Pray-祈り-


本編



「アルバ。あの方が、カートライト家を継ぐ、イノセント=カートライトだ。」

初めて彼を見たときは、まだ、年齢は二桁にもなっていなかった時だったと思う。
自分を引き取った、クロス家の家長に連れられて、イノセントの顔を見に行った。
父親に手を引かれ、少し控えめな顔で落ち着きなく周囲を見ているその姿は、何処にでもいる無垢な少年。
その無垢さがあまりにも眩しすぎて、そして、全てを知らないが故に浮かべられることの出来るすの姿が酷く羨ましく思えた。

「お前の兄だった男だ。」

兄『だった』男。
クロス家に引き取られ、カートライト家との繋がりが一切途切れてしまった今、彼とは血縁上の繋がりがあるとしても、所詮はただの他人でしかない。
もし容姿が似ているのであればまた違ったのかもしれないが、二卵性で、髪の色も異なるため、気付く者は誰もいない。
書類上、イノセントは一人っ子として生まれたことになっていて、アルバは、書類上、存在しない父親と存在しない母親から生まれたことになっている。

「お前は、あの人の為に、死になさい。」

ズシリと胸にのしかかる言葉は、重い。
まだ十歳にも満たない子供が、死ぬことが確定している未来を与えられるということがどういうことなのか。
アルバにとって、イノセントは、自分の死を決定付ける存在でしか、なかったのだ。


第42器 翠の青年は嫉妬に溺れ@


固く閉ざされた扉の前に、イノセントは独り立っていた。
この先に、アルバがいる。
そう思うと指先が一気に冷えて、手が震えてしまう。怖いかと問われれば、答えはイエスだ。
どういう顔で会えばいいのかもわからないし、ハマルとアレスの最期を見てしまった手前、ああならないとも限らない。
そう思うと、どうしても、怖くて仕方がないと思ってしまうのだ。
だからと言って、いつまでも此処にいるわけにはいかないだろう。
アルバと対峙する為に此処に来たし、アルバと対峙する為に、皆に道をあけてもらったのだから。
冷えた金属質の金具に触れて、扉をゆっくり押し開く。
想像していたよりもすんなり扉は開かれ、そこには、よく見知った顔が立っていた。
無機質な真っ白い部屋に、一人、立っている。
彼の後ろには、その無機質な部屋には似つかわしくない、真っ赤な円陣が刻まれていた。

「よぉ、イノセント。随分早かったな。」
「…アルバ…!」

翠がかった白髪。否、本来鮮やかな翠色だったその髪は、気付けば白く変化してしまっていた。
そっくりであったオッドアイの瞳こそ、二人が似ていたという証だったのだろう。
アルバはにこやかに微笑んでいるが、その瞳に、その肌の色に、生気は感じられない。
神器は、使えば使う程、人の生命エネルギーを奪っていく。
使い方を間違わなければ、過度の使いすぎなければ、人の命を奪う程ではない。
しかし、毎日毎日、体力の限界を超えて使い続けているのであれば、話は別だ。元々許容されている己のエネルギー以上の力を使っていれば、それは命を削るという形で現れる。
今であればわかる。アルバは正に、その状態だ。
二十代の頃からアルバの髪は白くなり始めていて、当時は、イメージチェンジの為に染めたのだと語ってはいたが。

「…髪が白いのって、イメチェンしたんじゃなかったのかよ。」
「何だ、昔の話をいきなり掘り出して。違うに決まっているだろう。そんな単純な嘘に騙されるお前もお前だったけど。」

アルバは乾いた笑いを見せる。
口元は笑っているけれど、目は、笑っていない。
青白い顔の原因は、きっと今まで神器を使い過ぎていたからというだけではなく、彼の背後にある、赤い円陣のせいでもあるのだろう。
赤い複数の円が刻まれた巨大な円陣の上には、透き通った宝石の欠片のようなものがいくつも散りばめられて、円の真上で浮遊している。

