Pray-祈り-


本編



固く目を閉じていたイノセントは、不思議と痛みを感じない違和感に、恐る恐る目をあけた。
イノセントの胸を貫こうとしていた木の根は、丁度イノセントの目の前でぴたりと停止している。
そして、その光景を、アルバもまた、驚きの表情で見つめていた。
わざとアルバが止めているという訳ではないらしい。

「な、何故…?!何故だ!何故その男の身体を貫かない?!」

アルバが吠える。
木の根はアルバの命令を拒絶するかのように、頑なに動こうとはしなかった。
イノセントを傷つけることを拒むように。イノセントを守るかのように。
そして、淡く、白い光がイノセントを包んでいた。

「これは…」

その光は、神器の光。
淡く暖かい、けれども悲しい光を放つその神器を見て、アルバも、そしてイノセントも、何故目の前の木の根が、イノセントを貫こうとしないのかを理解した。
理解してしまった。

「ちっ…!そういうことかよ…!」

神器は、神々の心臓が宿った物質。
そしてその心臓は、かつて、分身と称される『使者』の胸に宿っていた。
今でこそ、ただ力を与えるエネルギーの塊に過ぎない心臓には、生前の使者たちの魂が刻み込まれていても、おかしくはない。
もしもそれが本当なのであれば、生前、関わりがあった使者同士が、神器同士が、傷つけあうことを拒むケースがあるかもしれない。
迷信だと思っていた仮説が、今此処で、証明されてしまったのだ。
神器を使ってイノセントを殺すことを諦めたアルバは、懐から銃を取り出して宙吊りになっていたイノセントを狙い、引き金を引く。
放たれた銃弾はイノセント目掛けて飛んで行くが、イノセントの身体は、彼の足を捉えていた蔦によって振り回され、銃弾を掠めていった。
まるで、アルバの神器が、意思を持って、イノセントを守っているかのように。
そしてそれは、アルバにとって、酷くショックな出来事であった。
自分が共鳴した神器。自分が解放させた神器。なのに、それなのに、その神器は、アルバが誰よりも嫌っている、誰よりも憎んでいるイノセントを守っている。
神器にすら、アルバが否定されているように感じられたのだ。

「どうして、どうして、お前ばかり…!」

神器までもがイノセントを守るのであれば、それと共鳴しているアルバもまた、イノセントを守るべき存在なのだと、認めることになってしまうではないかと、そう思えてならなかったのだ。


第43器 翠の青年は嫉妬に溺れA


「イノセント!」
「アルバさん!」

扉を開けて、聞き覚えのある声と、見覚えのある姿の人物が二人、部屋へと入って来る。
赤い髪と、青い髪。対照的な色をした二人は、かつてと同じように隣り合いながら、その部屋へと足を踏み入れた。
エイブラムとアベル。
二人の関係性は、エイブラムとアベルの関係と何処か似ているようで、実は違う。
エイブラムをアベルが引っ張るように、イノセントをアルバが引っ張るように、引っ張る人物がいないと、引っ張られる側であるエイブラムやイノセントは、何も出来ないかのような、そんな、よく似た関係性。
けれど、エイブラムもイノセントも、二人とも同じようにアベルやアルバを必要とはしていたが、決して、彼等がいないと何も出来ないという訳ではない。
切っ掛けさえあれば、二人とも、きちんと自分の足で立ち上がり、歩くことが出来るのだ。
アベルは、エイブラムに必要とされることで自分の依存心を満たしていた。
アルバは、イノセントを守れと命じられてきたから、義務感で傍にいた。
二組の関係は、主に此処で分岐をする。
だから、アベルは、何も知らないエイブラムをただただ守ることだけが存在意義という訳ではなく、全てを知った上で、それでも隣り合わせで一緒にいることもまた、必要とされるということなのだということを理解すれば、もう同じ過ちは繰り返さない。
しかしアルバは違う。
アルバの心は、どうやっても、満たされることもなければ、癒されることもなければ、救われることもない。
自分を縛る、縛り続ける存在がある限り。
アルバがアルバ=クロスであり、イノセントがイノセント=カートライトである限り。クロス家とカートライト家がある限り。呪いや神器がある限り。二人の関係は、あらゆるしがらみに縛り付けられる。

