Pray-祈り-


本編



赤い光が、弾ける。
赤い光は燃え盛る炎となり、アベルを襲った。
その炎はアベルの身体を包むが、不思議と熱は感じられない。間違いなく炎はごうごうと燃えているのに、服も、肉も、全て、焼けてはいないのだ。

「…これは…っ…!」

手に、熱いものを感じて、アベルは手に握っていたソレを手放す。
ぐしゃりと形を歪めてしまった銃だけが、エイブラムの放った神器の炎によって、溶けたのだ。

(身体を燃やさず、武器だけ燃やす。…こんな芸当、何時の間に出来るようになったんだ。)

手に残る、鉄が燃えた時の熱を感じながら、エイブラムを見つめる。
これでアベルも、エイブラムも、二人とも武器を持たない。
エイブラムは足に力を籠め、アベルに向かって駆け出した。

「なっ…」

アベルが小さく声をあげる。
エイブラムは物怖じせず、真っ直ぐ、こちらを見つめて、駆けて来たのだ。
そしてエイブラムはぐっと拳に力を込める。
力を込めた右手には、赤い炎がごうごうと燃えあがっていて、今のエイブラムの心を現しているように見えた。

「アベル!!」

エイブラムは叫び、腕を振り上げ、アベルの頬を力いっぱい殴る。
力いっぱい殴られることで、アベルの身体はふわりと浮かび飛んでいく。
その視界には、チカチカと、眩しく輝く赤い光が映っていた。


第41器 赤い雷は拳と成りてA


エイブラムとアベルは、幼馴染だ。
元々社交的な性格だったアベルは、どんな人とも簡単に仲良くなることが出来て、友達も多く、クラスの中心的な存在になるのに、時間はかからなかった。
そんなアベルとは対照的に、エイブラムは無口で、自分の気持ちを伝えるのが極端に下手で、相手に誤解させてしまうことも多く、中々人と馴染めずにいたのだ。

「おい、エイブラム、何してんだよ。」

そんなエイブラムに笑いかけて、手を引いて、導いていたのがアベル。
元々二人の家は近所で、学校へ入学する前から交流があり、親も含め、仲が良い。
それ故にエイブラムがまともに心を開いて話すことが出来るのはアベルだけであったし、アベルも、エイブラムが自分を頼ってくれるのはまんざらでもなかった。
寧ろ、エイブラムには自分がいなければ駄目だのだという優越感さえあったのだ。
決して、アベルはエイブラムを見下していた訳ではない。
格下と思ったことはないし、大事な友人だということには変わりない。
けれど。

「ほんっとエイブラムは俺がいないとずーっとうじうじしてて駄目だよなぁ。」
「うん…俺、アベルがいないと、駄目だ。情けない、よな。」
「いいんだよ、そのままで。大丈夫、俺がついてるから、さ。」

ただ、嬉しかったのだ。
自分がいないと駄目だと言って、心を開き笑いかけてくれるエイブラムの存在が、ただただ嬉しかった。
エイブラムに頼られている間は、自分が必要とされているような気がしたし、エイブラムを守ることで、自分には此処にいる理由があると、そう思えた。
周囲はよく言った。

「エイブラムはアベルにべったりだな。もっと自分だけでやれるようになれよ。」

と。
しかし、実際は違う。
一見エイブラムがアベルにべったり依存しているように見える関係は、実はアベルがエイブラムに依存している関係だったのだ。
だからこそ、アベルはエイブラムには協会に入って欲しくなかった。神器を解放して欲しくはなかった。
エイブラムには危険なことをさせたくないという思いも、ある。
しかし、それよりも、それ以上に、アベルはエイブラムが成長してしまうことが怖かった。
エイブラムが少しずつ、色々な人々に触れ、学び、成長し、手の届かないところへと行ってしまうような気がして、それが、とてつもなくアベルにとっては恐怖だったのだ。
そして、想像通り、エイブラムはどんどん成長していった。

「ほんっと、エイブラムは俺がいねぇと駄目だよな。」
「…そうだな、お前がいないと、俺は駄目だよ。」
「うわ、なんだよ、なんでそんな素直なんだよ、ちょっと気持ち悪いぞ?!」
「え?!気持ち悪いはいくらなんでも言い過ぎじゃないか?!」

