木も大地も生物をも滅ぼし、全てを流す。そうして、また、全てを繰り返すんだ。」
「全てを…繰り返す…?」
「嗚呼、そうだ。全てを繰り返す。そしてまた、私は、あの時代に戻るんだ。あの人のいる、あの方のいる、あの時代へ…!」
「ユーリ…お前は、何を言っているんだ…」

ユーリは嬉々とした顔で、己の理想を、その唇から語っていく。
しかし、それはあまりにも突拍子のない話で、規模が大きすぎて、夢物語のようで、誰もが、理解することが出来ていなかった。

「…なぁ…お前…お前は本当に…ユーリなのか…?あの、ユーリ=フェイトなのか…?お前は一体、誰なんだ…?!」

イノセントが叫ぶ。
それまで笑顔だったユーリは、ぴたりと真顔になり、イノセントを見る。
その瞳は無機質で、色も感情も全て拭い去ったかのような、間置いた空間は、酷く、酷く不気味で、額から汗がどっと溢れ、イノセントの身体は、かたかたと、小さく、震えた。
ぞくりとした寒気が、この空間を包み込んでいる。

「誰、か。そうだな…私は確かに、ユーリ=フェイトだ。しかし、私は私であって、私ではない。」

くすくすくすと、小さく声を立てて、ユーリは嗤う。
その姿に、かつての、自分達にアドバイスをしてくれた、図書館の司書の面影はない。
もっと、こう、どろりとした泥のような、血なまぐさい何かを飲み込んだ、不気味な存在のように見えた。

「安心しろ。死は、僅かな間の眠りに過ぎない。すぐに目覚めて、そして、また、出会えるさ。しかし次は、此処ではなく、もっと別の、創り上げられた、理想郷で、だがな。」

ユーリはそう言って、剣を、振り下ろす。
アルバを抱きしめて、固く目を閉じたイノセントは、全ての終わりを覚悟した。

「…あき、…らめ、んじゃねぇよ…クソが…」

胸元から、聞こえる声。
淡い翠色の光がキラリと煌めいたかと思うと、地面から生えた植物が、ユーリの剣を、薙ぎ払う。
その植物を操っているのが誰か、すぐに、イノセントは理解した。

「…アルバ…お前…!」
「騒ぐな…さっさと終わらせるぞ…」

よろよろと、アルバは立ち上がる。
ただ立っているだけでも、アルバの身体からはどばどばと血液が流れ落ちていて、これ以上動けば、彼の死を早めるだけだというのが、痛い程、わかる。
それでもアルバは、立っていた。

「フェレト!私の傷口の進行を神器で止めろ!アリステアとベイジルは、フェレトを守れ!アベル、お前も下がるんだ。エイブラム、イノセント、お前は私と来い!」

アルバが、声をあげる。
フェレトが杖を天へ掲げると、杖に施された紫色の宝石が光り輝く。その輝きは、アルバの身体を包み、そして、彼の傷口から溢れる血は、止まった。
しかしそれは治癒術ではない。
あくまで彼が死ぬという時間を、遅らせているだけなのだ。この戦いが終われば、アルバはもう。

「イノセント。よく聞け。私はお前が妬ましい!私は、お前が大嫌いだ!それは、今も、この先も、変わらない!」
「アルバ…今それを言うか…」
「今だからこそ言うんだ!お前が大嫌いだが…だが、私も、このままでは…困るんでね…最期の、共闘だ。力を貸せ、イノセント!」

二人の神器が、翠色に、そして、白色に、淡く輝く。

「お前もだ!力を貸せ、エイブラム!」
「言われなくても、わかっている…!」

そして、エイブラムのネックレスも、淡く、赤色に輝いた。

 


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