Pray-祈り-


本編



ミスト=アディンセルには、妹がいた。
早くに両親を亡くしたミストにとって、妹は唯一の家族で、掛け替えのない大事な存在で、心優しく穏やかな妹は、ミストの自慢だった。
しかし、妹には、フェリシア=アディンセルの心臓には、爆弾が秘められていたのだ。
その爆弾が、神器。
フェリシアもまた、神器を心臓に宿し、命を削り続ける存在であったのだ。


第38器 霧の向こうに霞む家族A


ヨアンを見送って数十分。
思っていたよりも早く、イノセントたちはミストとフェレトの目の前に現れた。
やはりフィオンを連れての戦いでは限界があったのか、第一の目的が果たされている今、彼等との戦いは不本意ではない故か、恐らく両方なのだろう。
四人はそれぞれがそれぞれ、少し疲れたような表情を見せて、こちらを見ている。
きっと、此処まで辿り着くまでに何人もの共鳴者と戦って来ただろうし、見たくないものも見たはずだ。

「やぁ、イノセントさん。此処まで来たんだ…というか、来ちゃったんだ。早いっすね、結構。」
「ミスト…」
「厭だなぁ、怖い顔しないでくださいって。俺たちだって、イノセントさん達と率先して戦いたいという訳ではないですって。」

そう言って、ミストはわざとらしく笑う。
しかし、これは本音でもある。
アルバに付いて行ったのは、イノセントたちを裏切ったのは、紛れもない事実だ。
だからと言って、決してイノセントに敵意があるとか、殺してやりたいとか、そういうことを思っている訳ではなく、今でも、イノセントに恩義を感じている部分はある。
ただ、アルバに付いていたいと思ったから、彼等を裏切る形になってしまっただけで。

「でも、アルバさんの所、通す訳にはいかないんすよ。諦めてくれないっすか?」

へらへらと、当たり障りのない笑みを浮かべる。
イノセントは悲しそうな表情をするものの、退く気配はない。
此処まで上って来たのだから、今更引き返せと言われてはいそうですかと引き下がって行くような心持ちであればとっくに帰っているだろう。
それでも此処まで来たのだから、今更こんなことを言ったって無駄なのだ。

「ミスト、わかっているだろうが、私たちとて、覚悟を決めて此処まで来たんだ。退けと言われて、すんなり引ける訳がないだろう。」
「ま、それもそっすか。」

ミストは少し諦めるように笑う。
羽織っていた上着の内側から数本ナイフを取り出すと、それらを一気にイノセントたちに向かって放つ。
素早く正確に放たれたナイフは、アリステアの造り上げた鏡の壁によって阻まれた。
もしもアリステアの壁がなければ、ナイフは確実にイノセントたちの脳天を貫いていたであろう位置で静止をしている。

「ノアといい、この組織はナイフ使いが多いのな…」

まだ回復し切れていないのか、アリステアはナイフを反射はさせず、飛んで来たナイフの力を奪うとすぐに鏡の壁を消し去った。
余分な力を使わぬよう、力を温存するためなのだろう。
ミストはナイフを使った遠距離派だし、フェレトはそもそも攻撃タイプとは言い難い。もしも長期戦になれば、同じ遠距離でも異能を扱えるエイブラムやイノセントの方が有利になる。

「さて、じゃあ、こうしようかな。」

ミストが小さく呟くと、彼の耳についている青色のピアスがきらりと光る。
怪しく青い光が漂うと、周囲がもわもわと白く染まっていく。
確かに壁も床も天井も全て白いこの塔ではあったけれど、視界が白くなる、ということはなかった。
だがこの白いもわもわとしたものは、イノセントたちには経験がある。
協会からアルバたちが全ての神器を奪い逃げ去った時、あの時もミストのピアスが光り輝いた。そして周囲は霧に包まれた。
これがミストの神器の力で、霧を産み出す力があるということだろう。
不鮮明になり、互いが何処にいるかもままならない状態にエイブラムたちは戸惑いを見せる。