オセロ=グレイによる、神器事件。
その時、焦るエイブラムを嗜めながら、アベルは語り掛けた。
エイブラムはそれに頷き、笑っていたが、違う。あれは、決してエイブラムに語り掛けた言葉ではない。アベル自身に、語り掛けた、言い聞かせた、言葉なのだ。
神器と共鳴し、アリステアを助けたエイブラムは、確実に成長をしていた。
だから、厭な予感がしたのだ。
そして、アベルの厭な予感は的中した。

「協会に入り、協会に尽し、人を助け、神器を集めろ。今まで神器で人に迷惑をかけた分、その倍、神器で人を助けるんだ。そして罪を償え。それが、俺の持論だ。」

オセロが犯人と知ったエイブラムは、オセロに語り掛け、戦い、そして、彼を受け入れた。
ただの仏頂面で、言葉足らずなエイブラムの、目に見える成長。
友人としてそれを頼もしく思うことは残念ながら出来ず、彼の成長に、ただただ恐怖するしか出来なかった。
エイブラムが、自分の足で立ち始めている。
エイブラムが、自分の力で、歩き始めている。
自分がいなくても、他の仲間と任務に行き、会話をし、信頼関係を築いていく姿を見ると、アベルの存在が、とても、とても薄く思えた。
だから、アベルが彼等を裏切った時の、エイブラムの顔を見て、ほっといたのだ。
信じられないという表情。
信じたくないという表情。
自分のことだけを見ている、エイブラムの顔。
あの顔をまだ見ることが出来て、ほっとした。
そして、確信した。
エイブラムはもう、自分の傍にはいてくれない。ずっと一緒にいる訳にはいかない。自分がいなくても、彼は、立っていられる。
だからアベルにはもう、アルバしかいなかった。方舟しかなかった。
神器の力に戸惑っていた自分を救い上げてくれた存在。必要だと言ってくれた存在。エイブラム以外に、初めて、存在していてもいいのだと、自然と思うことが出来た存在。
いつか自分の元を去ってしまうエイブラムを追い続ける位なら、裏切って、追われて、もし彼が自分を必要としなくなるのであれば、いっそのこと。
そうとさえ思えたから、アベルは、方舟に、アルバに付くことを決めたのだ。

「…お前の拳、重い。」
「当たり前だ。今までの鬱憤が詰まっているのだから。」

頬が熱く、身体が痺れる。
よく見ると、エイブラムの拳からはバチバチと電流のようなものが流れている。
大方、殴りかかった時に電流を流し、身体の電気信号を一時的に狂わせてしまったのだろう。
一歩間違えたら大事なのだが、と思うと胆が冷える。
それでも彼は、アベルを殺さないという自信を持っていたからこそ、こんなことが出来たのだろう。殺してでもなんていう性格ではないことは、アベル自身が一番よく知っている。

「立てよ、アベル。」

エイブラムはそう言って、アベルの腕を掴む。
しかし残念なことに全身はびりびりと痺れていて、エイブラムが腕を握る感触すらもよくわからないし、身体が動いているのかどうかすらもわからない。
完全に麻痺をしているのだから、まともに動ける訳がない。

「動けないんだよ、バカエイブラム。少しは落ち着け。」
「動けないのはお前が悪いんだろ。バカアベル。」

そう言われてしまえば、反論の仕様がない。
彼を裏切ったからこうなったのだと言われてしまえば、もはや自業自得だ。こうなってしまったのは、もう仕方なのかいことで。
寧ろなんで立たせようとするのか、此処は殺すなり、拘束するなりするのが普通ではないのかと思ってしまう。

「イノセントを追うんだよ。」
「…イノセントさんを…?」

そうだ、とエイブラムは頷く。
そして、部屋の奥にある扉を見た。

「あの先に、イノセントが、そして、アルバがいる。もうこんなことは終わらせるんだ。そして、お前にも責任を持って、付き合ってもらうぞ、アベル。」

俺はお前がいないと駄目なのだから。
そう付け足して、エイブラムは屈託ない笑顔を見せた。
アベルは呆けた顔でエイブラムを見つめてから、深く溜息をついて、笑う。

(そうだ、コイツはこういう奴だった。)

オセロを赦し、仲間へ引き入れたような人間だ。
自分が裏切っても、簡単に、仲間へと引き戻そうとする、それが、エイブラムの良いところなのだろう。
酷く、厄介だ。
彼を突き放したことさえも、バカバカしく感じてしまう。

「わかったよ、俺の負けだ、エイブラム。」

殴られたというのに、頬は熱いし身体は痺れるし、あちこち不調ばかりだというのに、心だけは、何故か、清々しく感じられてしまったのだった。

 


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