「アベル、お前が…エイブラムと共に此処へ来ることは、わかっていたよ。」
「…アルバさん…俺…」
「言うな。それ以上、言うな。」

アベルの言葉を、アルバは優しい声色で、遮る。
彼等が此処まで来たということは、皆、此処まで、上ることが出来たということだ。そして、それが何を指すのか、アルバはもうとっくに理解をしていた。
パチンとアルバが指を鳴らすと、イノセントの足を掴んでいた蔓がほどけ、イノセントの身体が床へと落下する。
どすんという音を立てて尻から落ちたイノセントは、痛そうに呻きながら身体を起こした。

「イノセント。皆は、どうなった?」
「アレスとハマルが、死んだ。後の皆は、生きている、けど、フェレトとミスト、アリステアとベイジルは…置いて、先に進んだから、わからない。」
「そうか。」

ふぅ、とアルバは大きく息を吐く。
そして、無機質な天井を、ただただ見上げた。生気のない白い、無機質な天井。
その白は、まるで自分のようだとすら思えてしまう。
生き甲斐も目的も何もなく、ただただ、命じられるがままに生きて来た憐れな道化。
全てが恵まれたままに生きて来たイノセントを妬み、彼のように、恵まれた人生を送りたいと願い、その為に、全てを利用し、傷つけ、奪い、奪われるがままに生きた、愚かな人生。
違う道もあったかもしれない。
しかし、その違う道を探す術を、アルバは持っていなかった。
持つことが出来なかった。

「なぁ、イノセント。知っているか。全ての神器を一つにするには、クロス=カートライトの血を継ぐ人間の力が必要なんだ。」

アルバの背にある、赤い円陣をちらりと見ながら、イノセントに問いかける。
どうやらイノセントは、その事実を知らなかったらしい。よくわからないと言いたげに、首を傾げていた。
知っている訳がないだろう。
知っていれば、全てを理解することになれば、イノセントは酷くショックを受けるだろうし、それ以上に、現状を打開しようと、足掻く。
それは、他の人間にとって、避けておきたいことであった。
だから、真実はイノセントに語られることなく、固く固く、秘密にされ続けていたのだから。

「理由は、私にもよくわからない。けれど、クロス=カートライトの血が、一番、神器を惹きつけやすいんだそうだ。代々カートライトの血筋の者から共鳴者が現れやすいらしいが、それも原因の一つだろう。そして、全ての神器を一つにするためには、カートライトの人間を媒介にするだけでなく、もっと多くのエネルギー…人の命も、必要なのだそうだ。」
「…それは、シリルから聞いた。全ての人間が死のうと、関係ないとも…」
「嗚呼、アイツ、そんなことを言っていたのか。」

そう言って、アルバは乾いた笑いを浮かべる。
困ったような表情を浮かべる彼の顔は、つい最近まで顔を合わせていた時のアルバと全く同じで、それが、ひどく苦しく、切なく感じられた。

「なぁ、アルバ、他に方法はないのか?人の命を奪わずに、神器を一つにする方法は。」
「残念ながら、ないよ。いかなる物質においても、壊すことよりも、直すことの方が、壊すときの数倍以上労力を必要とするんだ。戦乙女という一人の魔女を殺め、神器をバラバラにしたのであれば、当然、魔女一人分よりも、数倍のエネルギーの命を使わなければいけない。」

そして、かつて一つであった結晶を用いて、城を産み出し、人を惑わし、使い魔を操った魔女の力は、計り知れない。
少なくとも、魔女一人分の命だって、人一人分では全く足りない程だ。
そして、それよりも数倍…ということになれば、多くの人間の命が必要となってしまうことは、厭という程、よくわかった。
しかしそれでも、イノセントは、他の方法を探りたいと、そう思ったのだ。
誰だって、好き好んで、多くの犠牲を出したくはない。

「それに、多くの人の命の他に、カートライトの血を引く人間の命も必要となると…」
「そのまさかだよ。」

アルバは笑う。
口元は笑っているが、瞳は、今にも泣きそうな程、哀しそうに見えた。

「私の命が、その代わりだよ。イノセント。私は、お前の代わりに、神器と一つになる為に生まれたのだから。」

 


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