「エイブラム!アリステア!ベイジル!平気か!」

イノセントの声が近くに聞こえ、幸いにもすぐそばにいるのだということがわかる。
だからと言って、下手に動けばすぐに互いが何処にいるのかわからなくなってしまうだろう。
ミストたちの出方を伺っていると、ひゅん、と風を切る音が聞こえた。
トン、と背後に何かが刺さる音が聞こえたことから、風を切る音は、文字通りミストのナイフが風を切り飛んでいた音なのだということがわかる。
こちらは視界がままならずよく見えないというのに、相手には見えているのではないかという不安が、少し勝る。
エイブラムが一歩、後ろへと下がった時、とんと何かにぶつかる。
生暖かい柔らかな感触から、それが人間だということを理解し、エイブラムは慌てて振り向くと、そこには、同じように驚きの表情を浮かべたイノセントがいた。

「イノセント…!」
「エイブラム、よかった。あんま離れるなよ。バラバラになった途端、ミストに三枚おろしにされるからな。」

何もこんな時に食材として例えることはないだろうと思っていると、霧の世界に少し視界が慣れて、アリステアとベイジルの姿もなんとか見つかる。
四人で集まり、辺りを見回していると、ぼんやりとミストとフェレトの影らしきものが見えた。
こちらから攻撃をしかける方法もあるが、もしも相手にもこちらの姿が見えていれば、その行動はリスクにもなりうる。
打開策を考えながら視界を巡らせていると、エイブラムの視界に、ぼんやりと影のようなものが見える。
それは、ミストやフェレトの影とは違った、もっと無機質で、しかし見覚えのあるもの。

「なぁ、イノセント、あれ…階段じゃないか?」

それは階段だった。
この階段を上って行けば、上へと行ける。そして、恐らく最上階が近い。
しかし、この階段を上って、上を目指して大丈夫なのか、その先には正しい道があるのか、そして、彼等を振り切って、上へと行くことが出来るのか。
不安要素が多過ぎて、階段を上るという選択に躊躇いが生まれる。

「俺たちが此処に残るから、イノセントさんたちは、上へ行ってください。」

それを提案したのは、アリステアだった。
その提案に、イノセントとエイブラムは目を丸める。エイブラムたちが上に行ったとしても、人数だけであれば二対二。
決して不利な条件という訳ではないが、それでも、どうしてもリスクが高いように思えてしまってならない。

「頼むから、行ってくれ。此処で四人全員共倒れするリスクよりも、さっさと上へ行けるなら、上を目指した方が良い。勝てるかどうかは自信がない、けど、足止め位にはなる。」

躊躇うエイブラムたちの背中を、アリステアの強い意志に溢れた言葉が押す。
確かに、全員でやられてしまうよりも、アルバを本気で止めるのであれば、止めたいのであれば、誰かが進んだ方がいい。
ベイジルも、いつもと変わらぬ穏やかな笑みを見せる。

「それにさぁ、僕たちが此処にいれば、神器はアルバの手元には集まらないし、そっちの意味でも時間稼ぎにはなると思うんだぁ。大丈夫だよぉ、僕たちもやれるから、ね?」

二人に此処まで言われて、それでもとどまるなんてことは言っていられない。
エイブラムとイノセントは顔を見合わせて、頷いた。
罠かもしれないとは思っていても、それでも、進むに越したことはないのだ。

「すぐに、すぐに追いつけよ…!」
「わかってる。早く行け。」

アリステアの言葉に頷くと、エイブラムとイノセントは階段を駆け上がっていく。
その足音に、声に、彼等も気付いているだろうに、それでもミストとフェレトは動く気配がない。
足音が小さくなっていくと同時に、じわじわと視界が鮮明になっていき、霧が晴れていく。

「なんだ、イノセントさんたちには逃げられたか…残念だな。」

ミストは、その場に残ったアリステアやベイジルを見て、わざとらしく笑って見せた。
それがまるで、あえて彼等を上へと通したかのように見えたのは、言うまでもない。

 


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