Pray-祈り-


本編



二人の遺体を、部屋の隅に寝かせてそっと瞼を閉じさせる。
既に事切れている二人に出来ることは、これくらいしかなかった。
チェスターは羽織っていた白衣を遺体に被せて、しばしの間、目を閉じる。
覚悟を決めていたとはいえ、二人の死に、五人は動揺を隠さずにはいられなかった。

「本当に、死んだ、んだよな…」

アリステアの声は、震えている。
学生にこの光景は、あまりにも酷なものだろう。特にハマルの自害については、痛々しいことこの上なかったのだから。

「どうする?このまま、無理して進む必要はないんだぞ?」

イノセントが声をかける。
それが、まだ学生であるエイブラムたちを気遣っているが故だということはよくわかる。
しかし、エイブラムたちはゆっくりと首を振った。

「進むよ。この先に、アベルもいるんだ。俺たちは、立ち止まる訳にはいかない。」


第35器 執事は鳥籠を開ける鍵と化す@


階段を上っていく面々の間には、沈黙が流れている。
先程見た、見てしまった、真っ赤な光景が頭からどうしても離れないのだ。
どうして、殺し合わなければいけなくなってしまったのか。自分たちは、殺し合いをしなければならない程の大義を持っているのか、目的がどんどん曖昧になっているような気がして、不安が心の大部分を占めていく。
神器を一つにする。
それが協会の目的で、アルバ=クロスの目的だ。
目的そのものは一致している。
けれど、アルバは罪のない一般人たちの命を糧に、その神器を一つにしようとしているというのだ。
それは止めなくてはならない。
誰の命も奪わずに、神器を一つにする方法を模索しなくてはならない。
けれど、その目的のためだけに、シリルやノアを傷付け、ヴェルノやオセロを置いて、そしてアレスとハマルを喪わなければいけない程のことなのか、わからなくなってきていた。

「エイブラム、あまり、気落ちしない方がいいよ。」

そう言って、チェスターが声をかける。
考えを読まれていたのか、と、少し困ったような笑みをエイブラムは向けた。その笑みはどうもぎこちない。

「アレスとハマルは…辛いかもしれないけれど、どちらにしても、こういう道を歩んでいたんだと思う。そりゃぁ、何処か分岐点はあったのかもしれないけれど、解決の方法もあったのかもしれないけれど、少なくとも、アレスにとってはこの時が丁度良いタイミングだったんだよ。だから、彼はハマルしか狙わず、私たちのことは眼中になかった。」

辛いことだけれどねと肩を落としながらチェスターは語る。
二十年かけて蓄積された彼等二人の確執は、そう簡単に修復される程、生易しいものではなかったということなのだろう。
しかし、それを言ってしまうのならば、生まれた時から既に確執が生まれ始めていたアルバとイノセントは、どうなってしまうのだろうか。
また、誰かが死んでしまうところというのは、極力見たくはない。

「私も、人が死ぬところは見たくないよ。エイブラム。私は医者だから…二人が死ぬのを、ただ見ているだけだった自分が、歯痒い。」
「…止めないと、だよな。アベルも…アルバ、さんも。」
「そうだね。」

チェスターの優しい笑みに、エイブラムは少し、救われる。
上へと昇るとまた次のフロアがあり、其処には誰も居なく、無人だった。
誰もいないということに違和感を抱き、きょろきょろと辺りを見回す。

「誰も、いない…?」
「まさか姿を消す神器とか、そんなんじゃないよな?」
「安心しろ。姿を消す神器を持つ共鳴者は、いないから。」

イノセントの言葉に、ひとまず透明人間に対する脅威は薄れる。
誰もいないのであれば階段を上ってしまおうと、五人は階段へと向かう。
すると、階段の上から、カツンカツンと誰かが下りて来る音が聞こえて来た。誰かが来る、それを理解した五人は襲撃に向けて身構える。
姿を現したのは、真っ白なフィオンを抱えた、真っ黒な髪に、真っ黒な服の、ヨアン=セービンの姿があった。

「…ヨアン…!」

チェスターが、小さく叫ぶ。
ヨアンは無表情にこちらを見つめながら、ゆっくりと階段を降りた。そして、五人を見る。

「…残りの人はどうしたんです?まぁ、いいですけど。私は目的を果たしましたので、これにて退散しようと思いまして。」

彼の腕の中には、硬く目を閉じたフィオン。
しかし、彼の身体は小さく上下に動いていて、呼吸をしているということがわかる。つまり、彼は死んではいない。生きているのだ。

「けれど、その前に。」

彼がそう言うと、首元のループタイが淡く光り輝く。
彼の周囲を取り巻くように砂が現れ、一つの意思を持った生き物のように、ヨアンの周囲を覆った。

「目的を手助けしてくれたアルバさんには、恩義があるんですよ。だから、貴方たちの神器、渡してはくれないでしょうか?渡してさえ下されば、命までは奪いませんよ。」

そう言って、ヨアンは優しく笑う。
その笑みに、生真面目で礼儀正しい執事の面影があるというのは皮肉にしかなっていないような気さえする。
神器を手渡せば、命は保障される。
しかし、神器を渡したその後、命が保障されているとは限らない。
命どころか、アルバが何をしようとしているのかさえ、わからないのだから。

「残念だが、渡す訳にはいかない。」

イノセントが、ヨアンの提案を拒否する。
それはエイブラムたちも当然同意で、その意を示すように、イノセントの言葉に頷いた。
一同を見て、残念そうに、ヨアンは深く溜息をつく。

「残念です。非常に残念です。私にも次の目的がありますので、このまま穏便に過ごしたかったのですが…」

砂は少しずつ一つの集まると、凝縮し、硬く、鋭利な岩の槍へと姿を変える。

「貴方達を、殺してでも、強引に奪わせて頂きますよ。」

ヨアンはあくまで冷静に、そして、冷徹に、戦いの開始を告げた。

 


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