Pray-祈り-


本編



「コイツのことは僕が見ているよ。しばらくは身体が痺れて動けないだろうし、それに、変なことをしないように見張らないとだろうからね。」

そう言って、オセロは己の神器と、そしてノアの神器をイノセントに手渡し、皆を見送った。
最初は八人で塔に乗り込んだけれど、気付けば六人になっていた。

「やぁ、待っていたよ。」

そして、次に待ち受けていたのは、桃色の髪をした、まるで少女のような青年。
アレス=トアだった。


第32器 星に憧れた愛されがり@


アレス=トアとハマル=シェタランが義兄弟となったのは、今からおよそ二十年前。
きっかけは、ハマルの両親が亡くなったことから始まる。
元々ハマルとアレスの家は近所同士で、親同士、前々から交流があった。
強盗が侵入し、ハマルの両親が次々に殺害され、運良くなのか、運悪くなのか、それは定かではないが、少なくとも、ハマルは一人取り残されるような形で生き残ってしまったのだ。
それを不憫に思ったアレスの両親は、ハマルを、トア家へと招き入れた。
そして、その日をきっかけに、ハマルとアレスは義理の兄弟となった。

「アレスはお兄ちゃんだから、大丈夫よね。」

この言葉が、母親の口癖だった。
アレスとハマルは、元々は同い年だ。ただ、ほんの数か月、アレスの方が生まれるのが早かっただけ。
しかし両親は、アレスは兄なのだから、という言葉を口癖にして、ハマルにのみ、親としての愛情を注いで育てた。
ハマルはあくまで実子ではない。
なので、ハマルが実子ではないことを負い目に感じないようにと、実の両親のように愛情を注いで育てることにしたのだ。
そのためには、アレスに愛情を注ぐわけにはいかなかった。
アレスに愛情を与えて育ててしまえば、当然、実子であるアレスへ愛着が沸いてしまう。
覚悟を持ってハマルを引き取ったのだから、そんなことは許されない。そう思ううちに、両親は、「アレスは兄なのだから」という言葉を免罪符にアレスを遠ざけ、ハマルだけを構った。
それ故にアレスが愛情に焦がれるようになったのは、言うまでもない。

「おれさ、ずっとハマルが羨ましかったんだ。両親に愛されて、愛されて、愛されて。おれの両親なのに。おれの親なのに。一人占めしてるハマルがずっと羨ましかった。だから、思ったんだよ、おれ。」

メキメキメキと、アレスの身体が軋む音がする。
彼の背中から、真っ白な翼がメキリと生え、その姿はまるで、天使のようにも見えてしまう。
短剣を持ったアレスは、白い翼を羽ばたかせると、ハマルへめがけて飛んでいき、その刃を突き刺した。
ハマルもそれに応じるように、剣を受け止める。
金属と金属が擦れあう厭な音がして、オレンジ色の火花が飛び散った。

「最初から全て失くしてしまえばいい。両親も、ハマルも、全て、だからおれは、君を殺すよ、ハマル=シェタラン!」

アレスは叫ぶと当時に、再び飛ぶ。
彼の胸に宿るブローチが光り輝いていることから、これがアレスの能力なのだろう。
そして、アレスの目的はハマルだ。
他の人達には、全く興味がないように見える。

「みんな、下がって!」

ハマルが叫び、短剣が淡く、青く光り輝く。剣を振るうと、水が斬撃となりアレスへめがけて飛んでいった。
次々に繰り出されるハマルの水弾を、アレスは羽ばたきながら飛び、そして剣を交える。
着ている服と良い、彩られた化粧と良い、姿はまるで少女そのものなのに、アレスの闘いは、やはり彼は男性なのだと思い知らせるように雄々しく、そしてやはり女性なのではないかと思ってしまう程、優雅でもあった。
ひらりひらりと翼を羽ばたかせて飛ぶ姿は踊っているようにも見える。
そしてハマルもまた、アレスが空中へ舞うと神器で生み出した水を操り彼を追いかけ、接近して剣を振りかざせば、己もまたその剣技で受け流す。
そんな二人の間に、誰も入る隙は与えられない。

「アレス!剣を捨てろ!義父さんも義母さんも、アレスのことを嫌ってなんていない!二人とも、そして僕も、君のことを大事な家族だと思っているし、愛している!だからっ…!」
「だから何?今更なに言っても遅いって、わからない?」

