Pray-祈り-


本編



どうしても、助けたい人がいた。

「なぁ、お前、時間を操る神器の持ち主なんだろう…?!」

どんなことをしてでも、助けてやりたい人がいた。

「頼む、お前の力を貸してくれ!この命を賭してでも構わない!何でもするから、頼むから…!」

それが、罪に問われることになったとしても。自然の摂理に逆らうことだったとしても。

「フェリシアを、妹を、助けてくれっ…!」

どうしても、守りたい家族が在ったのだ。


第37器 霧の向こうに霞む家族@


時間は、ヨアンがイノセントたちと鉢合わせるよりも前に遡る。

「フェレトは、なんでアルバさんといるんだ?」

ミストとフェレトは、塔の最上階にある、大きな扉の前でぼーっと座り込みながら見張りをしていた。
ただ真っ白な空間を眺めているだけだと、時間感覚もおかしくなるし何より時間の経過がとても長く感じられて、退屈に思える。
そこでミストは、フェレトに特に深い考えを持つという訳でもなく、こんな質問をしてみたのだ。
突然の問いに、フェレトは首を傾げながらミストを見る。
コイツは一体何を言っているんだろうとそう言いたげな目だ。そして、思ったことをそのまま言葉に出すのだろう。

「君は一体何を言っているんだい。」

ほら、出した。
予想が的中したことに少し心が弾むが、それが感付かれると面白くない顔をするので気付かれないよう、心の中で笑う。
しかし彼女は何かを感じ取ったのか、とても不服そうな顔をしながら、こちらを見ていた。

「ミスト。それなら、君は何故アルバさんといるんだい。君が質問に答えてくれたら、自分も応えてやらなくもないぞ?」

彼女がただでは転ばないのを忘れていた。
にやにやと笑みを浮かべながら、逆に質問を返されてしまう。
彼女は、フェレトはミストが此処にいる理由を知っているというのに、あえて聞いて来るのだから、本当に意地が悪い。
だが、ミストもまた、フェレトの事情について大半は把握をしている間柄なのだというのに、今更ながら無意味に等しいこの質問をした自分がそもそもの元凶なのだからお互い様だろう。
別に全てはぐらかして、此処で会話を終わらせてしまってもよいのだが、それはそれで、少し寂しい。それに、こうして二人で会話を出来るのも、もしかしたら最期かもしれない。
そう考えてしまうと、会話を此処で終えるのは、あまりにも勿体ないと思えた。

「俺、ねぇ。俺のなんか聞いて、楽しいか?」
「楽しいかどうかは…楽しくないかもしれないね。自分たちは皆訳ありだ。少なくとも、明るい理由で此処にいる人はいないんじゃないかい?」

自分たちは皆、アルバに拾われたのだから、と彼女は言う。
そう。
皆、神器に悩み、苦しみ、もがいていた中、アルバに拾われた。
だからこそ、彼に付いていくと決めたのだ。
イノセントの人柄も素晴らしい。彼は身内には厳しい側面を持ちつつも、皆を団長としてまとめ、指示し、膨大な神器の管理やカートライト家の家長としての圧力に屈せず、前向きに生きて来た彼の生き方は、眩しすぎる程だ。
けれど、それでも自分たちはアルバを選んだ。

「アルバさんってさ、凄く脆いと思うんだよ。俺たちがついて来なきゃ、あの人は独りだ。そう思うと、ついて行きたいって思っちゃうんだよなぁ。」

イノセントの眩い輝きは人々を照らす。
きっと、誰もが彼に付いていくだろうし、彼であれば、多くの人々の愛されるだろう。
イノセント=カートライトという男は、愛されるべき存在として生れ落ちているのだ。
けれど、アルバは異なる。
生まれてすぐ婿養子に出された彼は、きっと孤独に生きて来た。だからこそ、彼の脆さに、危うさに、その中に煌めく小さな炎に導かれたのが、自分たちだ。
それに、とミストは言葉を付け足す。

