Pray-祈り-


本編



イノセントの『まさか』と思っていた考えは、的中してしまった。
イノセントの為に死ぬ。
それが、何を意味するのか。
神器を一つにするためには、カートライトの血を引く人間の命が必要。
そうなれば、本来、犠牲となるのはカートライト家の家長である、イノセントが一番有力だ。
しかし、イノセントは、カートライト家の家長。彼がいなくなれば、今後、家を継ぐ人間は、クロス家から輩出される分家の人間ということになる。
今まで築いて来たカートライト家としての力が、脅かされる可能性すらあるのだ。
それだけは避けたい。
しかし、神器も、完成させなければならない。
そんな時、イノセントと、双子の片割れとして生まれて来たアルバは、都合の良い存在であった。

「だから、言ったろ?私は、お前のために死ぬことを決定付けられているんだって。」

全てが、決められている。
それを肯定するということは、一体、どれだけ辛いのだろう。どれだけ苦しいのだろう。
しかし、それを、想像することは出来ない。
だって、それはアルバだけが抱える苦しみで、アルバだけが抱える悲しみで、イノセントがイノセントであり、アルバがアルバであるという、自分と異なる人間だという事実がある限り、簡単に、彼の苦しみを、理解することは出来ないのだ。

「お前には、絶対、わからないことだよ。」


第44器 翠の青年は嫉妬に溺れB


「お前を瀕死に追い込み、あの円陣の中心に設置して、残りの神器も手にすれば…全て整うはずだったんだけどな。」

どうやら、それは赦されないらしい。
そう言って、アルバがもう一度、銃をイノセントへ向けて、放つ。
銃弾はイノセントへと当たる前に、目の前に生えて来た植物の壁によって、阻まれてしまった。
アルバの胸に下げられたロザリオが、翠色に光り輝いている。
アルバの意思とは無関係に、神器の力が解放されているという証であった。

「それも、適わないようだ。」

残念そうに、笑う。
全てを諦めたような、そんな、笑み。

「それに、お前を死に追いやった所で、私はもう時間が少ない。」

アルバは口元を手で覆いながらゲホゲホと咳き込む。
口元から手を放すと、その手のひらには、赤黒い液体がこびり付いていて、その液体が何なのか、すぐにわかったイノセントの表情は青ざめていく。
顔色が悪いぞ、と、アルバは力なく笑った。
そんなことを言っているアルバの方が、顔色は圧倒的に悪い。

「これが、神器を使いすぎた共鳴者の末路だ。私には時間がない。それでも、私はお前を殺したかった。お前のために生きて、お前のために死ぬ、自分のためなんてものが少しもない人生があまりに厭で、少しでも抵抗したかった結果が、これだ。」

惨めだろう?と、笑う。
しかし、誰も笑わない。笑えない。笑おうとすら、そもそも思わない。
死ぬ未来を決定付けられ、自分の意思とは無関係に、確実に死へと向かって、レールの上を歩いていく。
それ程、恐怖を抱かせるものは存在しない。
だって、そうして生きていくということが、最終的に、己の死へ結びつくとわかっていながら、行動するのだから。
人間は、いずれ死ぬ生き物だ。広すぎる視点で見れば、人間は最終的には、死ぬために生きているといっても過言ではない。けれど、何十年も先に、いつか寿命で死ぬ未来と、近い未来、必ず、誰かのために敢えて死ななければいけないのでは、次元が違う。違過ぎる。
誰だって死にたくはない。
それなのに、死ぬために生きなければいけないのは、どんな気持ちだろうか。
生きたいと、死にたくはないと、思うのが普通ではないだろうか。
例え、自分以外の誰かを犠牲にすることになったとしても。他人を蹴落としてでも、生きたいと願うのが、普通ではないだろうか。
それを惨めだと、笑うことの出来る人がいるというのであれば、その人はもう、人間ではない。