互いの剣の切っ先がそれぞれの喉元へと突き刺さる。
チクリとする痛みが走り、首筋から赤い線が彩られていく。
ハマルは痛みに眉をしかめたが、アレスは無表情のままだった。

「両親を失った君に比べれば、おれの悩みなんて些細なものかもしれない。でもさ、あの人たちは、おれの両親だったんだ。おれだけの父親と、おれだけの母親だった。それをある日突然奪われて、まともに愛情も与えてもらえなくて、…ねぇ、ハマル、覚えてる?」

アレスの刃に込める力が強まる。
周囲の人々が、ハマルの名を呼ぶような声が聞こえるが、所詮は外野、アレスは耳を傾けない。

「君の十歳の誕生日。」

ハマルの顔色がみるみる青くなっていく。
アレスの言葉で、ハマルは悟ったのだろう。この日が人生の分岐点だったのだと。
否、既に悟っていたのかもしれない。ただ、認めたくはなかっただけで。

「あの日、おれはアルバさんに出会った。そして、おれは協会に入った。アルバさんのために、って。」

アレスが踏み込み、剣に力を込める。
ハマルは反射的に後ろへと下がってその刃をかわすと、くるくると二、三回回転をしてから更に後ろへと下がりアレスと距離を置いた。
剣を天へとかざし、空間から大量の水を産み出し、龍のように形どられた水の塊は一気にアレスへと突っ込んでいく。
アレスは一度天井へと羽ばたき、龍に向かって一気に短剣を突き立てその身体を真っ二つに裂くと、形を保てなくなった水の龍は弾けて崩れた。
再び二人は向かい合うように立つ。

「アルバさんは、あの日、おれを受け入れてくれた。おれを、家族だと言ってくれた。おれを褒めてくれた、撫でてくれた、温もりを、教えてくれたんだ!」

アレスの叫び声は、とても、痛々しい。
エイブラムは、アレスと二人で買い物をした日を思い出した。アルバに全てを教えてもらったのだと、嬉しそうに話す彼の、少女のような朗らかな笑みが脳裏に浮かぶ。
両親からまともな愛情を受けることが出来ず、悲しんでいる時に、アルバに出会ったら。温もりを教えてくれたら。愛される喜びを得られたら。
それはきっと、とても、とても嬉しいことなのだろう。
彼のためなら、何でもしたいと、そう思ってしまうだろう。
此処にいる人たちは、彼と共に此処へ来た人々は、本当に、アルバのことを敬愛しているということが、よくわかる。

「お前は、おれに何をしてくれた?ハマル=シェタラン。」

アレスは今にも泣きそうな表情で、それでも決して涙を見せず、笑ってみせた。
声は、何処となく、震えている。
疑問。絶望。失望。悲しみ。苦しみ。様々な感情が、その一言に凝縮されていて、ハマル自身も、苦しそうに、俯く。

「アルバさんは、もう役目は終わったから、好きなようにしてくれていいって言ってくれたよ。もうすぐ目的が果たされるから、自分たちの好きなように、って。だから。」

君を殺す。
そう言って、アレスは、あどけない笑みを見せた。
その笑みは本当に少女のようにも見えていて、本来であれば、彼はごく普通の少年として生きていたのだろうという歪みを醸し出している。

「ねぇ、アレス。僕は、今でも君のこと、家族だと思っているし、また、家族として生きていきたい。だから、僕は君を止めるよ?」
「ハマル、もう戻れないよ。だから、全力で行く。」

二人が剣を構えたと同時に、ハマルの周囲に水が集まり、彼を取り巻くように巨大な水の龍が現れる。そしてアレスの背から生える翼は、両肩から更に二本の翼がめきめきと音を立てて生え、その翼は大きく絡み合い、こちらも白い龍のように形を変えていく。
二人の額からは、汗が滲み、顔には疲れが見えている。
神器を使うことによる肉体的な負担が積み重なっているのだろう。
床を蹴り、剣を突き立て駆けていく。

「ハマルウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!」
「アレスウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!」

二人は叫び、駆けて、剣を交える。
剣が交わると同時に、二つの龍がぶつかり合い、そして、弾けた。

 


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