「俺はさ、神器を恨んでる。この力を、この存在を。アルバさんなら、それを全部、ぶち壊してくれるんじゃないかなって、期待したんだ。」

そして事実、アルバは全ての神器を集めてみせた。

「俺はさ、見たくねぇんだよなぁ。もう、神器で何かを喪うの。」
「ミスト…君は…」

不安そうな顔で見つめるフェレトに、ミストは笑いながら頭を撫でて見せる。
わしわしと、薄紫色のふわふわした髪を無造作に撫でれば、彼女は少し頬を膨らませてこちらを睨んだ。
こういう仕草はやはり、女性だと思える。

「ミスト!何するんだ!ぐしゃぐしゃじゃないか!」
「どうせ、お前の髪は癖毛だろ?最初からぐしゃぐしゃだし、それを気にする程の女らしさ、てめぇにはないだろ?」
「ぐぬぬ…事実を指摘されると少し腹立たしいね!」

フェレトは頬を膨らませながら、そっぽを向く。
そういうところが面白くてからかい甲斐があるというものなのだが、それ言ってしまうと更に怒るので、これ以上は言わないでおくことにする。
その時、ギィ、と扉が開いた。
二人が振り向くと、真っ白な少年、フィオン=ランドールを抱えたヨアン=セービンが現れる。フィオンがあまりにも白いからか、ヨアンの黒い服と髪が、より引き立っている。
近寄ってみると、フィオンは静かに呼吸をしていた。肌こそ白いが、顔色は、悪くない。

「…死んでない、のな。」
「勝手に、殺さないでください。生きていますよ、おかげ様で。」

ヨアンはそう言って、小さく笑う。
彼の目的は、フィオン=ランドールの身体に埋め込まれていた神器そのものを抜き出すこと。その目的に為に、アルバに協力していたといっても過言ではない。
彼が出て来たということは、もう目的は果たされ、此処にいる理由がなくなったということなのだろう。

「じゃ、行くのか?」
「ええ。恐らく、上って来る彼等と鉢合わせをすることになると思いますので、その時、彼等の神器を奪うことが出来たらアルバさんの元へ届けに戻りますよ。ですが、恐らく勝てないと思いますので…その時は、命乞いさせてもらいます。」

そう言って、少し困ったようにヨアンは笑って見せる。
頼りない笑顔は気弱な執事そのもので、どう見ても、これから名家の御曹司を攫って遠くへ逃げようとしている人間とは思えない。
実際彼は頼りない青年だったのだろう。フィオンという少年に出会うまでは。

「それなら、フィオンを連れていない方が良いんじゃないのか?フィオンを連れているなら、戦えないだろう?」
「戦えますよ。私はそういう能力なので。ご安心ください。ところで、ミストはよろしいのですか?」
「え、俺?何が?」

ミストは、きょとんと目を丸める。
しかし、ヨアンは笑みを浮かべて、彼を見た。

「“彼女”の所へ、行かなくて良いのですか?まだ、目を覚ましていないようですが…貴方もずっと、望んでいたことでしょう?」
「…あー…」

少し困ったように、ミストは笑う。
待ち焦がれていたことではあるのだけれど、それは難しいのだと、彼は答える。

「今の俺には、会わせる顔、ないからなぁ。会えないよ。少なくとも、今は。」

だから、会うなら全て終わってからだ。
ミストはそう告げて、頭を下げながら階段を下りていくヨアンの姿を見送った。
フェレトは、おずおずと伺うようにこちらを見ている。少なからず、気遣ってくれているのだろう。

「大丈夫だよ、フェレト。気にするな。寧ろ、お前の方が大丈夫かよ。」
「自分は、平気…だけど、でも…」
「それなら、俺は平気だって。」

そう言って、ミストはフェレトの髪を、今度は優しく撫でる。ふわりとした髪質は、やはり心地よい。

「俺達は俺達の出来ることをやるだけだって。な?フェレト。」
「…わかったよ。」

フェレトはそう言って、諦めるように溜息をつき、聞こえない程度の声で、小さく呟くのだった。

「妹の顔くらい、見に行ってやればいいのに…」

 


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