「私は、悲しいよ。アルバ。」

イノセントは、ただただ、悲しかった。
ずっと、一緒に居たのに。
幼いころからずっと、傍にいて、幼馴染として、兄弟同然に、否、本来兄弟であったのだけれど、それでも、そう思いながら過ごしていた。
それなのに、気付いてやることが出来なかったという事実が、イノセントに、ずしりとのしかかる。
イノセントを羨み、妬み、きっと恨みさえも、しただろう。全てを知った上で、イノセントの傍にいなければならなかったのは、屈辱でしかなかったであろう。
アルバがそう思いながら過ごしていたという事実は、友人だと、親友だと思っていたのは自分だけだったという事実は、悲しい。
けれどそれ以上に、それに気付かなかった自分自身の鈍感さが、何より悲しかった。

「呪いさえなければ、私たちは、こんな…」
「それは違うさ。イノセント。」

アルバが否定をする。
何故、とイノセントが不思議そうにアルバを見ていると、アルバは、その理由をゆっくりと説明した。

「呪いがあってもなくても、結果は変わらない。どうあがいても、我々は争い、滅びる運命なんだ。」
「…どうして…」
「カートライト家とクロス家は、神器を集めるために大きくなった。そして、大きくなりすぎた。大きくなった家は、権力が強くなりすぎた家は、権力をめぐり、争う。結局、人間というのは、そういうものなんだ。お前だって、よくわかっているだろう?」

イノセントは、無言という名の肯定をする。
権力が大きくなったが故に、家が大きくなりすぎた故に、家の中に流れる緊張感。それは、イノセントが、一番よくわかっていた。

「ただ、悲しいというのは、同意見だよ。」
「…アルバ…」
「ただの兄とただの弟として生きていたら。否、いっそのこと、本当にただの他人だったら、私は、私たちは、こうはならなかっただろうな。」
「アルバ…」

コツコツコツと、アルバはゆっくり歩いていく。そして、円陣の前へと立った。

「神器は、一つにしなければならない。これは、カートライト家の、クロス家の意思でもある。」
「アルバ!」
「止めるな、イノセント。この神器はお前を殺すことは出来なくても、お前の神器を奪うことや、お前の目的を阻むことくらいは、出来るんだから。」
「アルバ、でも…!」
「それに、どちらにしても神器を一つにしなければ…」

その時。
どたどたどたと、慌ただしく、階段を上って来る音が下から響く。
何かと思えば、青い顔をしたアリステアと、ベイジルと、そして、目に涙を浮かべだ、フェレトが、現れたのだ。
その中に、ミストの姿は、ない。
異常を察知したイノセントとアルバは、怪訝な顔を浮かべる。

「…フェレト。ミストはどうした。何があった。」

アルバが、問いかける。
フェレトはアルバを見つめると、その瞳に浮かべていた涙を、決壊したダムのように、ぽろぽろと頬に伝わせていく。
ひっくひっくとしゃくりあげる様子は、彼女らしくなく、とても痛々しい。

「み、すとは…ころ、され…ました…自分たちを、此処まで、逃がすために…」
「誰に、やられた?」
「…それは…」

フェレトが言い終えるよりも前。
カツンカツンと音を立てて、ゆっくりと階段を上っていく音が、聞こえて来る。
それだけではなく、ズルズルと、何かを引きずっている音も聞こえるのだから、余計、不気味だ。
地から這いあがって来るようなその音は、薄気味悪くて、不気味で、不吉なものが現れることを、予感させるようでもあった。

「…お、まえは…」

ずるずると巨大な剣を引きずりながら歩くその男は、ジ、とイノセントのことを見つめた。
冷たい無機質な、血と同じ色の瞳。
ぞくりと背筋が凍るような思いをしながら男を見ていると、男は、イノセント目掛けて、剣を突き出す。

「イノセント!」

皆が、叫ぶ。
剣の先端が、イノセントを貫く。
その、瞬間。

「…なっ…」

イノセントの身体が、宙へと浮く。
誰かが、誰かがイノセントの身体を、押したのだ。押されたイノセントの視界には、彼の代わりに、巨大な剣に串刺しにされる、アルバ=クロスの姿があった。

 


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