Pray-祈り-


本編



ノア=フォレットは孤児であった。
親もなく、きょうだいもなく、身寄りがない彼は物心がついたその時から、施設に居た。
施設には同じような境遇の子供たちが大勢いた。
しかし、どうしてもノアは他の子供たちと馴染むことが出来なかったのだ。
口が悪く、扱い難い彼を気遣う大人は次第にいなくなり、施設で一人、彼は孤立した。
中性的で女性のような顔立ちの彼は、周囲からからかわれ、俗に言うイジメの対象となり、それでも怯まなかった彼は自衛のためにスタンガンを購入した。
それが、彼の神器となる。
電気を自在に操り、それだけではなく、様々な機械をも操るような、膨大な力を有していたのだ。
ノアを虐めようとした子供たちは、神器を完全に制御しきれていなかったノアの餌食となり、後遺症が残るような大怪我を負った。

「化け物だ…!」

その叫び声と共に、ノアは、施設を追い出された。
協調性もなく、人に危害を加える、化け物のような力を持った存在は追い出されて当然だろう。
ノアは、その待遇には自然と納得することが出来た。
そして、ノアの力を知った、当時巷で有名だったマフィアに、彼は暗殺者として引き取られた。


第31器 孤独な暗殺者の伸ばした手A


「此処が神器を使った暗殺者がいるっていうマフィアのアジトか。結構ちゃっちいなぁ。」

火薬の臭いと、血の臭いと、人の死臭が混じり合う空間に、ノアは吐き気を覚える。
この臭いが充満する世界に生きて、もう何年も経つというのに、何時まで経ってもこの臭いに身体は中々慣れてはくれない。
慣れたくはないという本能的なものも、混ざり合っているのかもしれないけれども。

「…誰です?アジト、こんなんにして、どう責任とりやがるのですか。」

ノアが問いかけると、目の前の、銀色の銃を握り締めた神父は首を傾げる。
両耳にピアス。薄い翠色の髪。とてもじゃないが、神父とは思えない姿で、彼から漂う血と火薬の香りが、数々の戦場を潜り抜けた証であることを物語っていた。
じぃ、とノアを見つめていた青年は、冷たい床に座り込んでいたノアの腕を握り、引っ張り上げる。
突然のことに、ノアは思わずふらつきながら引き寄せられ、彼の顔を見た。
金色の左目と青色の右目という綺麗なオッドアイの瞳は、澄んでいるようにも濁っているようにも見えて、思わずドキリと心臓を跳ねさせる。
彼は、只者ではない。それだけはよくわかった。

「お前か、暗殺者ってのは。」

その言葉に、ノアの頬に汗が伝う。
彼は神器を操る暗殺者を探していると言っていた。神器というものはよくわからないが、恐らく自分のことで間違いないだろう。
そう思うと、心臓がやけに煩く感じられた。
探しているということは、探して、その後、目的があるということだ。
殺されるのか、それとも、また、他の組織へ連れて行かれ、また暗殺者として生きなければいけないのか。
手に持つスタンガンを、力強く握り締める。
殺られる前に、殺るしかない。

「お前、うちに来いよ。」

そう思ってスタンガンを、己の不可解な力を振りかざそうとした時、予想外の言葉にノアは思わずその動きを止めた。
青年は優しい笑みを浮かべながら、更に言葉を続ける。

「俺は、お前が持っているみたいな不可解な力を持つ道具…神器を回収している組織の人間だ。組織には残念ながら人手が不足している。お前みたいな、力の扱いに手慣れた人間を戦力として招き入れたいんだよ。」
「…その、神器とやらを集めて、てめぇはどうする気でいやがりますか。」
「んー、目的は、ある。最終的には、全ての神器を一つにしたいと思っている。その為には、神器を集める為には、どんなことでもしようと思う。今日みたいに、マフィア一つ、壊滅させる覚悟も、人の命を奪う覚悟も、とうに出来ている。」

そう言って、神父はノアの手を握り締める。
その手はとても冷たくて、背筋が凍ってしまう。まるで死人のような手だ。

「冷たいだろう?俺は残念ながら、あまり丈夫ではなくてね。無理矢理奮い立たせているが、この様さ。しかし、まだ死ぬ訳にはいかない。死ぬ前に、やらなければいけないことがある。」