「…アルバ…それ…」
「嗚呼、神器の中身だよ。綺麗な宝石だろう?もうすぐ、全てが揃う。後は、お前たちのものだけだ。」
「どうして、どうしてだ…それを集めて、どうするつもりだ…!」
「全部を壊す。」

ピシピシと地面が割れる音がすると、イノセントの足元から、巨大な植物が飛び出して来た。
植物は意思を持つ生き物のように、イノセントへと襲い掛かり、捕まえようと蠢く。
狭い部屋を動きまわるのは明らかに分が悪く、イノセントは手に持つ、分厚い本を開いた。

「解放ッ…!」

短く、叫ぶ。
本から淡い光が溢れると、白い光がブーメランのように飛び出し、巨大な植物を切り裂いていく。
しかし、何度も何度も切り裂いても植物は切れ目から再び生えて、イノセントの命を奪わんと、襲い掛かる。

「全部を、全部を壊して、どうするつもりなんだ!アルバ!」
「お前に、お前に何がわかるというのだっ!」

緑色の太い蔦が、イノセントの足に絡みつき、バランスを崩した身体は宙へと浮かび、逆さに吊るされる。
視界が全て上下逆になり、頭に血が上り始めて、ぐらぐらと、頭痛と吐き気が込み上げて来るのを抑えながら、イノセントはアルバを見た。

「お前に何がわかる!生まれた時から、お前のために死ぬと決められた俺の何が!お前にわかるんだ!」
「…ある、ば…?」
「同じ双子なのに!同じ男と女から生まれたのに!生まれた順番が違うというだけで、どうしてこうなる?!どうしてお前は全てを守られ、地位も名誉も保障され、何故俺だけ、こんな惨めな思いをしながら生きていかなければいけない?!」

叫ぶアルバの瞳から、唇から、赤い液体が零れる。
口内が血の味で滲んでいくのを堪えながら、アルバは、それでも叫び続けた。

「妬ましい!妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい!お前の存在が!お前のなにもかもが!妬ましい!俺だって同じなのに!同じはずなのに!何故、何故こんなにも違う!」

メキメキと音を立てて、木の根のようなものが地面から生えて来る。
その先は凶器のように先端が尖っていて、まるで、悪魔の胸を貫くための杭のようにすら見える。
杭のように鋭い木の根は、イノセントの胸元にじりじりと狙いを定めていく。

「お前が居れば、俺は…私は、こんな思いをしなくて済むんだ…お前がいなければ、私は、捨てられずに、済んだ。だから、お前が死ねば…お前がいなくなれば、きっと、みんな、私を必要としてくれる。」

彼は何故此処まで歪んでしまったのだろうか。
イノセントは、初めてアルバと出会った時のことを思い出した。
にこやかに微笑みながら、泣いていた自分に語り掛けてくれたアルバ。今、あの時微笑みを浮かべてくれた少年の面影は感じられない。
そもそもそんな少年はいなかったのかもしれない。
初めから、アルバの本心は今の顔で、それをずっと抑え続けて、堪えていたのかもしれない。
何より恐ろしいのは、もしかしたら、自分がああなっていたかもしれなかったということ。
ほんの少し先に生まれただけで。
ほんの少し後に生まれただけで。
全ての優劣が、身分が、未来が、運命が決められてしまうのだというのなら。
こうなってしまったのが、白羽の矢が立ってしまったのが自分でなくてよかったと思わずにいられない人間がいるのだろうか。
少なくともイノセントは、ほんの少しでも、逆の立場になってしまっていたらと思い、想像し、そんな未来を拒否したくなってしまった自分を、恥じていた。

「クロス家も、カートライト家も、全て、なくしてしまえばいい。呪いも、家も、神器も、私に災いをもたらす全てを、消し去ってしまえばいい。だから。」

そう言ってアルバは穏やかに微笑む。
その穏やかな笑みは、まるで、泣いているように見えてしまったのは、気のせいだろうか。

「まずはお前からだ。イノセント。」

アルバがパチンと指を鳴らすと、凶器と化した木の根は、イノセントの胸を貫くべく、勢いよく、襲い掛かった。

 


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