だから、と神父は言葉を続ける。

「お前の力を貸してくれ。お前にも辛いことをさせてしまうかもしれない。でも、それでも、会ったばかりであるということは重々承知しているが、俺に、力を貸してほしい。」

それが、ノア=フォレットにとっての、アルバ=クロスとの出会いであった。
アルバは当時まだ十歳になったか位の幼い年頃であったノアを拾い、面倒を見てくれた。暖かい食べ物も、布団も、帰る場所も、全て全て、彼が与えてくれたのだ。
怪しい力を不気味と蔑み、己の利益の為に利用し、殺しを強要していたような人間とは、違う。
アルバは、汚いことは率先して己の手で行った。それがせめて、暗殺者として利用されたノアに、自分はそんなつもりではないということを知らしめるための手段であったのだろうが。
しかしそれでも、ノアは嬉しかったのだ。
だからこそ、ノアは決めたのだ。
どんなことをしてでも彼に尽そうと。

「…う、」

唸り声をあげて、ノアはゆっくりと瞳を開ける。
過去のことを夢に見るなんて、走馬灯でも見ていたのだろうか。しかし、こうして目を開けたということは、夢は走馬灯になり損ねたのか。
それともそれは間違いなく走馬灯で、自分は死後の世界にでもやって来たのだろうか。
だが、死ぬのならば此処は地獄であるべきはずだ。
白い天井は、地獄には不釣り合いすぎる。
しかも体中が鈍く痺れて、動けない。
そして、そんな自分を、見知った顔たちが次々にこちらを見下ろしていた。

(嗚呼、僕…生きてる。)

そしてノアは、己の生と、敗北を悟った。
そもそもどうして、自分は負けたのだろうか。つい先程まで優勢であったはずだろうにと、記憶を遡るがどうも思い出せない。
そんな自分を、オセロがじっと覗き込む。

「君の名前を、この神器で書かせてもらったんだ。」

彼が万年筆を見せる。
これが、ノアの敗因であるだろう。

「君の身体を磁石に変えた。電子回路の中に逃げ込んだ君の身体は強力な磁石になって、他の電気機器を内部から破壊したんだ。そして、君の力は、君自身を傷つけた。」

これは、オセロがエイブラムに負けた時と同じことを、今度は逆に行ったのだろう。
確かにノアにとって、オセロの能力はイマイチ相性が良くはない。
彼がエイブラムたちと共に此処へと現れた時点で、彼が仲間となった時点で、自分の敗北は、既に決定していたのだろう。
そもそも勝てる戦いではなかったのだ。そもそも、勝てるとも思ってはいなかったのだが。それでも、先程は少し優勢であったので、いけるのではないかという淡い期待が砕かれてしまったのは残念でならない。
はぁ、とノアは大きく息を吐く。

「殺しなよ。もう、生きる意味ないし。」

しかし、誰も手を出さない。
痺れて動かない身体が腹立たしくて、憐れむように見るかつての仲間の顔も腹立たしくて、ノアの心に、苛立ちが募る。

「さっさと殺しなよ!僕は君たちを裏切ったのですよ!?此処で殺さないなんて、ただのお人好しというか、馬鹿としか言いようがねぇですね?!それともあれですか、自分の手は極力汚したくはねぇってやつですか?そんな中途半端な覚悟で此処を昇って来たとでも言うんですか?ほんっと救いようがねぇですね!」

感情を、刃のように、彼等にぶつける。
それがただの負け犬の遠吠えにしかならないことは、わかっている。わかっているからこそ、悔しさで、視界が滲む。
自分が泣いているのだと気付くのに、少し、時間がかかった。

「…アルバさんを、守れない…彼の為に、力を振るうことすら出来ない…そんな僕に、存在の価値なんて、ねぇんですよ…」

身体さえ、身体さえ動いていたら、自らこのナイフで己の喉を貫いたのに。
そう思っていると、オセロがノアの胸倉をつかんで引き寄せる。
その顔は怒っているようにも、悲しんでいるようにも見えるけれど、シリルと違って人の心を読む術がないノアには、真意はわからない。

「死んで良い人間なんて、いないよ。存在価値がない人間なんていない。もし君が死にたいって思っても、死にことなんて、僕が絶対に許さない。君は犯した罪を、その手で、生きて、償うんだ。」

それに、とイノセントは続けて言葉を続ける。

「アルバは、どんなことがあっても、…お前を、存在価値がない奴なんて、思わないだろう?私は、裏切られた立場だから、あまり偉そうに、彼の事をわかったようには、言えないけれど。」

そう言って、困ったようにイノセントは笑う。
この時、ようやく、痺れた手でも尚握りしめられていたノアのスタンガンは、彼の手から滑り落ちて行った。
ノア=フォレットは、紛れもなく、彼等に敗北したのだ。

 


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